「負けたくない」

はじめに

以前、叡王戦のクラウンドファンディングでのやらかしから、対局を見届けることについて自分の思うことを書いた。

見届ける「覚悟」

今もそのおおよその過程については何も変わっていない。

本戦トーナメントの見届け人追加募集に3度も応募し、本当に「クソ」がつくほど忙しいにも関わらず、運営スタッフさんにも無理難題をお願いし、できるだけの対応していただけたことには感謝しかない。

まずは見届け人は一体何をしているのか、見届け人をされた方それぞれに違った体験があったはずだが、私は千駄ヶ谷、関西の両方を経験し、合計で4回もやったアホな人間ひとりの経験がどうだったのか、ということを改めて書いておく。

見届け人は何をしているのか

見届け人制度が導入されて最初のころは、

 1.) 振り駒をする

 2.) 対局開始までの雰囲気を感じながら、先後1手ずつ指したあたりで退室する

 3.) 終局後、感想戦を見る

というシーンしか放送に乗らないこともあって、厳しい意見もあった。

対局前は特に、放送時間だけでいえばせいぜい10分〜15分程度であるので、なおさらそういう意見も出やすかった、とは思う。

いろんな都合で振り駒が放送にのらない、ということもある。やった本人が満足したのだからそれで十分だし、対局がすべてなのであまり時間調整をするわけにもいかないので、そういうところも暖かく見守ってもらえれば。

千駄ヶ谷・関西で勝手の違いはあれど、概ね運営スタッフさんが終始気を遣ってくれるし、指す将、観る将、アマ有段者だろうが、ほんの数 m 先で棋士が全身全霊をかけて公式戦を戦っているところを、一般人は自分ただ一人、という雰囲気は、日常とはやはり違ったものがあり、対局をただじっと身守ることしかできないわけではあるが、いつもと違う何かを感じるのはたしかだ。

かたや、真剣勝負をしている横で、見届け人の夕食なんて見ても仕方ないわけだが、こういうのも楽しんでるんだ、となぜか視聴者にアピールしたり、連チャンだからと運営コメントを出させてもらったり、ニコニコらしい部分も体験できたのはとても楽しかった。

加えて、私の場合は何度も見届け人をすることになったので、もはや、運営スタッフさんとの挨拶は「チィーーース」ではないがそこそこになり、ニコニコ初めての記録係の方よりも振り駒の段取りがわかっているので、「あぁ、なんとかなりますよ」ってな感じにまでなっていた。良いのか悪いのか対局以外のところは段取りさえしっかりしていればいいのだ。

その結果、対局開始・終局後の入退室のタイミングだいたいは把握できているわけで、運営スタッフさんがいないことすらあるくらいになった。

裏側のすべてを話せるわけではないけれど、こういう話が少しでも伝わり、いろんな方が体験する気になってもらえたならいいな、という気持ちがある。意見は様々出るだろうし、厳しい批判を受けることもあるが、そういうのはおおよそ見なかったことにするだけだ。

ただ、最後の最後に、こんな呑気な自分の心を大きく揺さぶる出来事に遭遇することになるとは夢にも思わなかったのだが。

お別れは突然に

自己紹介でも読み上げてもらったのだが、見届け人として参加するのは 11/20 でいったん終わりだと思っている。これは年末・年始・年度末、という時期はやはり時間の都合がつけづらい、という問題がある。また、そもそも運営スタッフさんも私も(おそらく見届け人をされたすべての人が)できるだけたくさんの方に見届け人をしてもらいたいという気持ちがあり、追加募集分も運営の方には本当に無理をいってギリギリまで待たせることになってしまったので、それを何度もするのはやはり心苦しくなるものだからだ。ネタで「札束でビンタしています」みたいなことをかましても、時間の調整などは運営スタッフさんにしていただくしかないので、笑えないネタにしかなりはしないのだが。

何度も言う。決して安くない金額だが、貴重な体験をできる機会なので、迷っている方はぜひとも応募してみるとよい。4度もやった私はそう思う。

お色直し、ならぬ、ネタ

4回すべてで対局前後で何かが違う、ということをやっていたのだが、それらすべてを正確に当てられた人はいるだろうか。分かりやすいものから、「テレビちゃんを探せ」超える難易度のものまで、いろいろさせてもらった。中には運営スタッフさんにも告げずにやったものもある。コメントで「今回はどこが違うんだ?」というのもありがたい。どこをどう変えた、かは今一度タイムシフトを見ていただけばと思う。一番画面で判別の難しかったネクタイピンは大写しで紹介してもらったし、それ以外はちゃんと画面で分かる。

一度はちゃんと「ひょうがら」を身につけてもいる。おわかりいただけただろうか。

11/20 飯島栄治七段 vs 佐藤和俊七段

この対局ほど自分の気の緩み、甘さ、呑気さ、これまでのすべてを全力で否定されたものはなかった。

対局は序盤からジリジリしたものであって、なかなか両者ともに優勢を広げる局面にはならず、時間が過ぎていった対局はなかった。

それは対局者も解説・聞き手の先生方も、ほぼ観る将の私でさえ分かるほどに、終盤というものはいったい来るのかどうかさえ分からなかった。

持ち時間はどんどん減っていく中、指し手はゆっくり進む。

よくわからない局面がずっと続く。

両者1分将棋になっても、まだ、局面は難解なまま。いい手はあったかもしれないが、あの時間、あの1分でそれを見出すにはやはりプロといえども厳しい。

疲労も溜まる一方だ。難しい局面なのだからなおさらだろう。

だがしかし、自分の手番のときは1手指さなければならない。

いい手がわからないからといって、パスはできない。

悪くしない手を指さなければならない。

「悪くしない手ってなんだよ。」

そういう中でお互いがただひたすらに勝負に向き合っている。

秒読みは静かに続いていく。

終局

どんな将棋も終わりがくる。

プロだろうが、アマだろうが、終わりがくる。

長い一日の終わりを告げるその一言。

「負けました」

22:54 佐藤七段、投了。

22:55 見届け人、入室。

このときは、まだ大変だった対局を終えて精神的にも体力的にもぐったりしている対局者を想像しながら、対局室に一歩踏み入れ、決められた位置にある見届け人用の座布団を確認しながら、所定の位置に座る。

次に目をあげたその瞬間、視線の先にいた佐藤七段を見たとき、私はゾッとした。

疲れもあったとは思うが、私がそこに見たのは、もっと違う何かだった。

「負けたくなかった」

その一念から無意識だろうとは思うが、口元が震えていたのだ。

「重苦しい」というコメントがあったし、言葉にするとそうなのだが、それだけでは表現できない何かがそこにはあったように思う。

たしかに、震えていた。言葉が出ないのも当然だろう。いろんな思いがあったに違いない。

飯島七段もすぐに何かをどうこうできないほどぐったりしていた。

お茶を注ぐ手が震えていて、両手で注ぐしかないくらいだったのだ。

その飯島七段に感じたのが、

「負けなかった」

だった。「勝った」ではなく。

その時間はほんの1分かそこらだったと思う。

お互い疲れた表情ではあるが、その執念ともなんともいえない気持ちが発露された時間は、ほんの少しだけだった。

将棋だけでないが、勝負事は「勝ちたい」という思いで始めるものだとは思うが、この一局の最後の最後に両対局者に感じた「負けたくない」という気持ちには、畏敬の念を抱かざるをえなかったし、恐怖さえ感じた。

これまでの対局でも同じような気持ちがなかったわけではないが、このほんのわずかの時間見た、あの両対局者の姿から、真剣に物事に向かい、「負けたくない」の思いに対して、無情にも「負けました」という一言を告げなければならないのは、いかに残酷なものなのか、ということを思い知った。

現実にはわずか1分2分だろう。だが、とてつもなく長い時間のように感じられる。そういう瞬間だったのだ。

それを目の当たりにした瞬間、その場にいるのがとても恐ろしくなったのだ。

数分ののちには、しっかり感想戦が始まるわけだが、このほんのわずかな時間を私は一生忘れることはないだろう。

感想戦

棋譜というものにも不慣れな私が、そこそこ予習して、局面を追えるように、発した言葉すべてを聞き漏らさぬように、と考えていたが、もうそういう状況ではなくなっていた。

手が広い局面も多く、どちらがどうともいえない局面について、いろんな指し手が検討されるがもはや「本譜」という言葉を頼りに脳内盤をそこに戻すのに必死になっているだけだった。

解説をされていた八代七段も加わり、さらに検討がなされる。

記録係の方はいったん休憩で席を外していたので、棋士3人の中にボンクラの一般人がひとりぽつねんと座っていることになった。

一時間ほどしたころだろうか。

これまでの3度の機会で一度も感じたことがなかった違和感が襲う。

お手洗いも兼ねて席を外して見た自分の時計をしていた左手は真っ赤になっていた。

この時計を買ってからもずいぶん経つが、こんなことは初めてだった。緊張なのかなんのか。その手首は赤くなっていた。

落ち着いたところで対局室に戻るが、どうにも違和感が抜けない自分は、とうとう時計を外してしまった。

こんなことは後にも先にもこのときだけだ。

今日という日が終わる

長い感想戦もいつかは終わる。

駒の片付けが終わり、両対局者からは「遅くまで」という声をかけていただいたが、時間感覚を完全に失いこの壮絶な時間を体験した自分には、「おつかれさまでした」という言葉しか口にできなかった。

対局室を後にしたところで、疲れに疲れているだろう両対局者と少し話をする機会を得た。

そこで見た棋士佐藤和俊七段は、その前の週に解説でみた、あの穏やかで優しい語り口そのものだった。そのときの話もしながら談笑さえするその姿に、あぁ、自分なんてまだまだだな、という気持ちを強くした。

飯島七段には勝利者インタビューがあり、その模様はタイムシフトで確認してもらうのがよいだろう。私の質問はできるだけその日の将棋とは関係のない話題を選ぶようにしているのだが、果たして観ていたユーザーのみなさんにはどうだっただろうか。

すべてが終わった果てに

今日一日の日程がすべて終わって私が時計をみたとき、その時刻は 0:50 をさしていた。

何もかもが過酷な一日が終わった。

飯島七段ともいろいろなお話をさせていただいた後、そろそろ時間も時間なので、帰り支度をしようと控室に戻ろうとしたその時。

「これからどうされるんですか?」

と一言。

近くにホテルをとっているので歩いて帰る旨を伝えると、

「どうせこのまま帰っても眠れないので、遅い時間ですが食事でもどうですか?」

と誘っていただいた。

喜んでお供させていただいたわけだが、その内容は見届け人の特権ということで秘密にさせていただきたい。

棋士がいかに将棋が好きなのかをこれでもかというくらい分かった、とだけ一言。

また、いつもの、日常へ

もう始発も動き始めた時間に礼を言ってホテルに向かう。

チェックアウトの時間まではまだ少しあるものの、完全に目が冴えてしまっていて、仮眠をとろうという気にすらなれない。

無意識で感じたあの一連の出来事はこういうことにもつながるのだろうか、という思いが頭をよぎる中、シャワーを浴び、部屋の片付けをして、元の日常へ帰っていく。

これまでの、あの日、あの瞬間、あの刹那は貴重な体験だった。

アレから、将棋ウォーズを入れて、また指す将にもなろうとしている自分に、なんて影響されやすいやつだ、と思いつつも、にわかで結構、と割り切って、仕事に向かった。

昼からの仕事は睡魔との戦いだったのはいうまでもない。

それでは、ニコニコ将棋をご覧のみなさん。

いつか、また、どこかで。