「深読み INCEPTION(インセプション)⑭」(第212話)
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
神様にお金を要求するなんて…
具体的にも程があるわ…
この母親はそういう人なんだ。ある意味、とても現実的なんだよね。
それに、夫からも、こう言われていた。
わたしたちが心の底から求めれば、
主は救いの手を差し伸べてくれる
とね…
「強く思ったことは、必ず現実化する」
だから彼女の思いは、すぐに現実のものとなった。
彼女が祈った直後、家の背後の崖の上から、夫が降りてくるんだ。
たっぷりのお金と食料を持って…
コントじゃないんだから…
いくら何でも、こんなにすぐに現実化しちゃうなんて…
いいんだよ。これはそういう物語なんだから。
「強く思ったことは、必ず現実化する」が、この物語のコンセプト。
その単純なルールに従ってストーリーは展開される。
『インセプション』も、そうだったよね?
そしてこの後に、調子に乗った父親が、余計な「現実」を生み出してしまうわけですね…
悪夢のような「現実」を…
その通り。
それではそのシーンを詳しく見てみよう。父親の帰還は22分30秒あたりからだ。
Hänsel und Gretel
(Hansel and Gretel )
予想外のお金が入ってゴキゲンの父親は、歌を歌いながら家に帰ってきます。
そして、妻にたくさんの食料を見せました…
あの歌の歌詞もそうだけど、買ってきた食料も重要だ。
ここで登場する食料のモチーフが、森の中の子供たちに大きな影響を与えることになる。
14個の卵ね…
その通り。
森の中でヘンゼルとグレーテルは、不思議な砂のシャワーで眠り、奇妙な夢を見る。
その夢は「白く輝く14人の天使が梯子を上り下りする」というものだった。
そして今度は不思議な朝露で目覚めるんだ…
実はこれ、このシーンでの父と母の会話が、そのまま現実化したものなんだよね。
イメージしたものが、姿かたちを伴って、目の前に現れる…
中に入ってしまっている者には、それが夢なのか現実なのか、区別できない…
まさに『インセプション』の世界観…
そして父親は、家に子供たちがいないことに気付く…
最初は誤魔化そうとした母親だが、結局本当のことを話す…
言うことを聞かずに遊んでばかりいて、しかも隠していたミルクを飲んだから、その罰に、森へ食料を探しに行かせたと…
父親はショックを受けたのよね…
母親が幼い子供たちを危険な森へ行かせたことに…
それもあるけど、父親の心配事のメインはそこじゃない。
あの父親が最も気にしていたことは「母親」のことなんだよ。
え? 奥さんのことを?
彼女は、今の暮らしに満足することが出来ず、いつも不機嫌で、子供たちに対して冷たい態度をとっていた…
子供たちは遊びたい盛りの年頃なのに、遊んでいるのを見つけると激怒し、罰を与えていたんだ…
父親は割とおおらかな性格よね。母親と違って。
その通り。
彼は「強く思ったことは現実になる」が信条の人。前向き思考とユーモアを大切にしていた。
だけど、そんな彼がいくら優しい言葉を投げかけても、彼女は人生を悲観するばかり…
疲れ切った表情で「もう死ぬわ!」とまで口にしていたよね…
なるほど…
そんな母親の姿に、父親は心を痛めていたわけですね…
『インセプション』とそっくり…
目の前の現実が受け入れられず、子供たちにも冷たい態度で接し、夫の助言に耳を貸さず、死を口にしていた妻モル…
そんな妻モルに対し、夫ドムは心を痛めていた…
そこで父親は、あるアイデアを思いつく。
ちょっとした「作り話」で母親を怖がらせて、彼女が子供たちにしたことを後悔させ、温かい心を取り戻してもらおうと思ったんだね。
それが、山奥の森の中に住む恐ろしい魔女「The Nibblewitch」の物語だ。
「The Nibblewitch」って、どういう意味?
乳首魔女じゃ。
うそ!?
嘘ぴょーん。
「The Nibblewitch」は「噛み砕き魔女」という意味だね。
かまどで子供たちを焼き、ジンジャーブレッドにしてバリバリ食べてしまう、というキャラ設定。
いつも子供たちにガミガミ怒っていた母親への皮肉だ。
ホントに全部が作り話なのでしょうか?
もちろん。
だって母親は「The Nibblewitch」を初耳だったんだよ。森のすぐそばに何十年も住んでいるのに。
あ、そうか…
知らないなんて、あり得ませんね。
それに、あの時の父親の顔、ちょっと嬉しそうでしょ?
自分がアドリブで思いついた名前に、自分でちょっとウケちゃってるんだよ。
そう言われてみれば、ニヤけてますね…
「お前にピッタリの名前だろう?」って感じで…
「The Nibblewitch」の話は、すべて父親が即興で作ったストーリーだ。
家の中で目についた様々なものを題材に使って、それっぽいストーリーを作り上げたんだよね。
『ユージュアル・サスペクツ』のカイザー・ソゼみたいに?
THE USUAL SUSPECTS
そして、『ライフ・オブ・パイ』のパイみたいに(笑)
まず父親は、家にたくさんある「ほうき」の1本を手にする。
それを見た母親は、怯えながら叫んだ。
「あんた、そのほうきで何をする気だい?」
夫に折檻されるとでも思ったのでしょうか…
そして父親は、こんな歌を歌い始める…
「ほうきの柄、ほうきの柄、これは何のためにある?」
母親は固まってしまい、何も答えられない…
そんな母親を凝視しながら、父親は歌を続ける…
「それは、またがるため… 魔女が、またがるためだ!」
そして父親は、ほうきにまたがり…
股間から出したほうきの柄を両手で握りしめ、それを押し付けるように、母親を追いかけ回す…
そういえば、あの時の父親の動きと表情…
ちょっとヤバくなかった?
は?
「ほうきの柄にまたがる魔女」って…
なんか別の意味になってるような…
別の意味? 何ですかそれ?
うふふ。考え過ぎ(笑)
そうよね… たぶんあたしの考え過ぎ…
次に父親は、魔女が目の見えない老婆であることを示すために…
頭から白い布を被る…
こ、これは!
インセプション…
そして父親は、魔女たちが魔法のほうきで集団飛行することを歌う…
おどろおどろしいフリ付きで…
なんかノリノリですね…
母親はこの話を聞いて、思わず叫んでしまった。
「おそろしい!」
それを聞いた父親は、一瞬、ニコッと微笑む。
完全に楽しんでるじゃん…
「しめしめ」とでも言いたそうな顔…
子供たちのことが心配になるようにするための「作り話」だからね。
それにはまず母親を怖がらせる必要があった。改心させるために。
さて、「魔女の集団飛行」にビビった母親は、こんなことを父親に尋ねる。
「だけど《噛み砕き魔女》って名前は?」
妻が話に乗ってきてくれたもんだから、父親はさらに悪ノリして、話を膨らませていく。
「お菓子の家で子供たちを誘惑し… かまどで焼き上げて食べちまうのさ…」
ああ、余計なことを…
足元にあった薪を手にすると、父親は「焼き方」の実演を始める…
噛み砕き魔女が、どんなふうに子供たちを焼き菓子にしてしまうのか説明するんだね…
2本の薪を子供たちに喩え、かまどの中の燃え盛る炎に突っ込み…
そして黒焦げになった薪を母親に見せつける…
「こうやってジンジャーブレッド・チルドレンを作るのさ!」
またニヤけてる…
ホラ吹きが楽しくて仕方ないのね…
この話を真に受けた母親は、悔い改める…
「なんて恐ろしいこと!どうか神様、わたしたちに救いの手を!」
そして森へ向かって一目散に家を飛び出していく…
残された父親は、のんきにこんなことを言っていた。
「待て待て、俺を置いてくな!一緒に行こう、魔女の隠れ家へ~!」
そして母親の後を追っていく…
ここからですね…
この物語のルール「強く思ったことは現実化する」が予想外の「現実」を生み出してしまう…
そう。父親の「作り話」が現実のものとなる。
父親の後を追うようにして、ほうきが次々と動き出し、空へ飛んでいくんだ…
つまり父親は…
「空飛ぶ《噛み砕き魔女》がいる世界」を作り出してしまった…
そういうこと。
母親を改心させるためについた嘘で、子供たちを危険な目に遭わせることになるなんて…
本末転倒じゃん…
まさに「策士、策に溺れる」です…
そこは心配ない。
なぜですか?
母親がこう言ったよね?
「どうか神様、わたしたちに救いの手を!」
強く思ったことは現実化するから、子供たちが助かることはすでに決まっている。
あっ、なるほど…
では次に、森のシーンを見てみよう。
36分あたりからだね。
まず、父親の「作り話」が現実化した「魔女の集団飛行」が描かれる。
その次に描かれるのは、森の中で子供たちを必死で探す母親と、それに付き合ってあげている父親の姿…
その頃、森の奥深くでは、子供たちが「噛み砕き魔女のいる世界」に迷い込もうとしていた…
何も知らないヘンゼルとグレーテルは、無邪気に「森の女王の歌」や「カッコウの歌」とか歌ってたわ。
だけど、あのカッコウの巣、ちょっと怪しかったです。
いいところに気付いた。
「カッコウ」は、この物語において、非常に重要なモチーフといえる。
重要なモチーフ?
「カッコウの巣」といえば『カッコーの巣の上で』よね。
そのまんまだけど。
「Cuckoo」には「相手を騙す」とか「白昼夢を見る」といった負のイメージがあり、「Cuckoo's Nest」で「白昼夢を見ている人の住処」という意味になる…
だからかつては精神病院を指す蔑称にもなっていたわけだ。
なぜカッコウにそんなイメージが?
「郭公」は日本では鳴き声のイメージが強いけど、欧米では「擬態・托卵」のイメージが強い。
擬態?托卵?
カッコウは子育てに他の鳥を利用する。しかも、ただ利用するだけではない。
ターゲットに選ばれた鳥が巣から離れている間に、その鳥の卵そっくりな卵を、巣の中に産み付けるんだ。
そっくりな卵を?そんなこと出来るんですか!?
だけどターゲットも馬鹿じゃない。記憶にない卵があれば異変を感じる。
だからカッコウは、元々あった卵を抜き取って、新しく入れた卵があたかも最初からそこにあったかのように工作し、ターゲットが違和感を覚えないようにする。
そして巣に戻ったターゲットは、何事も無かったかのように卵を温め続け、孵化したカッコウの雛を自分の子供だと勘違いしたまま育ててしまうんだ…
まるで白昼夢を見せられているかのように…
これって…
ターゲットの頭の中に「偽のアイデア」を植え込み、あたかも自分のアイデアのように思わせる「インセプション」じゃん…
その通り。
「インセプション」の元祖は「カッコウ」なんだよ。
しかし、あんなゴツイ雛に気が付かないんですかね…
夢の中でセクシー金髪美女に擬態したトム・ハーディも、まったく気付かれなかったでしょ?
鳥でも人でも、一度「そうだ」と思い込んでしまうと、いとも簡単に騙され続けてしまうんだ…
なるほど…
さて、ヘンゼルとグレーテルの歌う『カッコウのテーマ』は、何気に辛辣な内容だった。
自分たちの置かれている境遇をカッコウの托卵に重ね、日頃のストレスを発散させていたんだ。
「カッコウ!カッコウ!お前たちは育児放棄してる!
カッコウ!カッコウ!他の鳥の卵を盗むひどい奴!」
育児放棄…
確かに父親は優しいけど不在がちで、母親は子供たちを労働力としか思っておらずネグレクト状態でした…
『インセプション』のドムとモルもそう…
幼い子供たちを育児放棄し、二人だけの世界LIMBOに閉じこもっていたわ…
そして「他の鳥の卵を盗む」は「他人の情報を盗む」行為…
ドムたちは、他人の夢の中で「エクストラクト(抜き取り)」をする産業スパイだった…
『インセプション』は…
まさしくエンゲルベルト・フンパーディンクの『ヘンゼルとグレーテル』…
それでは、物語の後半…
父親のアイデアが現実化してしまった「噛み砕き魔女」のシーンを見ていこう…