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クランペットをほおばる朝
祝日明けの、冬の朝ほど起きるのが辛い日はそうない。
ましてや転職して、まだまだ新しい環境に慣れていない日々が続いている。
だからこそ、朝からご褒美を。
今朝は先日焼いたクランペットに少しのはちみつを塗って、心に元気を蓄えた。
クランペットは、イギリスで食べられているパンケーキの一種。
発酵した生地を使うので、食感はもちもち。ほんのり酸っぱい味わい。
わたしがクランペットを知ったのは、ロンドン留学の最終盤だった。
たぶん国を離れる数日前だったと思う。
大学の寮でフラットメイトだった、Aが焼いてくれたのだった。
「え、まだクランペット食べてないの?じゃあ焼いてあげるよ!」
ロンドン滞在から9ヶ月も経ったのに知らないなんて、と驚いたAは、
数日後、自分で焼いたクランペットをタッパーウェアに入れて部屋まで運んできてくれたのだった。
いつも通り、わたしは椅子にもたれながら、Aはベッドに腰掛けながら、2人で食べたクランペット。味そのものより、なぜだかその時の光景の方が記憶に強く残っている。
隣の部屋だったAは、うんと年下なのに気の合う存在だった。
お互いコロナに感染した時は、必要なものをデリバリーし合った。
英語がうまく話せない時も、辛抱づよく耳を傾けてくれた。
時々わたしの部屋に訪れては、床に座って長々と語る日もあった。
「寂しい時は、自分が愛されていることを思い出して」。数ある彼女の金言で、もっとも好きな一言だ。
なかなか会えないし、連絡も取るわけでもないけれど。
アジアのかたすみから、遠く離れた彼の地で暮らす大切な友人に思いを馳せる。
もちもちのクランペットを味わっては彼女の無事を願い、
そんな瞬間をかみしめている自分の人生は、ありがたいものだなと感じたのだった。
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大学の寮の部屋のドア。唯一、戻りたいと思う人生の瞬間だった。