異次元緩和

「異次元緩和」の功罪 ー 買占め効果と金余りが生み出す「取引の超短期化」

 予想外のイラン空爆とトレーダー達のスタートダッシュが相まって、暴走状態で始まった2020年のマーケット。ようやく一息ついたようにも見えるが、果たしてこれで収まるのか大変疑わしい。今回はこの高い変動率(ボラティリティー)の要因を「異次元緩和」の技術的側面、特に「買占め効果」に焦点をあてて分析してみようと思う。

 1.債券、金利市場

 まずは「異次元緩和」の直接ターゲットである債券、金利市場。実はここが「取引の超短期化」の震源地である。本来投資のコアには長期で保有する債券がかなりの割合で鎮座するもの。年金や生命保険がその代表であろう。ところがメインの国債市場が超低金利、あるいはマイナス金利に落ち込んでしまい、ベースになる収入を計算できなくなった。そうすると本来長期に投資されるべきお金が、より短期で売買される他の市場にも出て行く

 必然的に投資家は今までの金利などの固定収入(Fixed Income)から売買益に移行せざるを得なくなった。債券でも今までのように買ってじっくり持つのではなく、例えば@-0.03%の国債を買ってその後@-0.06%に値上がり(債券は金利低下=値上がり)した時に素早く利食いをして売買益を得る、という手法に変わる。つまり本来長期保有型の債券が短期型のコモディティ(商品相場)化してしまった訳だ。

 実は今の債券市場で短期売買は結構難しい。@-0.03%の国債を買う、ということは0.03%の金利を払うことである。買ってすぐに値上がりすれば良いが、うまくいかずに1か月、2か月と時間が経過すればマイナス金利のコストもかさむし、価格が下落すれば金利コストと売買損のダブルパンチだ。

 少し賢い人は「それじゃ債券を*ショート(空売り)すれば金利が貰えるのでは?」と考えるかもしれない。これがそうはいかない。空売りするためには債券の現物をレポ市場から借りてくる必要があるが、この賃借料が高くなってしまっているからだ。原因は日銀による買占め47%もの国債を買占められては、市場に出回る国債は激減し借りるのが困難になっている。

 国債や株を「買い」からしか入れない一般の方々にはわかりにくそうなので一応説明するが、プロは「売り」から入ることができる。まずは①「レポ市場」から手数料を払って(貸した側の投資家は受取り)国債や株を借りて来る、②それらの現物を市場で売却する、③このポジションは「売り」と認識され価格が下がれば儲かる仕組み。株などが割高と判断されるときに取られる手法だ。

 結論から言うと、買いも売りも短期で勝負せざるを得なくなる。この状況で高い収益を出せるのは天才的な勘を持ったトレーダーだけだ(苦笑)。

 2.株式市場

 最もイライラしているのが株のトレーダーではないだろうか。彼らの取引経験に基づけば、数年前から日本市場には「割高株」が溢れかえっており、ショートしたくてうずうずしているはず。しかし現実は日経平均が24,000円近辺まで上昇している。なぜか?

 ここでも政府の影がちらつく。**2019.12.27稿. 日経平均が54,000円に? で触れたが、概算で浮動株の16%が日銀+GPIFに買占められている。ここでも債券市場同様、現物株をレポ市場で借りてくる賃借料はかなり高くなっているはずで、本来「理論値」を元に「売り」で勝負したいトレーダーは長期にポジションを保有しにくい。実際コストがかさむ内に結局相場が上がってしまい、損切りで買い戻しを余儀なくされる展開が続いている。ショートはあくまで短期勝負に徹するしかないのが現状だ。

 **「損切丸」独自の推計だが、10兆円の買い占めで日経平均で約+2,000円価格を押し上げる効果があると見ている。変な言い方だが優秀な株式トレーダーほどここ数年取引、収益に苦しんだのではないか。「理論値」を把握しているが故に、「バカ」になって買うのはためらわれるからだ。

 3.為替市場(ドル円市場)

 今や空前の「日本観光ブーム」。中国やアジアに限らず遠くヨーロッパやアメリカ大陸など世界中から観光客が押し寄せている。なぜか?もちろんラグビーワールドカップやオリンピックなどによる喧伝効果もあるが、シンプルに***色々なものの値段が日本で安いからである。

 端的に言えば(相対的に)ドル円が高すぎる(円が安すぎる)のだ。

 ***不動産などで比較してもその差は歴然としている。ここ20年で上昇した海外の不動産価格と比べて、その間ほとんど変わらなかった日本、特に東京など都市部には割安感がある。様々な非居住者に対する規制がなければ海外からもっと資本が入ってきただろう。賃貸で比べても、同じような条件の部屋を借りるとき、ニューヨークやロンドン、或いは香港やシンガポールと比べても東京が半分以下、なんてことが今はザラにある。

 本来は為替市場では円高が進んで内外価格差が調整されるはず。おそらく割安感解消にはドル円が@90円ぐらいになればいいのだろうが、ここでも日銀の影が。「異次元緩和」によりマーケットには「不要な円」が溢れかえっており円高を阻止している。特にドル円では「需要の高いドル」の影響が加わり、ドル円ショート(円高方向)のための(ドル借/円貸)コストが非常に高い。長期保有は不利なのでやはり売りは短期勝負が基本になる。

 本来商品市場で主流の短期型CTA(Commodity Trading Advisory)ファンドが実績を上げており、AIファンドの増加やHFT(High Frequency Trades、高頻度取引)も取引の短期化傾向に拍車を掛けている。残念だが「理論値」ばかりにこだわって「買い場」を探していると儲けることができない。

 実際にFXや株でポジションを持っている方々には実感があるだろうが、この「超短期化マーケット」に今回のように戦争リスクが加わると市場は暴走したりするが、戻りも早い。こんな状況下、割高と判っている日経平均やドル円を買うのは結構根性がいる。いわゆる「高所恐怖症」だ。いっそバカになって買えればいいが、理解している人ほど恐怖感+疲労感は半端ない

 それでは今の「異常な状態」はいつ終わるのか。2つパターンがある:

 A. 金融引締(出口政策)や市場の資金供給力の限界から来る金利上昇。

 B.  真性インフレによる物価上昇で資産価格の割高感が解消。

 銀行が主役だったブラックマンデーリーマンショックはいずれもA. のパターンで資産価格の下落を伴った。しかし今回は国家主導でインフレ政策に乗り出している事を考慮すると、B.になる可能性が高い。いわゆる「インフレ税」で、物価上昇による影響が国民生活に広く及ぶことになる。

 A.、B.ともに共通しているのは激しい金利上昇を伴うこと

 それがいつ、何がきっかけで起きるのか。おそらく最も正しいメッセージを発するのは金利市場になるだろう。そういう意味では米国債や日本国債(JGB)からは目が離せない。

 しかし、金利上昇がはっきりするまでは割高と判っていても株やドル円はロング(買い持ち)を基本とするしかないだろう。今の政府・日銀が自ら「異次元緩和」からEXITする(=Aパターン)とは考えにくいからだ。時に暴走する「超短期化マーケット」の中、しんどいかもしれないが当面はそれ以外に収益を上げていく方法はないのかもしれない。

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