
「FRB、2%超のインフレ容認。」 ー 各国を怯えさせる「日本化」の恐怖。
8.26稿.「はっきりしてきた「実質金利」上昇。」の中で:
"アメリカの潜在成長率が+2~3%程度と言われているから、米国債の「実質金利」がこれを超えていかなければ「インフレ」と騒ぐ程ではない"
と書いたばかりなのだが、その翌日にパウエルFRB議長から "2%超のインフレ容認" 発言が飛び出した。もちろん「損切丸」に何か事前情報が有ったわけではなく全くの偶然なのだが、現役中もこういう予言めいた出来事は度々起こった。まあ20数年間、中央銀行の事ばかり考えてきたので "あ・うん" のようなものがあるのかもしれない。
やはり「日本化」(Japanization などと揶揄されている)=デフレ危機が余程怖いのだろう。現代では金融政策の目標である「物価安定」はインフレ阻止よりデフレ阻止に重点が置かれている。それほど日本で起きた事の衝撃は世界を震撼させているのである。
この発言を受けて市場は動きを見せた。まず米国債市場であるが、期間の長い債券程金利が上昇する「スティープニング」が起きている。10年債金利は@0.77%まで上昇し、4月以降止まっていたドル金利市場が動き出した。
そして「お墨付き」を得た株式市場も買いで反応。何しろ今ばらまかれている巨額のドルが放置されるわけだから、一時的に相場が下がってもすぐ戻ると考えるトレーダーが増えるのは当然だ。FRBの物価見通しでは2022年10~12月期@1.7%なので、向こう2年は金融引締は行われないことになる。
ここで考えなければならない大きな問題が2つ:
①「日本化」を防いで、本当に物価@+2%~を達成できるのか。
②インフレ目標達成後、本当に物価をコントロールできるのか。
まずは①に重点が置かれているのは確か。未曾有の「コロナ危機」でGDPが二桁のマイナス、雇用100万人単位で失われる中、当然と言えば当然だ。11月に大統領選も控え、政治的圧力も相当なものだろう。
そんな中金利市場が見始めているのが②の方である。国債市場では5年、10年、20年などを扱うため、より長期的見通しに立つ。米国債のイールドカーブが「スティープニング」しているということは、FRBの金融引締が遅れてインフレが起こるリスクを見ていることになる。
「損切丸」で書いているような「実質金利」の議論は当然FRBの中で詳細なデータを元に専門的な議論が進んでいるはず。米国では物価が上昇すると元金が増えるタイプの「物価連動債」(通称 TIPS、通常の債券は物価・金利が上昇すると下落して損失がでるが、TIPSは逆)が発達しているので、市場からのメッセージをより直接的に受ける事が出来る。
「日本化」の話がでたが、平成30年余り、日本があれ程長期間に渡ってデフレに苦しむと予測できた人はいるだろうか?おそらく金利トレーダーやエコノミスト等専門家でも事前にそこまで想定できた人はいなかったはずだ。
「損切丸」自身は臆病な性格が幸いしてろくに投資もせず、現金を多めに抱えていて実は少しいい思いもした。最近読み始めた方の中には「損切丸」を「インフレ信者」と思われる方がいるかもしれないが、逆に現役中はずっと「株・ベア派(弱気)」だった。事実エピソードとして母に株式投資を止めさせ、現金保有を勧めたことがある。 ↓
デフレ下なら「現・預金」は最高の投資ツールである。ものの値段が勝手に下がっていくのだから、こんな楽でおいしい投資はない。しかし、” デフレ被害" をまともに食らったのが、それまでの常識だった「インフレ投資」を信奉していた人達。もっとも身近な例が「住宅ローンを借りて家を買う」スキーム、企業で言えばダイエーや西武のように借金しまくって不動産を買い漁ったところ。この「インフレ投資」が完全に裏目に出た。
何を言いたいかというと時々の「常識」に囚われるのは危険ということ。30~50年単位で訪れる「大きな波」を掴むかどうかで天と地ほど差がでる。この30年間、幸運にも「デフレ」の恩恵を受けてきた筆者としては、次の「大波」を逃して、せっかく得たものをマイナスに転落させたくはない。そういう意識が「インフレ警報」を鳴らすのかもしれない。
「デフレ」になってから日銀は「ゼロ金利」「量的緩和」「異次元緩和」「マイナス金利」と矢継ぎ早に手を打ったが元へ戻せなかった。「逆もまた真なり」で、FRBも市場も「インフレ」になったら利上げすればいい、と安易に考えているかもしれないが果たしてそんなに簡単にいくか?「デフレ」前の50年間は「インフレの時代」で物価押さえ込みに相当苦労した。トレンドというのは一旦変わってしまうとなかなか元には戻らないものである。
筆者は5年程前から既に(狭義の)「インフレ」が始まっていると感じているがどうだろう。値段を変えずに量を減らす「ステルス値上げ」も随分進行しているし、実質賃金が下がって明らかに生活が苦しくなっている。これで財源の目処もなく法定通貨がばらまかれたら....。今ある「現・預金」の価値が半分になると想定すると、ちょっと空恐ろしい。
ドルは主要通貨なのでその金利市場の影響は世界中に波及する。実際米債売りに引きずられて他国の国債も売られて金利が上昇するのは半ば常識。「お金」が金利の高い方へ動くのはやむを得ない現象だ。
最初の反応として株やドルが買われるのは自然だ。ただしこれも程度の問題で、金利がどこかのレベルに達すると今度は株式市場等から金利市場へ「お金」が動き出し、売り要因にも転嫁しかねない。これはFXもしかり。アメリカが本格的にインフレになればかつての「トリプル安」= "株安・ドル安・債券安" の再現もあるかも。
今後も市場の変化には注意が必要なのはいうまでもないが、そこがマーケットの大変な所でもあり、面白い所でもある。市場は常に変化するので「100%完全な答え」は存在しない。「コロナ後」、激動の時代を迎えそうだが、この「不果実性」を「ストレス」としてだけでなく、前向きに「楽しむ」ぐらいの心構えが必要。それが「生きる術」にも繋がってくるだろう。