あったかもしれない日記
私は暑い森の中にいた。
森の近くには車のあまりこない道路、その先に海があって、よく道を渡ってビーチに行って遊んだり、道路で駆け回って遊んでた。
何歳になった時だっけ。私があそこに住んだのは。
*
森からそう遠くない、木造の一軒家。石垣と風除けの木々が家の周りを囲んでた。海が近く、走ったら1分もかからない。
住んでいたのは私と彼。彼は家族だったか、カレシだったか、それ以外だったか。
部屋は小さくて、彼と一緒にいるとほとんどスペースは無かった。それくらいは気にしない。隣には大家さんが住んでいて、奥さんと生まれたばかりの女の子と暮らしてた。
私は貧乏だったから大家さんから「おすそ分け」をよくもらっていたけど、
いつだったかな。
縁側が開きっぱなしで、いつもみたいに勝手にお邪魔して、置いてあったそうめんを勝手に食べた。
大好きな鶏肉も入ってたし、お腹も空いてたから気づいたらほとんど食べちゃった。
仕方ないよね。
ちょっとして大家さんが戻ってきたんだけど、いつも違ってものすごく怒ってた。
なんで?って思ったけど、俯いて上目遣いをする「申し訳なさそうな顔」が私は得意だったからその時もそうした。
でも、ものすごく怒られたし、投げ飛ばされた。
すごく痛くて、体も動かなくてブルブル震えてた。すごく怖かった。追い出されるのかなって。
それでもそこには住めたし、「おすそ分け」もまだもらえた。
*
それから少しして、大家さんの友達たちが遊びに来た。なんだか賑やかに話しているけど、
「アイツこの間、俺らの飯食いやがってさ。さすがにブチ切れちゃったよ。」
「金ないのに大丈夫だったのかよ。」
「アイツよく死ななかったな。」
なんて話してた。大家さんが
「アイツ連れて行く?」
って多分だけど私の話をしてて、
そのまま、私はその人の家に行くことになった。らしい。
その人は明後日に帰るらしいから、その時に一緒に行く。らしい。チケットを私の分も取ってくれて一緒に飛行機に乗った。
彼とはそれ以来会ってない。大家さんとも。
飛行機は初めてだったから、すごく怖くて、またブルブル震えちゃった。そういえば車も私は苦手みたい。
やっと飛行機から降りて外に出たら、どこにも
森が見えなくて、
海もなくて、
空も狭くて、
なんだか道路と同じような色に囲まれた、街だった。
人も沢山いる。あそことは違うカンジがした。
街はとても暑かった。
あ、また車。
せっかく飛行機から降りれたのに。
本当に怖くて、怖くて、ちょっとだけおもらししちゃった。
その人の家に着いたんだけど前とは違って、空に向かって家が建ってた。見たことない高さだったけど、庭もないし、縁側もないし、広くないし、何だか不思議な見た目。
家に入ると私の部屋が用意されてた。前の部屋よりも小さいかな。
その人は奥さんと3人の子供と住んでいて、
「え、ちょっと大きくない?」
「もっと小さいと思ったのに」
とか言ってた。私には関係ないけど。
それからずっと、そこに住み始めた。人が多くて、いつも賑やかだけど私のクリーム色の癖っ毛が珍しいらしくて、よく
「結構なお歳なのね」
「ヤギみたいだね」
なんて言われた。自分の歳は知らないけど私、まだ若いんだよ。
そういえば私はニホって呼ばれてた。確か大家さんが
「一歩、二歩って歩いていけるように」って言ってた。私はかなり痩せてたから心配してたんだって。
そのまま、その街に住んだ。最後まで。
*
*
いつだったかな。その人がすごく酔っ払って帰った来て、私のことを呼んだんだけど、なんだか眠かったし、何だか雰囲気が違うから行かなかった。
そしたらすごく怒って、階段から落とされちゃった。ちょっとだけ足から血が出ちゃって、痛かった。
そのあと子供や奥さんに怒られて喧嘩してたけど、反省とかはしてなさそう。
痛かったなぁ。
それから私、家に誰かが来るといつもびっくりして、誰か呼んじゃうんだけどそれもよく怒られた。
*#$%&'( )
そう!大変なこともあったんだ。
前の家でもそうだったけど、私は食いしん坊でついついつまみ食いしちゃんだ!
その日もつまみ食いしちゃったんだけど、いつもと違ってなんていうか変な感じがして、体が動かなくなってね、そのまま意識飛んじゃった!
奥さんが帰ってきたときには倒れて痙攣してたんだって!すぐ病院に連れて行ってくれて「イセンジョウ」をしたから助かったみたい!私、「チンツーザイ」ってやつ食べちゃったんだって!
私あんまりそういうのわからないから!
そんなことよりもね!病院から帰ってきたらなんかすっごく体がうずうずする!なんかずっと座ったり、静かにできなくて、ついつい廊下走っちゃうんだ!
その人の子供が帰ってきたみたいで
「ニホなんかやばそうだけどどうしたの?」
「テーブルの上にあった鎮痛剤、一箱全部飲んじゃったみたい。胃洗浄したから大丈夫だけど・・・・もうずっとこの調子。」
「完全にラリってんじゃん。」
って話してた!
よくわからないけど、でもついつい走っちゃう!疲れてハァハァってなるけど、それでも音がなったらびっくりして走っちゃう!
あの時はなんかずーっと走ってたなぁ・・・!
*#$%&'( )
それからは特別なことはなかった。
私も歳をとって、ちょこっとずつ目が見えにくくなった。なんだかぼんやりとしか前が見えなくて、白っぽかった。
その人は
「白内障だな。」
って言ってたけど私にはよくわからない。
それからはゆっくり、少しずつ、聞こえにくくなって、匂いもよくわからなくなってきた。
*
*
ある日、その人の子供がいなくなった。
「んじゃ行ってくるね。」
そう言って。
*
*
いつだっただろう。私は体が動かなくなって痙攣した。
「ニホが痙攣してるぞっ!」
その人が慌てながら言っていたけど、少ししたら元に治った。私は別にそ気にしてなかったけど、その人と一緒に病院に行くことになった。
病院は好きじゃない。
*
数年が経って、また痙攣した。
「さすがに今回はもうダメか。」
ってその人は言ってたけど、私はまた元に戻った。けど、たまに右足が動かなくなる時があって、でも時間が経てばすぐ治った。
*
私はほとんど目が見えなくなった。耳もあまり聞こえなくなった。前は呼ばれたらちゃんと反応してたけど、今じゃほとんど聞こえない。匂いもあまりわからない。
ふと、懐かしい声がうっすら聞こえて
「ただいま。元気みたいじゃん。でも目が真っ白だね。」
って言ってた。その人の子供が帰ってきたらしい。3年だか4年だかいなかったらしいけど、私にはよくわからない。ただ、久しぶりだったしシッポは振っておいた。それすらも疲れた。
*
少し経って、足に力が入りにくくなって、上手く座れないからトイレが苦手になった。お尻になんか巻きつけられるようになったけど私はそれが嫌でよく噛んで外した。
けど今はそんな体力、もうない。
*
また痙攣した。
「ねぇ!ニホが痙攣してる!やばいよ!!」
って声がうっすら聞こえる。
また治った。
「もう3回目だよ。もう18ぐらいだしいつ来てもおかしくないかな。前の時よりも痙攣の期間が短いし。」
その人は言ってた。18っていうのは森にいた時と大家さんの家の時、それにここに来てからの時間かな。
右足が動かなくなった。
*
「毎年こんなに暑かったっけ?」
誰かがそんなことを言っていた。
私は後ろ足で立てなくなった。
もう目は見えない。耳も聞こえない。だけど家の中なら、過ごせる。だって一番長く住んだ家だから。
前足だけで歩くのはかなり疲れる、、、
後ろ足で立てなくなってすぐ、私は体を起こせなくなった。
なんだか体が重い。
その日の夜、私は息をしなくなった。
近くにその人はいたけど、目が見えないからどんな顔をしてるかはわからない。
私の体はそのあと冷たくなって、
硬くなって、
その人がそっと、
箱に私を詰めた。
朝、その人の子供が起きてくる。
「ねぇ!この段ボール何?廊下に置いてあるんだけど!」
その人が言う。
「これか。これニホだよ。」
「え?」
箱を開けて
「ニホ。死んじゃったの?」
「〇月〇日〇時〇分、ニホ永眠」
「そっか・・・わりと、長生きだったよね。」
「そうだなぁ。人間なら100歳は超えるんじゃないかな」
「そっか。」
「さっき電話したから後で業者来るから。」
「ふーん。」
二人は話を終えて、私の入った箱をそっと閉じた。
「ドライアイス買ってこなきゃなぁ」
その人が何か言ってる。
気がした。
箱の中は暗くて、変わった匂いがした。気がした。
突然、明るくなって、とっても冷たいものが落ちてきた。私は寒いのが苦手ですごく嫌な気がしたけど、その人が目の前に立っていて
「これで少しは保つだろう」
って。
そうなのかな。
私が家を出る前、その人はいなくて、奥さんもいなくて、その人の子供だけが部屋にいた。
「じゃあね。言ってきます。」
そう言って扉の閉まる音がした。
それから 私は 家を 出た。