実生活での指導(3)「対社会活動への指導」「現代人物論 池田大作」小林正巳著(昭和44年9月25日)第28回
人材製造の信念
かつて池田は、「幅広い人材の発掘、いかなる革命も改革もその原理を外してはいけないのです」と私に語ったことがある。また最近ある作家から「あなたの職業は?」ときかれて、即座に「人材製造業です」と答えたときくが、池田によればこの人材づくりが、そのまま広宜流布につながるのだ。
「戦国時代の名将、武田信玄は『人は石垣、人は城』を理念として、特に 城は築かず、勇猛な武将をもって最高の守りとしました。創価学会の目的は、世界最高の人材の城を築いていくことであり、これが広宣流布に通ずるということを、知っていただきたいのであります。すべての人が人間革命して幸福になり、社会に貢献し、価値創造をしていく。生ける屍ではなくして、生きること自体が、なんらかの形で社会、民族、世界に貢献していく。そういう世界をつくることが広宣流布の目的なのであります」(講演)
新時代の革命児
ただし、ここでいう人材育成とは、なにも、創価学会の幹部づくりを意味するものではない。別の講演では、
「(日蓮)大聖人の仏法は、宗教人をつくるものではない。大政治家、文化人、立派な社会人、学生をつくるための仏法だ。そこで勝利者とならなければ、王仏冥合を実践することにはならない。根本は新時代を作るための革命児となることだ」と述べている。
要するに、日蓮の哲学思想を身につけた人たちが、政界、官界、実業界、文化方面、一般職場などあらゆる職域、あらゆる地域で活躍すること、それ自体が広宣流布の土台になるとの考えだ。
池田が学会員に対していつも、人材に育ってほしいというのも、実はその意味であり、彼のあらゆる指導は、この立場から展開されているといえよう。池田の指導は、仏法の教学をはじめ、学会活動、政治問題、社会問題に対する考えなど実に幅が広い。学会員の社会生活面の指導にも触れているが、それも、あくまで個人の幸福と社会の繁栄の一致(王仏冥合)、世界平和の実現(広宣流布)を根本として、そこから具体化されたものだ。
“社会性を身につけなくてはならない”,“常識豊かに”といった指導もその一環となっている。その面で、池田が学会員たちにどのような指導をしているのか、つぎにあげる若干の具体例は創価学会外の人たちが池田を知る手がかりにもなるだろう。
育つ社会的人材
「会社を決して休んだり、やるべき残業をやらなかったりしてはいけないということです。生活のだらしない人に真の仏弟子、真の学会員はいないということを強調しておきたい。真剣に信心に励んでいるならば、生活はしぜんと立派になっていくのが当然であるからです。誰からも信頼される有為な人、なくてはならぬ人となっていただきたい。信心即生活,信心即社会が完璧になってきたとき、全社会が学会を再認識し、遠いようでも広宣流布の大きな近道をつくることになるのです」(講演)
いささか古くなるが、この指導に関連したこんな話がある 。
今は公明党の最高幹部の一人だが、大学を出てすぐある大会社に入社した。学会活動に身がはいりすぎて、会社は欠勤がち、これを上司に注意されたのに反発して辞表を叩きつけた。これをきいた当時参謀室長の池田はいった。
「会社をやめるときは惜しまれて去るようになれ。まず社会人としての責任を果すことだ。でなければ青年部の役職も解く」
予想外にきびしい池田の言葉に梢然と会社に帰ったが、すでに彼の机はなく、あるのは同僚たちの冷たい眼差しだけ。それでも毎日出勤してさらし首にたえ、帰社がかなった。数年後、どうやら惜しまれるような社員になって退社、政界に入ったが、本人は今でも「あの時ほど辛かったことはない」と述懐する。池田の指導のきびしい側面をあらわすエピソードだ。
素裸からの出発
また池田は青年に対して、金や地位に幻惑されず、素裸の人間として力をつけることだと説く。
「青年時代には大いに力をつけていただきたい。そのため大いに働き、大いに勉強していっていただきたい。それが生涯の最高の財産になるからであります。現在の日本の多数の青年は、勉強せず、働かず、要領よく行動して偉くなろう、金持ちになろうと考えています。なんと意気地のない、なんと打算的な、青年らしくない人生観ではないか」(講演)
次のも某公明党幹部の語る池田の忘れ得ぬ想い出。
昭和二十九年ごろ、小さな会社を経営していた彼は、事業のゆきづまりから、当時で三百万円ほどの借金。三十人ほどの従業員には月給も満足に払えない有様。ガッカリしているのをみた池田は「風呂にゆこうや 」と誘った。そして湯舟につかりながら池田はいった。「へこたれることはない。若いときは金なんかできない方がいいぐらいだ。こうして素っ裸になった人間の値打が大切だよ」「先生のあの一言がどれほど私に勇気を与え支えになったかわかりません。その後半年で事業を軌道にのせました」という。
現実重視の指導
池田は学会と一般社会の間に壁をつくってはならないと指導する。
「隣近所を大切にしていっていただきたい。学会即社会である。隣人を大切にしようという心が、ちょっとした心づかいが言動にあらわれ、敏感に相手に映じていくものです。それが長い目からみて、また広い視野に立ったとき、どれほど大きな力となっていくかは測り知れないものがあります」(講演)
日蓮正宗自体には、とくにこれといった戒律はないが、創価学会では、学会員どうしの組織を利用した金銭貸借だけは厳禁、この点の池田の指導はとくにきびしい。
「本部できびしく禁じているにもかかわらず、学会員同士で共同事業を行なうとか、信心を利用して同志からお金を借りるとか、そういう幹部がいるとすれば、それはまじめに信心即生生活を実践していない証拠です。信心していれば、事業のほうはなんとかなるだろう,学会活動さえしていれば、タナからボタ餅式になんとか金もはいるだろうとそんな甘い考えでいるのは大謗法(信仰を傷つける意味)です。信心が強くなればなるほど、金銭に対しては厳格な態度で臨むべきです。自分の生活は自分で律していく。まじめに働き、家計簿もちゃんとつけて、月給がわるいときはでないようにきりつめ、家庭経済を常に完璧にしていく。そのようなまじめな生活のなかにこそ、初めて御本尊の功徳も顕現するのです」(講演)
また、一般的な意味でこう語ったこともある。
「革命のためなら、そして広宣流布のためなら、非常識なことも止むを得ないということにはならない。それは長針をみて秒針をみないことと同じになる。仏法はあくまで道理です。非社会性、非時代性はいけない。革命は社会とともにあるのに、社会性を逸脱して何の革命ができますか」
公明党の議員に対する池田の指導はとくに念入りである。これまでの本部幹部会などで「王仏冥合を目標に立ち上がった議員が、地位や名誉に走るようなことがあれば、私は黙ってはいない。そんな議員は私の同志ではない」としばしば強く戒めている。
福祉経済の展望
ついでにいうなら、王仏冥合の理念をやや具体化したものに福祉経済論がある。その形態を大ざっぱにいえば、基本的にいわゆる混合経済方式をとりながら、分配面での平等をはかっていく考えをとる。現存する国では、資本主義形態をとりながら、社会保障制度の高度に発達したスウェーデンなどに近い、いわゆる福祉国家といってよい。もっとも、福祉経済論自体「富の平等に満足せず、価値の平等をはかる」とあり、この理念を具体化することが課題として残されている。
四十四年五月の総会で、池田は創価大学の構想を述べた際、「資本主義、社会主義を止揚する新しい経済のあり方を理論的、実践的に研究したい」といっているのもそのためである。だが方向としては、現在の資本主義社会において、政治的にはいわば改良主義に沿った路線とみてよい。ただ、一方では人間自体の精神構造の変革(人間革命)によって社会全体をその土台から革新していくことを目指している。
創価学会・公明党を体制内か体制外か、保守か革新かといった単純な図式で分けられない理由もこのためだ。
池田は公明党の創始者として、公明党の基本姿勢を人間性尊重に立脚する中道政治においている。このような立場から議員に対し、庶民との直結、大衆への奉仕を説くのである。
公明党の進路
「議員は庶民あってのエリートである。最大多数の最大幸福の為に働くことです。そのためには反対のための反対でなく党利党略を考えることなく、民衆のために戦う決意をくずしてはいけない。国民全体の幸福を考える立場からコンセンサス(合意)に最善の努力をし、必要であれば、他党とも力を合わせて問題の解決にあたっていくこともあろう。日本のための公明党であって、公明党のための日本ではないし、世界のための日本であって、日本のための世界ではない」
「議員は大衆の中に入っていって実践のなかから自分の手で生きた政策をつくっていくようにさせたい。基礎をしつかりすることです。他の政党はすでに何十年という伝統をもっている。公明党はまだ伝統も浅い。生まれたばかりの子も二十年すれば大人になる。公明党も長い目で見守ってもらいたい」