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花でなくとも、ゐとオシイ




重ったるい空気が体の表面を撫で、肺にぬるりと入り込む。
太陽に焼けたアスファルトは夜に取り残されて、てんで爽やかとは掛け離れた焦げ付く匂いを薄明かりに持ち越すのだ。


道路脇に咲く百日紅は暑さに負けて、紅い花はすっかり醜く灰色に項垂れていた。


心がこうも靄に掛かったように燻るのは、如何したものか。
情景が蘇るのだ。生ぬるい風に当てられた昔むかしのことを。




当時私はまだ高校生で。
そして彼女もまた同じだった。


共に夢を語らい、屈託なく笑いあうこともしばしばあったが、私たちは特別に仲が良かったというわけでもなかった。



私は草で、彼女は花なのだ。


同じ鉢で育っても、私は彼女を見上げるのみで、当の彼女は太陽を見つめて美しく輝いている。


いとおしい。



彼女は百合の花を愛していたけれど、私は、紅く大きな椿もきっと彼女には似合いだと思っていた。



セーラー服に映える艶やかな黒髪も、なびく風は全て彼女の為にある。
快活な性格。大きくてきらきらとした双眸。



彼女は完璧で美しい花だった。





だからこそ私は、いや、私だけでない全てのボンクラの草どもが油断をしていたのだ。
疲弊した花は太陽から目を背けるように草に助けを求め背を丸めるはずだから。




季節外れの紅椿
椿は美しいままに落つ





熱帯夜の続く夏だった。

私は自転車で海まで走った。

潮風がじっとりと体にまとわりつき、立ち漕ぐ全身が濡れていた。
握り締めたハンドルで両の手はじんじんと痺れている。
ペダルは何度も空回りし、その度によろめいた。

誰もいない海

ボオオと鳴る船の汽笛。押して返す波。堤防は明るく感じた。
一歩歩くごとにフナムシが逃げていく。

どどん、ぱちぱちぱち……

床をうっすらと染める光。
海岸をぐるりと囲む森の端から花火が見えた。



どん、ぱちぱちぱち
ぱちぱちぱち
ぱちぱちぱちぱち


耳は身体から遠く離れたところに置き去りにされて、微かに響く音が脳をゆっくりと這う。




花が落ちる。落ちる。落ちる落ちる。落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる






セーラー服に映える黒髪。

全ては彼女の為にある。

美しい双眸。

私は彼女を見上げる。

彼女は太陽を見上げる。


太陽はどこを見ていたのだろう。



焦げたアスファルトに、灰色に焼けた雑草が顔を覗かせていた。






私は草なのだ。雑草だ。
自分が草であることに満足している。

何度落ちても、草は必ず最後に受け止める。
花弁に傷が付いても、汚れたとしても、そこに確かにあるのだ。


醜くい棘に囚われる必要も、地を這う草を振り返る必要もなく、ただひたすらに太陽に手を伸ばす君がどうしたって私はだいすきだ。




いとおしい。

重いおもい空気を吸って夏の暑さに毎度と嫌気が差す。

だから私はいつまでも彼女を誘うのだ。

もしかしたら、花火をするのも悪くないかもしれない。

いやな暑さは、ひとつひとつ丁寧に、愛おしいものに塗り替えて




生ぬるい風はいま、夢なのか現実なのか判断がつかない。


叶うなら、この世に一輪しかない花が、悪意で摘まれることのないようにと、ただ願う。


そうしてどうか私のことなど、心にも留めずに生きてほしい。自然と笑みが溢れるような素敵な出来事たちは、ひとつでも多くあなたの元へ尋ねるべきだ









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