まったく出版社のルートに乗らない「自費出版」のブックライティングを体験した
ブックライターとしての仕事はいくつか経験がある。ほとんどの場合は著者さんと出版社の編集者さんがいて、両者の「書きたいコンテンツ」と「売りたいコンテンツ」の着地点を探りながら「文章」にするのがライターの作業になる。
自著の場合は、自分と編集者さんの擦り合わせ地点を自分で探す。どちらにも共通するのは出版社を介して製本したり市場に出したりする点だ。
でも、今年の春〜秋にかけて携わったブックライティングはこの法則に当てはまらなかった。出版社を通さない、ある意味本当の「自費出版」の仕事をさせていただいた。
「お父さんが息子にだけ贈る本」を作る
本の立て付けとしてはこうだ。
・父親が現在10歳前後の息子たちに伝えたい内容を本にする
・書店に並べたい、ブランディングしたい、という目的はない
・製本は自分の知り合いの印刷会社に頼む予定
・ページ数はコンテンツ次第、100ページでも300ページでも可
最終的に私へ依頼された作業は以下だった。
・伝えたい内容を整理し、本の設計図としての目次を作成する
・その目次に沿った内容が書けるようにインタビューを行う
・インタビューから本文を執筆する
・10歳前後の子どもに伝わる言葉でコンテンツを組み立てる
正直、個人の方からの依頼だったので最初は心配のほうが先立った。ちょうどブックライティングの問い合わせが重なった時期だったので、自分のサイト内ブログではこんな記事をアップした。
今回のお客様を仮にAさんとする。Aさんにもこの記事をご案内して、あまり個人の方の案件は引き受けていない旨をお伝えした。それでも「一度、自分が持っているコンテンツを整理したい」ということで、記事後半にも書いている個別コンサルティング+目次立てを受けていただいた。
そのときに上述したようなAさんの希望と書きたいコンテンツについて詳しくお聞きし、個人案件だけれど、そして出版社も何も通さないマンツーマンの作業だけれどブックライティングを引き受けることを決めたのだった。
個人だけれどブックライティングを引き受けた理由
これまでも個人の方から「本を書きたい、本にしたい」というお問い合わせは受けたことがある。ただし(私に限って言えば)形になったことはない。
先ほど紹介した記事にも書いているけれど、ライターが1冊分を書き通せる条件まで届いていないことが多いからだ。
・書きたいコンテンツの量が1冊分に届かない
・ブランディング重視で、内容が本人の中でまだ定まっていない
・提示した料金だと予算オーバーになる
出版社経由でのブックライティングは大体この条件はクリアしている。もし著者さんの中で弱い部分があっても、この本を出版すると決めた編集者さんがカバーしてゴールまで行ける。
個人で条件が揃わないまま見切り発車で作業を始めると、絶対に(これは絶対と言っていい)途中で頓挫する。個人事業でフリーランスの仕事をしている身としては、なまじ大きな案件なだけにリスクが高い。
逆に言うと、Aさんは全てがOKだった。
コンテンツを整理して目次を立てるときは「それは何か、それはなぜか」をかなり突き詰めて聞かなければいけない。サラッと「それっぽいこと」を並べても意味がないからだ。その人だけが持つ伝えるべき情報の核は何かを確認し、その上でどんな見出しで表現するかを考える。
Aさんが持っていたコンテンツは膨大で、ファクトと自身の考え、息子さんたちに伝えたいことが明確だった。1冊にするなら何を削るか悩む量だった。
息子さんに伝えたいというコンセプトもブレなかった。だからこそ難しい事象は彼らに分かる言葉に直す必要があるし、大人なら1行で済む説明でも5行使うかもしれない。でもそれを考える価値がある。
そして、ありがたいことに予算面でもOKが出た。
通常のブックライティング料金だけでなく、本来なら編集さんが担うであろう目次立てや構成を考えるための打ち合わせ、組み立て作業、音声起こし実費などを足していくと100万円とは行かないまでも数十万円にはなる。Aさんはその予算でも「大丈夫」とのことだった。
作業を始める前に今後のロードマップ、作業予定をお送りして確認する。春から始めて順調にいっても1冊分のコンテンツになるのは秋。複数回のオンライン取材と、原稿を推敲してもらう期間もある。そこもOKをいただく。
もう断る理由がない。むしろやってみたいと思った。
今回の案件で書き手として楽しかったこと
目次ができて作業内容とペースが決まり、オンライン取材の日程が確定すると、あとはもうプロセスを進めていくだけだ。
1回1章分のテーマについて資料を含めて語っていただき、本文を書くために必要な情報を質問する。取材は複数回繰り返して情報を積み重ねていく。
今回作業を始めて「これは面白いな」と思った点がいくつかある。
■ ページ数を気にしなくていい
通常、出版社が制作する本は大まかなボリュームが決まっている。書き進めるうちに多少の変更は出るものの、ライターとしてはそのボリュームを頭の片隅に入れて内容の密度を考える。
でも今回は「長くなったら長くなったでOK、もし短いほうが伝わるのであれば短くてOK」という依頼だった。つまり「このコンテンツが読者(息子さん)に伝えるための最適な形」をライターがコントロールする。
これは大変というより楽しい作業だった。そのコンテンツにとってのベストだけに集中すればいい。疑問があればAさんに確認して、Aさんと自分が納得するところへ落とし込めばいい。とてもシンプルだ。
■ 超限定された読者に向けて書く
この本の読者は息子さんたちだけ。年齢や読解レベルをお父さんから聞いて、言葉の照準を彼らに合わせていく。
オンライン取材で難しい概念が出てきたときは「こんな言い回しにしたら分かりそうですか」と確認する。「そこまで砕かなくてもいい」という判断であれば一段難しい表現を選んでいく。
何気なく使っている言葉も「彼らの年齢で分かるだろうか」と考えるのはとても良い経験になった。分かった気になっている言葉ほど危ない。しばらくの間、日本語についてそんな本質的な集中ができたのはこの案件のおかげだった。
お父さんのパッションをどんな言葉に乗せるかも、私にとっては大きなチャレンジだった。オンライン取材や資料で感じた「熱さ」は、どうすれば息子さんたちに精密に届くだろう。話が飛んでいる部分は補いつつ、でも勢いは削ぎたくない。原稿にOKをいただけたときは心の底からホッとした。
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1冊分の作業をするにあたって、聞く量も書く量も膨大だけれどあまり苦にならなかった。たぶん関わる人数が少ないので心配の種も少なかったのだと思う。コンテンツ量や予算の心配は仕事を受ける前に解消している。作業が決まってからずっと楽しんで書かせていただいた。
製本はこれからなので最終形態はまだ分からない。紙選びやフォント選びによっても本の表情は変わる。Aさんが頼もうとしている印刷会社はしっかりしているところなので、きっと良い1冊になると思う。
そして「お父さんが心を込めて作った本」が息子さんに渡る瞬間を想像するとワクワクする。なかなかない贈り物だものなあ。
「ブックライター」という仕事の裾野
今回の案件は、Aさんがサイトのフォームから問い合わせてくれたのが始まりだった。そもそもなぜ私にお問い合わせが来たのか。
Aさん曰く、最初は出版社経由での自費出版を検討したとのこと。でも自分は書籍によってビジネス拡大やブランディングをする意図はない。間に人が入って販売が目的になると、自分が書きたいことは書けないかもしれない。
自身でもブログで書き溜めようと試みたこともあるという。でも考えをまとめるのには時間がかかり、文章も苦手だったのでうまくいかない。自分の仕事もある。そこでライターの手を借りて書籍として子どもたちに残そうと考えたという。
そんな仕事を引き受けてくれる人がいるのかどうかも分からない。いろいろ検索しているうちに私のホームページが見つかり、他のライターと比較した上で「こちらに頼もう」と連絡いただいたとのことだった。本当にありがとうございます。
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私にとっても「ブックライターという仕事」を見直す機会になった。これまで、ブログ記事で書いたように出版社経由でしかブックライティングは成立しないのではないかと思っていた。でもAさんがそれを実現させてくださった。個人案件でもお客様と条件が合えば成り立つのだと分かった。
1冊を仕上げるには責任が伴うので、そのための前提条件を緩めることはできない。でもそのラインをクリアする個人の方もいる。実体験として分かったのはとても大きなことだった。
他のブックライターの方々にも同じくらい裾野が広がっている。「もう知ってたよ!」と言われるかもしれないけれど、知らない人もいるかもしれない。今回声を大にして言いたい。
ブックライティングの仕事、いろんな可能性があります。