さばのゆの須田さん
さばのゆに行くようになったのは、あの震災の後だから、たぶん十年ほど前のことだと思う。
同じ物書き仕事をやっていたこともあり、何かのパーティーで名刺交換をしたのだろう。突然の連絡をくださった。さばのゆでイベントをやりませんかと。
僕などでいいのかなと思いながらも、お言葉に甘えて僕の本の話をした。経堂という場所にそれほど知り合いもいなかったこともあり、お客さんはそのとき5、6人くらいだったのではないだろうか。なんか申し訳ないなと思ったけれど、須田さんはすごく喜んでくれて、近くの「きはち」という焼きとん屋さんでお酒もご馳走してくれて、またきてくださいと笑ってくれた。
それから家が近かったこともあり、何かと声をかけてくださるようになった。自分からそういったコミュニティに入り込んでいくタイプでもなかったので、ほんとうに須田さんが誘ってくださるままに、さばのゆに通うようになった。
「今日は、面白い人がきますよ」
いつもそんなふうに誘ってくれる。行くと、その人は世間的にはそれほど知られていなくても、何かを一生懸命がんばっている人で、本当に面白く、そして優しい人ばかりだった。
どんな人がいただろう。
地方と東京をつないでいる人。発酵研究家。塩の専門家。いちご農家さん。缶詰屋さん。ちくわ屋さん。ネーミングライター。構成作家。カメラマン。などなど。およそ普通にしていたら出会わないであろう人ばかりでいろんな貴重なご縁をいただいた。将棋棋士もおられた。
棋士の高野秀行先生とは、このさばのゆがご縁で出会った。二人で一緒に本を出したとき大変喜んでくれて、誰かお客さんがくるたびに「お二人がこんな本を出されたんですよ」と、我が事のようにお客さんに自慢してくださった。
自分のことは全然自慢しないのに、さばのゆにくる人のことばかり自慢する人だった。
肩書きとかでなく、優しい人、頑張っている人を大切にしてくれた。
でも、時々、厳しいところもあったのだ。
さばのゆはコの字カウンターになっていてみんなで話すことが多かったのだけど、ある人が話し出したとき、その話が止まらなくなった。ずっと話している。するとすっと近くにいって「やめてください」と。カウンターの輪を大切にする人だった。どんな人でも、その日来たときに嫌な思いをしないように心をくばっている人だった。行くと、必ず次の日に「きのうはありがとうございました」とメールをくれた。さばのゆは安いんですよ。ビールもなんでも500円。「こういうお酒が入ったんですよ」とか「この缶詰おいしいですよ」と出してくださっても、その値段、お勘定に入っているのかなと思うこともしばしばで。僕なんか、なんの売り上げにも貢献してなさそうだけど、いつもいつも大切にしてくれて。
「さばのゆってどんなお店ですか?」って聞かれても難しい。酒場でありカフェでありイベントスペースであるけれど強いていえば「須田さんがいるところ」かな。
《つくると つなげる さばのゆ》
こんなキャッチコピーを作ったって見せてくれたことがあったけど、本当にいろんな人を「つなげて」喜んでくれる人だった。つなげてもらった僕らは勝手に楽しんでいただけ。須田さんに何の恩返しもしてなかったけど、僕らが楽しかったらそれでよかったのかな須田さんは。
「さばのゆの須田さん」ということばが好きだった。お店の屋号と須田さんはセット。地球がひっくり返ってもCEOとか言わない。きっと須田さんはどんなに偉くなっても「さばのゆの須田です」と連絡してくれる。肩書きとは無縁の人で、肩書きとは無縁の人を愛して、肩書きを外してみんなカウンターで並んで楽しく飲んだ。あんなところ、そうそうないと思う。
2023年12月24日、さばのゆでおでんを仕込んでいるときだったそうだ。須田さんが倒れたのは。サンタになったのかな須田さん。
僕には自分の人生の師というべき人がいないことを時々寂しく思うことがあった。でも、須田さんがいなくなってしまって、僕に初めてそういう人ができたような気がする。面白い本ができたとき、嬉しいことがあったとき、須田さんに報告に行きたい。でも本当はそんな師なんかよりも、ニコニコ笑っている須田さんがさばのゆにいてくれるほうが、ずっとずっと良かったのだけれど。
今日、須田さんのお通夜が経堂である。須田さんに優しくしてもらった人がたくさんくるだろう。通夜振る舞いはないという。そのままみんな経堂の街に飲みに行ってほしいと、須田さんはきっとそういうはずだからという奥様のご配慮だそうだ。
あんなに一緒に時間を過ごしたのに、あんなにお店に行ったのに、須田さんの写真がほとんどない。僕らを撮ってくれるばかりで須田さんを全然撮ったことがなかった。こんな写真だけがスマホから出てきた。
「くらべる」シリーズの本を出したとき「くらべるポテチ酒場」をやりましょうと誘ってくれてそんなイベントをやってくれた。そして僕らが楽しそうにしてるのをいつもニコニコして笑って見ていた。
さばのゆの常連だった缶詰博士の黒川さんが須田さんのことを「利他の人」と言っていた。頑張っている人を応援することで生きてきた人だった。と。ほんとそうだなと思う。
須田さん須田さん須田さん。ほんとありがとう。今日、みんなで経堂で飲みますね。またいつものようにニコニコして見ててください。