あなたの売りは


セールスポイント、ということになるんでしょうか?

私のセールスポイント、何もないんです。何も持ち合わせていないのです。

彼女はひどく焦った様子でそう言いました。


なにもないのであれば、通報させていただきます。
抑揚のない声でベルボーイが言いました。

ここは、ホテルなのですが、少し変わったホテルです。
お金ではなく、自分を売ってお代を払うシステムなのです。

貨幣価値ではなく自分の価値を人に売りつけることにより、成り立つ不思議なホテル。

ここへ来る人はだいたいが迷子なのです。
迷路にはまり込んで、落とし穴に落ちた、どんくさい人たちが多いですね。

通報されたらどこへ行くのか?それは、私にもわかりません。
いえ、知りません。だって私は…

そんなことより話を戻して、彼女は自分のセールスポイントを探すことができたのでしょうか?

アピールポイントを記入しようとして、迷路にはまった彼女に、自分の売りを見つけることができるのでしょうか。
落とし穴にはまったどんくささも群を抜いていましたが。

焦って焦って追い詰められた彼女は絞り出しました。

「そう!わたしは、何にも何にもないのに、ここへきた。何にもないのに、今ここに立って自分を売ろうとしてるこの勇気と姿勢を売りたいです!」

ブザーが鳴り、彼女は光に包まれ消えていきました。
ああ、これで安泰ですね。
外に出られたわけですから。

世の中、というのか。
個性は尊重すべきですが、個性のないことに悩む人も多いでしょう。
あと、大人になればなるほど、自分は何者でどんな人か、どんなものかと伝えなければならない。個性が消えていくというか、無邪気に笑うことができなくなる年頃に、そういった苦行が待っているのです。

だからこれは予行練習。
落とし穴に落ちてしまうどんくささすら、ここでは立派なセールスポイントです。


私は迷子センターの一人として、今日も迷路にはまり込み、落とし穴に落ちた人をここで見ています。
このようにレポートを付けて、上に報告するのです。

通報されてしまっても、本当は大丈夫。
このホテルの地下にあるふかふかのゆりかごへ移動してもらい、
生まれなおしてもらうのです。

こんどこそ、自分のいいところ、ここぞというポイントが見つかりますようにと。

あなたもどうでしょうか?
迷路に迷い込んだ際には、ぜひ、落とし穴には気を付けて。