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「塔」若葉集(2021年5月号〜2022年4月号)掲載全作品(74首)

所属している結社誌「塔」独自のシステム「若葉集」は、入会1年目の人だけが集められた欄です(詳しくはこちら)。

「塔」では毎月異なる選者に詠草が送られるため、掲載される歌の数やタイプに差がありますが、それが毎月自分の歌を見直すきっかけにもなっています。

「選歌後記」で紹介されたり、Twitterなどでどなたかに引用していただくととても嬉しいものです。

ここでは、2021年5月号から2022年4月号までの12ヶ月で若葉集に掲載された丘光生の全作品を紹介します。

なお、(*)を記した歌はその月の若葉集「選歌後記」に、(+)は3ヶ月先の号掲載の「作品批評」にそれぞれ取り上げられた歌です。

2021年5月号(小林幸子選・5首掲載)

僕たちの心が徐々に剥がれてくへたったマジックテープのように
歓喜へと向かうことになっている曲の再生途中で止める
鳥たちに熟れゆくことを赦された南天の実は誰かの希望
オリオン座流星群をてのひらに集めて明日の希望とみなす
いつの日かピアノの弾ける部屋に住もう紡いだ音は暮らしになるよ

2021年6月号(三井修選・5首掲載)

ペン先が吐き出す色に空を見る前略いかがお過ごしですか
いっせいに飛び立つ前の紫木蓮ぼくも仲間に加えてください
春の陽を受けて膨らむ鬼瓦今日は日記を書けないだろう
吹く風のかたちに泳ぐ雪柳そういうぼくは負け犬ですか
踏切が開くやいなや走り出すこどもと走り出さないこども

2021年7月号(山下洋選・5首掲載)

夕暮れがページに落ちて薫る文字電車来るなよ下りホームに
足先に血が通いはじめると痛む魚の目の芯のような思い出
黒に金深緑に金蘇枋に金えんぴつ作る人らの誇り
食欲が清算をしてくれるだろうとセージといっしょに刻む哀しみ(+)
数年をかけて集めた五揃いのスーツ五人のぼくの抜け殻

2021年8月号(前田康子選・6首掲載)

短所述べ「しかし」で長所に言い換える定型文を捨てた夕暮れ
夕暮れの東の空の地平から夜空がのっそり綻んでゆく
微生物がすべてを分解するように重機が壊す淀競馬場
日曜のランチはとても大事だから野菜は南半球を使う
両の手を毛布の下で組んでみる右手は今日のきみと思って
月満ちるたびに何かがずれてゆく平均律の重い沈黙

2021年9月号(梶原さい子選・後鍵外8首掲載)

原付の荷台に結わえた九条ねぎ京の街路にいつまでも沿う
感情を満載にして会いに行くインドのすごい列車みたいに(*)
玄関に置かれたきみの夏帽子潮風に飛ぶ明日を待ってる
返らないやまびこもある暗闇で寝息を立てる小さな背中
この国の普通という名の太陽がにこやかに照りつける 枯れる
ぼんやりと悲しくて日が昇るまで血の出るマンガをただ読み通す
進まない船なら燃やす欲しいのは凪の平安ではなく嵐
ケータイのアンテナ天に突き上げて振り回してた僕にハレルヤ

2021年10月号(永田淳選・目次、前鍵外7首掲載)

きみに会いに行く日はわざと切符買うガシャンと記憶に残るように(*)
真っ白な原稿用紙を真っ黒な嘘で埋めたら夕食つくる
大事なことなので二回言いますと言う人たちから逃れる土曜日(+)
朝焼けは知らないうちに終わってるきみが大人になったみたいに
一回もきれいに描けないト音記号渦がいっぱいきみに会いたい
水は目に入ると痛いこんなにも嵐のように透明なのに
肉体が滅んでもって言いかけて蚊取り線香見て無理だった

2021年11月号(小林信也選・5首掲載)

カラヴァジオの絵のような歌詠みたくて黒橡のインクを入れる
怒らせた取引先の建物を中ボスの城に見立てて入る(*)
いつの日かきみは言ったねうなだれた向日葵はもう顔を上げない(+)
音のしない火花が散ってお疲れ様明日はふつうに会えないだろう
夕暮れは夜の始まり月も星もずっとそこにいたというのに

2021年12月号(山下泉選・前鍵外6首掲載)

僕に詩は書けるだろうか茹で卵おののきながら殻を剥くゆび
散り果てたキンモクセイの血しぶきはもう香らない雨の足跡
絡まって解けない糸わたくしはこの世に何をしに来たのだろう
帰り道並んで飛ぶ蛾のやわらかな羽を見つめて空気をなでる
カーテンを閉じて生まれた僕たちの抜け殻がまだ床で待ってる
いくつかの星の流れた半生をしまってきみと暮らし始める

2022年1月号(なみの亜子選・後鍵外7首掲載)

抜け落ちる記憶をあえて追わないで遠ざかってゆく昔の人から
Mr. Blue Sky, どうしてこんなに空色の哀しみをこしらえたのですか
人間の怒りはビールに溶けた泡栓を抜くのはいつだっていい
むらさきの孤独を胸にひそませてわたしは笑うきみより笑う
実をもぎ取られ枯れゆく葡萄の木 Kyrie eleison 冬よ静かに
白鳥を迎えた湖畔を舐める水冬が来るのはすこし眩しい
やわらかな雨に打たれたままでいる新たな暮らしを確かめるため

2022年2月号(永田和宏選・前鍵外7首掲載)

バランス良くまとまっているというワイン許せる人になれないでいる(*)
浮かんでた宙ぶらりんの思い出を空舞う枯葉に紛れ込ませる
りふじんてどういう字だっけ電線に囚われたまま月は輝く(+)
朝まだきまぶしいほどの静けさを裂くように啼く鷺は一羽で
悲しみは半分に分け合うなんてええよ八割引き受けたげる
暖かいからと二度まで返り咲くキンモクセイの醜い香り
善悪の実と思うから甘いのかジャズという名の異国のりんご

2022年3月号(花山多佳子選・新樹集(吉川宏志選)6首掲載)

間歇泉 傷つけられた思い出が吹き上がるたび窓に目をやる
うなされるくらいの熱が欲しいのに谷底にいる静かな谷の
あの街に誰にも言わず置いてきたぎっしり嘘の詰まった石榴
川下の空が明るいあちらには渇いた街があるのだろうか
いつもより水嵩増した川の音がとろりと響く飛び石の上
きみにしか見せない笑顔があることをマスクの下で知る日曜日(*)

2022年4月号(栗木京子選・目次、前鍵外7首掲載)

宝石の背を煌めかせ魚を獲る翡翠はいつもひとり孤独に
きみの待つ部屋へと急ぐひび割れた白線を踏み外さず急ぐ
玄関で時計は外す僕たちの部屋を昼間が侵さないように
じっと待つ 僕の胸にもいるはずのイカロスが羽根広げる時を
ヤバいやつマジエグいやつエモいやつみんなまとめて体重計に
きみの手とまだ温かいバゲットをやさしく握って歩く陽だまり(+)
雪とけて道路が息を吹き返す 栄光とはどんなものですか


2022.7.17. 丘 光生

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