if not, it can’t be helped. ~ゲシュタルトの祈りより~
キャリアカウンセリングをしていると、ふとそのお話しに飲み込まれたり、自分の人生と重ねてしまったりと、様々な想いが湧いてきます。
想いの強さが大きいと自分で感じたとき、わたしは『ゲシュタルトの祈り』を思い出します。
「You are you, and I am I」、つまり「あなたはあなた、わたしはわたし」ということです。
決して突き放しているわけではありません。ただ、必要以上に相手の期待に応えようとすると、どこか自己犠牲を生み出しかねません。かといってあなたが勝手にすればよいということでもありません。
わたしはゲシュタルトの祈りをこのように捉えています。
必要以上に重ね合わせると、相手のためにもっともっと尽くしたいという思いに駆られてしまいます。そして自分を犠牲にしてでも、この人を救いたいと思って必死になってしまいます。相手もこの人が救ってくれると思うがあまり、この人に好かれたい、この人にもっと頼りたいと思ってしまいます。
カウンセラーから相談者に対する「救いたい」という気持ちを逆転移、相談者からカウンセラーに向けられた「頼りたい」という気持ちを転移といいます。どちらも思いが強すぎると、互いに依存を生んでしまいます。
そこでほどよく離れた適切な関係を築くために、『ゲシュタルトの祈り』が大切になってくるわけです。
仮に役に立てなかったとしても、それはそれで「いま必要とするのはわたしではない」という結果が明らかになるだけです。絶対にわたしでなければならない理由はないのですから…
この程よい距離感を表した言葉が、「You are you, and I am I」であり、「If not, it can’t be helped.」だと思います。
この「it can’t be helped.」という言葉。直訳すると「仕方がない」「どうしようもない」となります。
でも日本語の意味合いとは少々違って、「自分ひとりの力だけでは敵わない」「致し方ない」という意味合いで使われるそうです。
ところが「If not, it can’t be helped.」を「出会えなかったら仕方ない」と訳してしまうと、出会えなかったことが残念で仕方ない、悔しくてしょうがないという意味にも聞こえてきますし、出会えなかったらあきらめようという何か突き放すような感じがしてしまいます。
そこで、「出会えなくても、それもまた素晴らしいこと」と意訳したわけです。秀逸な日本語訳ですよね……感動モノです。
なんだかこんな風に思えてきました。
キャリアカウンセリングに活かせるかしら?
心に留めておきます。
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