書評 岡本太郎『沖縄文化論』
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東京から初めて沖縄に降り立った岡本太郎(1911-1996)は、王朝文化、戦争、占領、基地など、さまざまな沖縄の生々しい現実を目のあたりにした。何か芸術家としてのインスピレーションを与えてくれるはずだった沖縄で岡本が達した結論は、文化、文明として大成されたものは沖縄にはなかった、ということである。岡本にとって沖縄を感じさせるものは、首里城や琉球王に関する焼き物など文化財のようなモノではない。実在感がないものに感激したのだ。
岡本がいかに自分のものさしというものをしっかり持っていたかがよく分かる。岡本が優れていると思うもの、美しいと思うものについての持論は、常人には思いもしない方向から展開されていく。沖縄に残る土着の信仰、素朴なシャーマニズムのつぶさな観察から、我々本土の文化や、意識にもかすかに残っている昔ながらの自然の見方、考え方、信仰を再発見していく。こうした原初信仰のようなものが、本土では、あとから入ってきた宗教や氏族権力にまみれて、大げさで俗っぽくなっていった。この過程を、沖縄で発見した非常に素朴な自然信仰との対比から想像してみせ、ピュアな力強さ、信仰、表現、美とはどんなものかということを考えている。岡本の芸術のテーマそのものでもあるようなのだ。
今日、文化や芸術は西欧近代思想の体系によって意識されている。美しいものではあっても、そう表現してはならないところに沖縄文化の本質がある。生活そのものとして、その流れる場の瞬間瞬間にしかないもの、美的価値だとか凝視される対象になったとたん、その実体を消失してしまうような生命の感動がある。岡本が沖縄から受けたショックは縄文同様、ある種の原点回帰であって、沖縄を知ることで日本を知り、そして自分が何者かであるかを知ることで一貫している。ありがちな、沖縄に何かをしてあげるという視点ではなく、沖縄を通して日本を、自分を問う試みである。答えを真っ正面から求めれば求めるほど、つかむもの、形がないのが沖縄だったのだ。岡本が全身で受けた底知れない感覚は、沖縄最高の聖地があるといわれる久高島で、何もないこと、物を持たないことの素晴らしさであった、ということである。
日本の古代も神の場所は、清潔に、なんにもなかったのではないか、という岡本のこの直感はおそらく当たっている。日本の神社の多くが、縄文以来の先住の民による原始神道として、沖縄と同じく山や、巨木、巨石などをひもろぎとしたりする、もともとは邁拝所であったと思われる。聖地を突き詰めると、つまるところ何もない。神との対話に邪魔になるだけだとして、何もない状態こそが人と神を一直線で結びつけるのである。
そして、沖縄はあくまでも沖縄であるべきであり、沖縄の独自性を貫く覚悟をすべきである。決して、いわゆる「本土なみ」などになってはならない。沖縄にこそ日本文化の純粋で強烈な原点がある。岡本は「本土が沖縄に復帰するのだ」と1972年の本土復帰当時の沖縄が抱える問題を射抜き、これらの課題を解決するのは沖縄自身なのだと解いた。