16歳のメモ書き
黒く暗い空気が音を立てて車を撫でる。
11月の高速道路。18時を過ぎればば辺りはすっかり闇に包まれる。
窓から見える無数の灯りはきらきらと輝いて空の星よりも強く大きく輝いていた。まるでその光が宝石箱のように美しく愛おしいものに見える。それがたちまち滲んでぼやけた。
父の運転する白い車の一番うしろ。
イヤホンをさして鼻をすする。奥の方がツンと痛くて目が熱い。嗚咽が小さく漏れた。
前に座る母が何も言わなかったのは、ただ聞こえないふりをしてくれただけなのか、車を引っ掻く黒い闇が邪魔をしてくれただけなのかは分からなかった。
あの日を思い出していた。
2012年10月5日
「ねぇ、なんで言ってくれんかったん?」
泣いた声は上ずって、私は頬をはたかれた。
ぱちんと耳の奥で鳴る。
頬を撫でても痛みは少しもなかった。それでも脳みそはぱちん、ぱちんと繰り返す。
走り去るあいつを目で追ったまま、しばらく呆然としていた。
10月とあって部活も引退した3年の階には人気がない。電気の消えた教室は窓から差し込むオレンジ色だけが鮮やかに見えた。
謝らなくちゃなぁ。
そう思った。のろのろした動作でカバンを取り出す。中身はない。立ち上がるのも億劫だった。
窓際の3つ目の席にオレンジの光を吸い込んだカバンが上を向いていた。
カバン2つを抱えて廊下を歩く。
4組のプレートがかかった部屋から蛍光灯の光が漏れていた。
見知った背中は、教室の真ん中あたりで机の上に腰掛けて見えて、堪らず口が動いてしまった。
「サヤカ。」
はっとしたようにあいつが振り向く。
言おうとしていたことがまとまらない。ごめん。サヤカには言うべきだった。誰にも言わなかったんだ。
私は一歩、ゆっくりと教室に足を踏み出す。
駆け出した彼女が飛び込んで来た。
「びっくりした。終礼んとき、ちょっと泣いてしまってんよ」
涙のあとがすっとゆがんだ。私はその微笑みから目が逸らせなかった。
「ごめん。」
「ほんとにあと1ヶ月もないが?」
「ごめん。」
「うちには教えてくれたって良かったやいね」
「ごめん。」
「なんで、なんでずっと黙っとったんじゃ」
かちかち鳴る蛍光灯に負けそうなほど小さい声だった。
「誰にも言いたくなかってん。」
最後の方は自分にも聞こえなかった。
間があった。10秒ほどの。いや、もしかしたら1秒程度だったのかもしれない。
ただ、ただ明るい声がこわばる心に染みた。
「帰ろっか」
それからしばらくして、7年暮らした金沢に別れを告げた。
10月29日。
透き通るような青い空。10月も終わろうとしているのに暖かかった。
茨城県の海辺にある中学校。これから新しく通うところだ。
校長室でひととおり説明が終わってから体育館に向かった。
全校生徒が集まっていた。総勢60名。前の学校の5分の1の人数にも満たない。校舎もまた同じだった。
臨時の集会だったようで館内はざわざわとした空気に包まれていた。
そんな中、急に校長が自分に自己紹介を提案しだしたのだ。
朝早くから違う制服を着た異質が一匹混じってきたというのに、突然自己紹介などと洒落たものが思い付くはずもなく、
「石川から転校してきた宮岡です。よろしくお願いします。」
そう短く言って集会は終わった。
にこやかに三年の列に並べと促される。強引すぎやしないだろうか。三年生はどこなのかも分からなかった。
そのまま体育館を退場し、2階の教室に連れて行かれた。もう一度自己紹介をすることはなかったが教卓の前に立たされて、担任と思しき人が喋っていた。
視線が痛い。
たった22、自分と担任を含め24人しかいないこの教室には興味と敵意が渦巻いていた。
(記:2014年5月25日)
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