不確定日記(正体は晴れ)
もずくや黒酢やトマトしか食べたくない、という時点では、まだこの暑さじゃあしょうがない、という気持ちだったが、左瞼の内側にものもらいができたあたりで、ああ、これは抵抗力が下がっているなあ、という実感は湧いた。
生理が予定日になっても来ず、体がごわつき、ちょっとした取材に出かけただけでぐったり疲れた。とくに仕事が切羽詰まっていることもなく、運動量が多いわけでも(まさか)ない。風邪の症状かというとそうでもない。
生理に伴う偏頭痛がいつもよりひどく、鎮痛剤が効かないので週末は二日ほど寝ついてしまった。飲みの誘いも作業通話も断り、うつ伏せのほうが楽なので枕に顔を埋めて唸った。食欲だけはあり、出前で大きなハンバーガーとポテトを頼んで食べ、また眠った。鉄分が足りていないのかまだ肉が食べたいという気持ちだけがくっきりあり、そういえば、明後日は誕生日だからステーキを焼こう、と思ったところで気がついた。だからだ。
私は、毎年誕生日に、理由もなく落ち込む。正月もそうだから、「晴れの日」に緊張してしまうんだろう。自覚していない感情が体調のほうに出がちなのもいつものことだ。原因がわかると、安心したのか、頭痛は少しずつ和らいだ。
頭が痛くないことが嬉しくてしかも眠りすぎていたから、その夜はなかなか眠れず、丑三つ時に開いた本(桐野夏生『オパールの炎』)を終わりまで読んでしまい、誕生日、目覚めたのは昼過ぎだった。
映画でも観にいこうかと思ったが、観たい『化け猫あんずちゃん』は封切りから日が経ってしまってもう早朝か深夜にしか上映しておらず諦め、とりあえず黒胡麻だれと茹でた豚バラを乗せたうどんを食べ、少し事務作業をしてから、食べたかったステーキ肉とおはぎを買いに出かけた。数日ぶりの外出で、まだ貧血なのか、ただの眠りすぎか、地面が少しふかふかしている感触があったけれど、対面のカウンターで赤身のいい肉を買って両手でうやうやしく受け取るとばかばかしくて楽しくなった。おはぎは黒ごまのまぶしてあるのにした。
ステーキは派手だが、手順としては焼くだけだから楽だ。牛脂を溶かしたフライパンで薄切りのニンニクをカリッとさせ、肉は片面1分、裏返して40秒、アルミホイルを巻いて5分。サラダは、水切りしたサニーレタス、薄切りにした生マッシュルーム、くるみを混ぜて、塩レモンとオリーブオイルを混ぜたものをかけて、黒胡椒をふる。終わり。フライドポテトも揚げようかと思っていたけれど、おはぎのことも考えてやめた。
肉の塊を食べると、私は如実に元気になった。ようやく誕生日をねじ伏せられた、という満足感がある。腹は若干ぐるぐる言っている。
落ち着いて白湯を飲んでいると、窓の外で鳴いていると思った秋の虫(カネタタキ)の鳴き声がどうやら部屋の中から聞こえる。玄関の方向だとは思うが、近寄ると鳴き止んでしまうので、小さな本体を発見することはできない。以前住んでいた部屋にもこの虫がいたことがあり、その時は音の発生源が虫だということすら分からず、キン、キン、という澄んだ音が映画「サイコ」の効果音みたいで恐ろしかったが、今は姿形も知っているので、まあ、いてもいいよ、ということにした。