社会の谷底から見える真の支援のカタチ
先日はいつもお世話になっている箕面市北芝地区へ。
大学院の博論構想では、海外、日本の社会的包摂のコミュニティ研究の先行研究と並行して、日本各地とりわけ大阪において新自由主義化でもサバイブしかつ発展を遂げまちづくりを行っている各地にインタビュー調査に入らせていただく。
先週、その一環として北芝に向かう道すがら問いかけられた言葉があった。
「マイノリティの地、その地で長い年月をかけて培われてきた“実践知”。そんな社会の谷底からみえる支援のすべ(ノウハウ)や形(仕組み)は、一般的なきれいなソーシャルセクターや本来的に地域福祉を扱う多くの社会福祉協議会などの支援からは見えない景色をきっと見せてくれる。それを底に流れるものが同じ共同体で育ってきたあなただからこそ描けるものをまとめ発信していく。その知を掘り起こし、発信していくことで全国の課題解決の一助としていくための旅(研究)、“全体の一助”となるための道のはじまりです。」
先週は北芝にて、ベテラン世代の埋橋伸夫さん、井上勉さんにインタビュー、2人×2時間ずつたっぷりと話を聞かせていただいた。今日、同じく丸岡康一さんにもお話を聴かせていただいた。そこで語ってくださったことといただいた資料にあった言葉がまさにその問いかけに重なるものを教えてくれた。
「人と人の関係の中で雪が溶けるかのごとく差別をなくしていく。一番苦しいことを知っているからこそひとり一人に照準を合わせた活動、周辺地域や市民活動との協働。」(出典:パンフレット「温故知新」「出会い・繋がり・元気になろう北芝!」)
これは、浅香地区の山本さんの言葉「明るいところから暗いところは見えへんやろ?暗いところから明るいところは見えるねん。自分たちの目線で問題が見えた時に目をそらしたらあかん。自分たちの目線で解決せなあかん。」とも重なる。
北芝に行き、代表の方々はもちろん、いつもあたたかく声をかけてくれるCちゃんや「富田の岡本ですー」とご年配のMやんに声をかけると、「こうちゃんかあ」と迎えてくださったり…
「こうちゃん」という立ち位置だからこそ(底に流れるものが同じ共同体で育ったからこそ)書けるものを大切にしたいなと、そして、育ててもらったものを全体に還したいなとあらためて感じた。
自身の博論の研究は部落問題研究、同和教育研究で終わらせるつもりはない。(当該研究を否定しているわけではなくあくまで自分の方向性として。)
実践としてマイノリティの地が培ってきたものを広く現在の社会課題の解決に汎用する。(今行っている市域の実践と重なる。)そして、研究としてこれまで等閑視(重要なものと見なさず注意を払わないこと。)されてきたマイノリティ発の実践から得られた知見を全国のフロントランナー実践として広く全国へと発信していく。
マイノリティの地が長年培ってきたものをなんら卑下することなくプライド(誇り)をもって広げていく。
そんな差別という社会の影の後ろにある光の物語にスポットを当てていきたい。
これは修論の際に書籍にしたように、博論の完成後、書籍化する予定。
インタビューは、これから大阪市内の西成地区や住吉地区にも入らせていただく予定。
まずは、北芝の皆さんありがとうございました。
追記 ここでお聴かせいただいたことは相当なボリューム感で北芝の3人の方々のインタビューのまとめだけでも箇条書きメモで軽く4ページにもなった笑 全部を論文化するのは不可能なので今後の実践に還していきたい。