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第三話 父を想う娘子

「「おーたまっさま!」」

甲高い声があたりに響いた。

店主はピクリと耳を震わせると
鼻頭に皺を寄せた。


「「おーたまっさま!」」

声の主は幼い娘子のようだ。
一人ではない。
声を聞く限り二人以上は居るように思える。

「あれぇー?ここじゃなかったっけー?」
「おきつねさんいないねー。」

明らかに物見遊山の声。
店主は不快の鼻息を立てた。

この【おかみのたまや】は
相談事がある者が入る土産屋だ。
その者たちは基本明るくても
深刻な音が声に混じっている。

だが店主を呼ぶ娘たちには
そのような深い音は聞こえなかった。


「「おーたまっさま!」」

「えぇい不愉快じゃ!
お雪、相手をしてやれ!」


何度も呼びかけられ、怒りの限界が来たのか
ぼそぼそと低い声を上げると
店主の傍に静かに座っていた娘が
「はい。」と苦笑いしながら立ち上がった。

緋色の袴と白い小袖に身を包み、
艶やかな髪は一本に束ねられている。

細身の体ながらその仕草は美しく、
細い目が優しげに見える表情が
好ましい娘だった。

店の奥から娘が姿を見せると
入口の娘子たちが「あれ?」と首を傾げた。

「おたまさまは?
お狐さんが居るって聞いたのに。」

見れば娘子は三人。
明るく元気そうな娘子が二人に、
後ろに隠れて困ったような表情を浮かべる
娘子が一人

状況から察するに元気な娘子に
大人しい娘子が付き合わされているようだ。

「ごめんなさい。玉狐様は今日、
神界でお仕事をなされているの。
会う事は難しいわ。」

「「ええーっ!」」

「もし何か御用ならば私が承ります。
 ご相談事はあるかしら?」

お雪と言う娘が優しく声をかけると
娘たちは集まって相談し始めた。

「おたまさま居ないじゃねー。」
「きつねさん触りたかったのにー。」

『じゃから会わないんじゃよ…』
とお雪の脳に店主の声が聞こえる。
お雪は聞こえないふりをしつつ
苦笑いを浮かべた。

「じゃあ、いいですー。また来ますー。
 音香ちゃん行こう!」

「え…あ、うん。」

元気な娘子が大人しい娘子に声をかけた。
そこでぴくんと店主は顔を上げる。

『お雪、その娘子残すことはできるか?』

ぱちくり とお雪は細い目で瞬きをして
『はい』と心で答えた。

店から出ようとする娘子たちに声をかける

「音香さん、でよろしいですか?
少しお時間を頂いても宜しいでしょうか?」

「え?あ…はい」

ふわりと花の香りが鼻をくすぐった。

店の陰から店主が姿を現したのだ。
店主の姿を見た娘子は
「あ…。」と声を出した。

「ようこそ、【おかみのたまや】へ。
わしが店主の玉狐じゃ。
気さくにおたまさまと呼ぶがよい。」

「…お店に居ないって…。」

「お主の声に悩みがある
深い音が響いておったからの。
わしは相談があるおなごの前にしか現れん。」

「…。」

「何か悩みがあるなら言うてみぃ。
出来る事なら応えてやろうぞ。」

そう言葉を出す店主に、
娘子は怯えながら声を出した。

「おとぅが…最近体が弱ってるの…。」

「ほう?」

「おとぅ、若いうちにおかぁ亡くして、
一人であっちを育ててくれたの。
優しくて真面目で、
お仕事にも真剣に向き合うんだけど
おとぅ、一人で頑張ってて…
どう見ても無理してるの。
病気になる事も増えてきちゃって、
優しいからあっちにも見せない。
このままじゃおとぅが倒れちゃいそうで心配。
病の気がおとぅをあの世に連れて行きそうで
怖いの。」

ふむ…と店主は考え込むと、
ふと娘子の帯に目が言った。

「うむ?その帯の物は…。」

「これ?綺麗でしょう?
死んだおかぁの贈り物だって。
おとぅと私にこれを贈ってくれたらしいだ。」

「ふむ、娘子、年は?」

「十一だ。」

そうか、と店主は目を細めた。
ふわりとしっぽを揺らすと
店の奥に入り、品を取りだす。

「これは“鈴匂ひ”と言うてな。
鈴は気を響かせる事で
非常に強い浄化力を持っておる。
同時に気を響かせると言う事は
『神に知らせる』と言う意味もある。
お前の父が調子の良くない時にでも
響かせると良い。
邪な風も祓えるだろうし、
近くの神が様子を見て浄めてくれるだろう。」

「鈴匂ひ…おかぁと名前が似てる。」

「…そうじゃな」

そう言って店主は目を閉じて
店の奥に入ってしまった。

そこから先はお雪に任せると言う事だろう。

支払いの件、使用方法などを、
お雪は音香という娘子に説明し
音香は嬉しそうに品をもって帰っていった。

小さな手を沢山沢山振って、
ありがとうと何度も呟いて。



「「おーたまっさま!」」

「また来たわい…。」

数日後、また明るい声が響いて
店主は顔を歪ませた。

どうも物見遊山は面倒だ。
基本店の趣旨を分かっていない上に、
話が合わない。

だがこっちが拒めば
向こうが不満を漏らす事も分かっている。
それ故に店主は姿を現さない事に決めていた。

最近はお雪が入ったことで、
接客の機会も減り助かっている。

店主は基本、
商品を神界から持ってくることが仕事なのだ。
必要な者の前にだけ現れれば良い。

「ごめんなさい、
今日も玉狐様はいらっしゃらないの。」

「えええーーーっ!いつ居るのー?」

お主が真剣にわしらに心を向けるを
知った時じゃ。
ぼそりと店主が呟く。

「そうね…貴方たちが本当に
玉狐様に相談したい時に
きっとご縁を頂けるわ。」

「そうなのぉー?」

不満そうな娘子たち。

だけれどお雪はにっこり微笑んで
「そうよ」と答えた。

しょんぼりしつつ帰る娘子達に
手を振りながら見送ると
やれやれというように
店主がお雪の傍に歩いてきた。

「そういえば、
今回はあの娘子は居ないのぉ。」

「そうですね。
お父上は元気になられたのでしょうか?」

「わしが持ってきた鈴じゃぞ。
効果ないはずがないじゃろっ。」

「ふふ、そうですね。」

くすりとお雪がほほ笑むと
遠くから声が聞こえた。

それは先ほどの娘たちの会話だった。

「そういや、音香ちゃん元気になったねー。」

「うんうん、
思ったこと言ってくれるようになったし
沢山話してくれるようになったなった。」

少しずつ遠くなる声に耳を傾ける

「やっぱり、音香ちゃんのおとぅ、
元気になったからだね。」

「音香ちゃん、幸せそうで良かったね。」

「やっぱり、
みんな幸せになってほしいよねー」

「「ねーっ」」と声を合わせて、
きゃははと笑い声が小さく消えていく。



「…次回は会ってやっても良いかもな。」

そう小さく呟く店主の背中を撫でながら
お雪も微笑み頷いた。