お題 : 風の色 -短編小説-
風の色が変わったな。
母さんが乗った色……か。
お前は母さん、いや、おばあさんには良くして貰ったんだから、忘れんでやってな。
おやじがボソッと仰ぎ見ながら言った。
勿論ばあちゃんはこの世界で俺を唯一救ってくれた人だから、忘れたりする訳が無い。
すまん、おやじの事は分からんけど。
ばあちゃんに限っては無い。
断言出来る。
俺は中学、高校と荒れに荒れて居た。
もう自分でもどうして相手を殴って居るのかも分からない、そんな意味不明な日々を堂々と過ごして居た。
高校2年に上がるその折、じいちゃんに呼び出された。
我家は俺に似つかわしくない代々続く家柄が有る。
じいちゃん的には俺しか次の世代の直系男児が居ないから、文句で押さえ付けようって魂胆だと考え、日々の苛立ちを更に膨らませて向かった。
その日は驚いたと言うか、拍子抜けだった。
じいちゃんは、荒れてるのは健やかな証拠、ただ、学べる時は逃すなよ。
それだけだ。
そう言ってお茶を飲み干し、部屋を出た。
縁側の窓からそっと緑茶の味に混じって金木犀の香りがした。
じいちゃんと大の字にこの部屋で寝転がって眠りこけた畳、ばあちゃんと金木犀の花で作った香水を、幼き想い出が脳裏をよぎる。
ばあちゃんとはその時、幼い時分以来に話をした。
ばあちゃんはぽつりぽつりと戦時中を含めた、今迄誰がこの家をどう守って来たかを話し出した。
聞いても居ないのに、ちゃっかりじいちゃんとの馴初め迄ウキウキ話しをしてくれた。
じいちゃん、意外とやんちゃな若者時代だったらしく、ばあちゃんは血は争え無いわね。
と、口に手を当て笑って居た。
ばあちゃんはそれから、ふと、地獄の話をし出した。
あんたは根が優しい子だから、今のまんまだと地獄だ何だと未来を考えたりしそうだからね、と。
俺を真っ直ぐに見る眼は逸らせぬ力があった。
ばあちゃん曰く
地獄は現世への遺恨、妬み嫉み怨みとかを閻魔様が7年掛けて聴き取りをしても言い続ける人間に、その人その人に合った対処法で現世への遺恨全てを、痛み苦しみ喚きで散らして取去る荒療治の事を指すのだそうだ。
ばあちゃんが俺を唯一無二に救ってくれたのが、この地獄話だった。
ばあちゃんは女神様みたいに日々優しかった。
それだけじゃなくて心も引き上げてくれた。
俺は人を何度殴ったか、蹴り飛ばしたか、嘲笑ったか分からない。
こんな俺が跡継ぎだなんて……と、正直、恐怖心や申し訳無さも合った。
でも、ばあちゃんからの話を聞いて、これは俺の勝手な超訳だけれど、俺がどんな悪人だったとしても、お迎えが来るまで生きて、後は天に任せる。
地獄ですら、俺の話を聞いてくれて、行き場所を提供して貰え、次に行けるのだから。
そう考えたら、俺は肩の荷や腹の中の煮えくり返ってた気持ちに平安を感じた気がしたんだ。
大学に入る迄は余り変わらぬ生活だった。
両親やばあちゃん達との会話は増えて居た。
勉強もする様に成ったから大学にも入れた。
俺なりの生き方をばあちゃんに見せたかった。
多分、それだけだけど。
でもお陰で今、俺は生きている。
健康だし、仕事も足掻きつつも行けてる。
友達も大切な人も周りに居る。
でも、今日、ばあちゃんは空の風に乗った。
それだけが今は寂しい。
ばあちゃんは女神様みたいに優しかったから、天国の扉で間違いなく大天使達が迎えて下さるだろうから安心して居るけど。
風の色、灰色に見えたけど空は青いな。
ばあちゃんの旅路の先は虹色だといい。
金木犀の香りが風に吹かれて俺より前へ行った。
-[完]-
自殺企図を抱いて居る際、天国と地獄を考える時が有ります。
キリスト教信者的にはイエス様に会えぬ救いの無い場へ、祖母達の救いだった仏教的には閻魔様との後の地獄絵図。
今夜はそんな事を考えて書きました。
ここまでお読み下さり感謝です。
冷えを感じる夜。
皆様お風邪等召されません様、又、台風が2つ生まれた模様ですので自律神経含め心身共に大切になさって下さいませ๛ก(ー̀ωー́ก)
☆小牧部長様、提出致しま~す•*¨*•.¸♬︎
#シロクマ文芸部
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