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切れなくたっていい

新年明けての初投稿なのでひとまずご挨拶。今年もよろしくお願いいたします。
年明け早々に胸の痛くなる出来事が続き、「おめでとう」を晴々とした思いで言えないことが残念である。被災された方の1日も早い復興を願っています。


自分の心が疲れた時、なんとなく頭に浮かぶ言葉がいくつかある。
そういった言葉たちは大抵はとてもシンプルで、その言葉を実際口にするだけで心が軽くなる。「切れなくたっていい」この言葉はそんな言葉のひとつである。



大学の最終学年の夏、私は卒業論文の作業に追われていた。福祉系の大学生だったため障害者施設や病院に赴きインタビューやアンケート調査に明け暮れる日々。

一方でその当時の私は体調が優れず入退院を繰り返しながら大学に通っていた。大学3回生の頃、心の均衡が保てなくなり、1年間大学を休学し入院治療を受けた。大学4回生の春に復学し、どうにか卒業までこぎつけそうな段階にまで来ていたが、苦しい日々であることに変わりはなかった。

とにかく自分が生きてていいのか、存在していていいのかさっぱり分からなくなっていた。発達障害があり、人とのコミュニケーションが難しい私は、自分が他の人の役に立てるとは思えなかった。入退院を繰り返すようになってからも、人の世話になってばかりで、より自分の価値が失われたような、無力感に包まれる日々であった。

しかしとりあえず大学の卒業を当面の目標に、体調を見ながら大学には通っていた。卒業論文も指導にあたった教授と話し合いどうにかテーマを見つけて作業を始めた。


そんなある日、とある障害者施設へ行き、施設長と話をする機会があった。
なかなかクセのある方で、卒論へのダメ出しもされ、そこからお互いの意見や私自身の身の上話をするなど、長時間にわたっての大激論をする事となった。
とにかく疲れた。そしてしんどかった。激論を終えしばし沈黙した後、施設長は突然聞いてきた。

「それで、君は?君はこれからどうしていくの?」
この後に及んでやめてくれ。私は泣きそうだった。
入退院を繰り返している私に、卒業後の進路など考える余裕は無かった。明日には自死しているかもしれないのである。一年先の事など考える事は困難だった。
とりあえず、当時既に結婚していた私は、言いたくもない一年先の進路をたどたどしく伝えた。
「仕事は決まってません…。とりあえず、夫と同居して、主婦をしようかと。」
苦しい答えだった。何者かになりたくて大学に入学したのに、何者にもなれずに卒業する事を認めてしまったかのような気持ちになって、胸がチリチリ痛んだ。

施設長は間を置かずに言った。
「いいじゃん!」

意外すぎる答えに私が呆然としていると、施設長はハサミを手に取り話し始めた。

「道具って、あらかじめ役割を与えられて生まれてくる。ハサミは切るために生まれてきた。だから切れなきゃいけないんだ。じゃあ、僕たちはどうだと思う?何かをするために生まれてきたんだと思う?」

「いいかい、人は、何の役割も与えられずに生まれてくるんだ。ハサミのように切れなくたっていい。誰の役に立とうだなんて考えなくていい。実は僕たちって、何の役割も与えられてないんだからさ、君は君の思うように生きていっていいんだ。誰の役に立たなくてもいい。生まれてきたことに価値がある。」

施設長は要約するとこういった事を話した。私はとにかくボンヤリとその言葉を聞いていた。ボンヤリした頭の中に、「切れなくたっていい」と言う言葉だけ、ぽっかりと浮かび上がっていた。


私はとにかく肩に力が入りがちだ。メディア等で社会の問題を目にすると「私に何か出来ないだろうか」と、鼻息荒くして考える。だけど、私にできる事ってそんなに多くはない。
そんな自分は本当に無力だと、肩を落とすこともある。何の役にも立てていないと虚しさに襲われる時もある。

そんな時に、ぽっかりと浮かんでくる言葉。
「切れなくたっていい」
たまに口に出して言う。
「切れなくたっていい」

私は何も持たず裸で生まれてきた。何の役割も与えられずに。その事実が、私のこころを軽くする。私は何者でもある必要はない。私が私であるだけで、別にいっこう構わない。

この言葉と出会った私は、以前より肩の力を抜くのが上手になった気がする。
そして思うのだ。私が私であるだけで、きっと役割は後からついてくる。


何かと心配性で、結婚当初私が調子悪い日が続くと、「入院しなくて大丈夫?」と聞いていた夫が、最近だと「君に入院されると困る」と言う。
私はこの家に居場所が出来て、役割もできた。その事実が、私のこころを強くする。
今は、主婦と言う私に与えられた役割に誇りを持っている。

だけど、この役割が失われたとしても、私は別にいいのだ。
何の役割が無くとも、私は私であることに変わりなく、それだけで充分価値がある。


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