見出し画像

高見順 死の淵よりのご紹介

「食道ガンの手術は去年の十月十九日のことだから早くも八ヶ月たった。
この八ヶ月の間に私がかきえたものの、これがすべてである。」
(講談社文芸文庫 帯より)

死を題材にした詩集ですが、誰しもがそうなるように、死に対して怒り、嘆き、おののき、、、というような感情を余さずに高見順が謳い上げている詩集、それが「死の淵より」です。現在、まだ絶版になっていなければ講談社文芸文庫スタンダードで読むことが可能です。

死をテーマとした詩集なら、ほかにもあるはずですが、死を受け入れた人間の本当の生命力を清らかに謳いあげた「青春の健在」「電車の窓の外は」は不滅の輝きを放つ大傑作だと申し上げたいものです。
以下に引用させていただきます。

青春の健在

電車が川崎駅にとまる
さわやかな朝の光のふりそそぐホームに
電車からどっと客が降りる
十月の
朝のラッシュアワー
ほかのホームも
ここで降りて学校へ行く中学生や
職場へ出勤する人々でいっぱいだ
むんむんと活気にあふれている
私はこのまま乗って行って病院にはいるのだ
ホームを急ぐ中学生たちはかつての私のように
昔ながらのかばんを肩からかけている
私の中学時代を見るおもいだ
私はこの川崎のコロムビア工場に
学校を出たてに一時つとめたことがある
私の若い日の姿がなつかしくよみがえる
ホームを行く眠そうな青年たちよ
君らはかつての私だ
私の青春そのままの若者たちよ
私の青春がいまホームにあふれているのだ
私は君らに手をさしのべて握手したくなった
なつかしさだけではない
遅刻すまいとブリッジを駆けのぼって行く
若い労働者たちよ
さようなら
君たちともう二度と会えないだろう
私は病院へガンの手術を受けに行くのだ
こうした朝 君たちに会えたことはうれしい
見知らぬ君たちだが
君たちが元気なのがとてもうれしい
青春はいつも健在なのだ
さようなら
もう発車だ 死へともう出発だ
さようなら
青春よ
青春はいつも元気だ
さようなら
私の青春よ
ーーーーーーーーーーーーーーー

電車の窓の外は


光りにみち
喜びにみち
いきいきといきづいている
この世ともうお別れかと思うと
見なれた景色が
急に新鮮に見えてきた
この世が
人間も自然も
幸福にみちみちている
だのに私は死なねばならぬ
だのにこの世は実にしあわせそうだ
それが私の心を悲しませないで
かえって私の悲しみを慰めてくれる
私の胸に感動があふれ
胸がつまって涙が出そうになる
団地のアパートのひとつひとつの窓に
ふりそそぐ暖かい日ざし
楽しくさえずりながら
飛び交うスズメの群
光る風
喜ぶ川面
微笑のようなそのさざなみ
かなたの京浜工場地帯の
高い煙突から勢いよく立ちのぼるけむり
電車の窓から見えるこれらすべては
生命あるもののごとくに
生きている
力にみち
生命にかがやいて見える
線路脇の道を
足ばやに行く出勤の人たちよ
おはよう諸君
みんな元気で働いている
安心だ 君たちがいれば大丈夫だ
さようなら
あとは頼むぜ
じゃ元気で――

皆様もぜひ、お手に取られて読まれることをお勧め致します。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?