珈琲と煙草、4つの掌編③
煙草は百害あって一利なし、と、別れた彼氏はよく言ってた。
コーヒーもよくない、とも言ってた。
カフェインの摂りすぎは心身の不調のもとになるとか、体内の鉄分が不足するとか、なんかそういうことをくどくどと言ってたような気がする。もとより真面目に聞く気なんてなかったから、いちいち憶えてなんかいない。
その元彼が結婚するという話を、ひさびさに学生のときの友達3人と会ったときに聞いた。元彼も、学部は違ったけど、同じ大学だったから。
結婚する相手は、職場の後輩らしかった。
その日集まった友達のひとり、ケイタが言うには「すっげえ可愛い子だった。写真見せてもらったんだけど、清楚っつうかさ。いかにもお嬢様って感じの子」なんだそうだ。
他の友達は「いまそういう話、いらなくないか?」「あんたさー、デリカシーないよ」なんて、私を気遣いつつもはっきり言ってくれたけど、私は全然気にしてませんよ、というふうに「へー、よかったんじゃん」とか「もう過去の話だしさあ」と、笑ってみんなに言った。いつもの私らしくない感じにならないように。
だけど。
駅前で解散して、電車を乗り継いでアパートの部屋に帰り着いた途端、ひどい疲労と、脱力感と、悔しさに襲われて、自分でも驚いた。
ケイタのせいじゃない。
私は未練があったのだ。元彼に。
別れて3年以上経つというのに。
とりあえず、コーヒーを淹れた。
いつものようにラッキーストライクを吸い、熱いコーヒーを飲んでいるうちに、なんだかじわじわと怒りに似た暴力的な感情がこみあげてくるのを感じた。
私は立ち上がると、引き出しをあけて、それだけは残してあった彼との写真と、彼が就職したときに得意げに渡してきた有名企業の名刺を取り出した。
私はそれらを、ハサミでめちゃくちゃに切り刻んだ。
そして、切り刻んだ紙クズを灰皿にぶちまけ、吸いさしのラッキーストライクの火をそこに近づけた。
灰皿の中身は、面白いように燃えた。
煙草は百害あって一利なし。そんなことをあんたは言ったけど、こんな活用法があったんだよ。
心のなかで、そんなことをつぶやいた。
紙クズが燃え尽きたあと、ふたたび口にしたコーヒーは、なんだか苦かった。
感傷じゃない。
感傷のせいなんかじゃない。
重たい気分はまだ残っていたけど、私は泣かなかった。泣かずに、苦いコーヒーと、ラッキーストライクを味わった。