俳バト2021年9月大会 好き句鑑賞 その2
はじめまして。俳号「いかちゃん」と申します。前回の記事に引き続き、先日開催された俳句バトル(→@Haiku_Battle )2021年9月大会の作品のなかから、特に好き!と思うものについて、鑑賞文を書かせて頂きました。僕の鑑賞のクセで、多分に分析的な文章となってしまっていますが、ご容赦ください。また、季語の解説には多分に私見が含まれております。それでは、どうぞ!
秋草や指ひらききる斬られ役/ギル
【季語】秋草(あきくさ)。分類は三秋・植物。秋に生えている草全般。秋の七草(女郎花・芒・桔梗・撫子・藤袴・葛・萩)も含むが、それ以外の草も含み、花が咲いていないものも含む。とても大ざっぱな括りの言葉で、主役に立てるのが難しい季語のひとつ。
【鑑賞】撮影現場ですね。「斬られ役」を「指ひらききる」とまで細密に描写したのが素晴らしいです。これは観察でもあるし、「斬られ役」の演技の完成度も感じられますね。たぶん端役だと思うのですが、指先まで神経を遣う演技魂にあっぱれ。
そして一番上手いなあと思ったのは、季語を「秋草」としたところです。特定の花にしなかったことで、斬られ役としてそこに伏す人物に、余計な華が添えられていないんですね。あくまでも、端役。人を斬るような劇が、例えば「花野」とか「コスモス畑」とかで行われてしまうと、どうもちょっとそれは雰囲気違うでしょう。町中のセットの、その辺の道端に生えている名も知らぬ「秋草」。斬られ役の指先までクローズアップすることで、この地味な季語の姿がしっかり大写しになり、かつ、余計な主張をしてこない。絶妙なバランスです。
あ「き」「く」さやゆびひら「き」「き」る「き」られや「く」という韻律の工夫も、一句の隠し味です。
竜胆や漢方になき示性式/舘野まひろ
【季語】竜胆(りんどう)。分類は仲秋・植物。リンドウ科リンドウ属の多年生の草。季語としては、その美しい青紫色の花を指す。七草には入っていないが、秋の代表的な草花のひとつ。生薬のひとつ「竜胆(りゅうたん)」は、この植物の根から作られるもので、竜の胆かと思うほど強烈に苦いという。
【鑑賞】「示性式(しせいしき)」とは、化学式の一種で、その物質がどんな原子から成り立っていて、原子同士がどうくっついているかがある程度分かるように示す書き方のこと。例えば、酢酸をCH3COOHと書くなど(CH3という部分とCOOHという部分でできていますよ、という書き方)。
「竜胆」は、僕にとって、自然の花としての野趣を強く感じさせる植物のひとつです。あの美しい青紫色は、人工のものではない。そんな竜胆の根から作られる漢方は、まさに自然の薬。西洋医学とはまた違ったアプローチで、多分に経験則に基づく漢方の発展の歴史に、「示性式」は似つかわしくないですね。季語「竜胆」を立てる取り合わせとして、こんな手もあったか!と驚かされた一句でした。
やまぶしのしとにひかめく濃竜胆/藤 雪陽
【季語】濃竜胆(こりんどう)。分類は仲秋・植物。色の濃い竜胆のこと。実際の濃さに加えて、濃いと感じる心、濃さに圧倒される心といった内面を反映させられる。「竜胆」を下五に置きたいときに、ただ音数合わせで「濃」と付けるのは避けたい。
【鑑賞】「やまぶし(山伏)」とは、呪術的・宗教的・精神的な鍛錬を山岳で行う修験者のこと。「しと(尿)」は小便。「ひかめく」は、きらきらと光り輝くという意味。
これも「竜胆」の野趣を強く感じさせる作品でした。「やまぶし」は山奥に籠もり、人間を離れて自然と一体化しています。自然の一部だからこそ、自然に「しと」することに躊躇いがないのです。その「しと」の水と光を受けて「ひかめく」竜胆。これぞ野生の光景というもの。「濃」の一字は、「しと」の色や臭いとの好対照をなしており、音数合わせでない、必然性を確かに感じさせます。「濃竜胆」だけを漢字とする配慮も、見事に成功していますね。
そして今回、僕が最も心惹かれた作品は、こちらの一句。
なだらかに振りて良夜のフライパン/山田すずめ
【季語】良夜(りょうや)。分類は仲秋・天文。旧暦八月十五日の夜。いわゆる十五夜のこと。中秋の名月に別名がいくつかあるように、この日の夜を指す言葉もいくつかあるが、「良夜」はその中でも俳句では人気のある言い方。「良」の字に賛美の心がこもる。
【鑑賞】読み終えた瞬間に、心がきれいになったような気がしました。内容はごく日常的なものですが、こういう平凡な日々こそ、大切にしていきたいと思わせてくれます。
「なだらかに振りて」と、様態描写から入ります。その後に季語「良夜」。この時点で、光景は全く像を結びません。この展開は下五への期待がかかるので、少々難しいやり方なんですが、「フライパン」という着地は見事でした。たったアイテムひとつで、場所・人物・動作・目的すべてが見え、それらが一気に脳内で像を結ぶ様は実に鮮やか。「振り」「夜」という情報の小出し具合がちょうど良いですね。ドラマの引きのようです。
「良夜」は、お月さまの映像は直接見せず、「(名月が見られる、そんな)素敵な夜ですよ」と時間・空間を見せる季語。台所に「良夜」を感じとる心が素敵ですし、ひとつの発見です。お月さまのイメージと、「なだらかに」という描写から、料理の内容もある程度想像できますね。多分、じゃかじゃか炒める系じゃなくて、卵焼き・お好み焼き・パンケーキみたいなものを、ぽんと返すところじゃないかなあ。美味しそうで、幸せな夜です。句の途中に切れを入れず、下五を名詞で止めたその立ち姿も、まさに「なだらか」ですね。
以上になります。長文お読みいただきありがとうございました!
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