「深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)&読みたいことを、書けばいい。」(第261話)
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
三人とも名前が駄洒落…
二人の先輩娼婦は宋金花の妄想…
意味が分かりません、教官。詳しく教えてください。
いいだろう。
名前のトリックは『南京の基督』という作品を理解する上で、非常に重要なポイントだ。
そして、ヒロインが見る妄想のトリックも…
「宋金花」「陳山茶」「毛迎春」という名前は駄洒落…
なんだか『奇面組』みたい…
きめんぐみ? 何ですかそれ?
今の若い子は知らないわよね。
80年代に少年ジャンプで連載されていた『3年奇面組』『ハイスクール奇面組』のことよ。
学園モノの漫画で、登場人物の名前が全部ダジャレになってるの。
一堂零(いちどう れい)は「一同、礼」
冷越豪(れいえつ ごう)は「レッツ・ゴー」
出瀬潔(しゅっせ きよし)は「出席、よし」
大間仁(だいま じん)は「大魔神」
物星大(ものほし だい)は「物干し台」
ああ、なんだか聞いたことあります…
イモ金トリオが主題歌を歌ってたアニメですよね?
それは『ハイスクール・ララバイ』!「欽ドン!良い子悪い子普通の子」じゃ!
奇面組は「うしろゆびさされ組」!
ゆうゆと会員番号16番の黄金コンビによる名曲『バナナの涙』も知らんのか!
そんな馬鹿な…
バナナは泣かないでしょう。
おぬしは千葉と岡本か。
しかしバナナは…
うふふ。バナナは涙を流すのよ。
『ライフ・オブ・パイ』みたいに「それじゃあ洗面所で試してみて」とはいかないけど(笑)
うーん。何か別のことを言ってるのかなあ…
ところで、会員番号16番って、あの秋元康夫人ですか?
そう。マミマミはおニャン子の中でも歌唱力が高く、芸能界での交友関係も広かった。
明石家さんまの『真赤なウソ』でコーラスをしているのも彼女だ。
明石家さんまの『真赤なウソ』で?
そうだったんですか…
だけど「宋金花」のダジャレって何かしら…
「送金か」?
古いなあ。「欧米か」じゃないんですから…
それに『南京の基督』には、お金を送金するシーンなんて出て来ません。
これはおそらく「そう、金貨」じゃないでしょうか?
お金の話は出てくるけど、舞台は20世紀初頭の南京よ。
さすがに紙幣でしょ。
確かにそうですね…
では「そうきんか」は何のダジャレなんだろう?
www(笑)
何が可笑しいんですか?
「www」よ(笑)
草?
そう。
もしくは、その通り(笑)
はい?
「そう」は「その通り」…
ヘブライ語では「AMEN」という。
つまり「宋金花」とは「草・金花」であり、「AMEN・金花」なんだよね。
草・金花? AMEN・金花?
『ライフ・オブ・パイ』にも出て来たでしょ?
パイは「草」だらけのキッチンで「草食」を勧め…
「ヒンドゥー教徒なのにアーメン?」と突っ込まれる(笑)
「草」と「アーメン」…
『ライフ・オブ・パイ』の冒頭シーンは『南京の基督』の「宋金花」から来ているというのですか?
間違いない。
原作者のヤン・マーテルはもちろん、台湾出身の映画監督アン・リーも『南京の基督』を読んでいる。
ていうか「草・金花」って何?
どんな草なの?
こんな草だ。
<金花草>
シダ!?
そう。中国語では羊歯類のことを「金花草」と呼ぶ。
だから太宰治は『魚服記』で「羊歯」を登場させたんだ。
遥々やって来た若い男が探し求めていたものとして…
しかしなぜ「シダ」がダジャレなのですか?
「師だ」と「死だ」じゃない?
『南京の基督』は、イエス・キリストが降臨する話でしょ?
あっ、確かに… なんてこった…
驚くのはまだ早い。
「草・金花」は中国語では「羊歯」を指すが、日本語では別の草のことを意味する
別の草? 何ですか、それは?
秋になると色鮮やかな黄金色の花を咲かせる…
「アキノキリンソウ」だ。
秋の麒麟草!?
秋のKIRIN草…
キリン 秋味?
ばかめ。
「KIRIN」は「K・INRI」のアナグラム…
「キリスト、ナザレのイエス、ユダヤ人の王」じゃ。
げえっ!
アキノキリンソウ…
英語では「Golden rod」といいます…
ゴールデンロッド? 黄金色の棒?
十字架のことですか?
ちなみに「アキノキリンソウ」の学名は…
ラテン語で「Solidago virgaurea」という…
孤独な乙女?
それは「Solitude virginia」ね(笑)
そうじゃなくて「Solidago virgaurea」よ。
「solidago」はラテン語で「私は癒します」という意味。
私は癒します?
そして「virgaurea」は「aurea」の「virg」…
「黄金色」の「枝・棒」という意味。
確かに「黄金色の処女」っぽく見えるけど(笑)
「草・金花」は、中国語では「羊歯」…
「シダ」は「師だ」とも「死だ」とも聞こえる…
そして日本語では「秋の麒麟草」…
「秋の麒麟草」の学名はラテン語で「Solidago virgaurea」といい…
それは…
「私は癒します、黄金色の枝・棒で」
という意味…
何なのこれ…
『南京の基督』のストーリーそのまんまじゃん…
芥川龍之介…
なんて男だ…
Akutagawa Ryūnosuke
(1892-1927)
主人公の「宋金花」という名前は、この物語のすべてを言い表していた。
このアイデアを太宰治は『魚服記』でそのまま踏襲する。
主人公の名前「スワ」とは「神」という意味。
「神」という一文字の姓を名乗っていた諏訪神党で有名なスワ氏から取られた名前…
『スケバン刑事』のイケメン探偵、神 恭一郎(じん きょういちろう)の「神」じゃったな。
そして『南京の基督』や『魚服記』を元ネタにして、田辺聖子が『ジョゼと虎と魚たち』を書いた…
主人公の名前「ジョゼ/クミ子」とは「如是/カミ子」…
つまり「YES/神の子」という意味…
それを踏まえてヤン・マーテルは、さらに頓智を効かせた…
『ライフ・オブ・パイ』の主人公「パイ」は、自分自身の物語を語ることで、奇跡の生還劇の「証し」を行う…
インドから、メキシコにある関西弁風の町トマットランまでの物語を…
なぜなら「円周率 π」とは「円周 ÷ 直径」のこと…
それは「あかし」そのものだった…
すべてのルーツは…
芥川龍之介『南京の基督』のヒロイン「宋金花」…
本当のルーツは、もっともっと、さかのぼるんだけどね。
え?
その件はまた後程たっぷりと話す。
次に宋金花の二人の先輩娼婦「陳山茶」と「毛迎春」について解説しよう。
この二人、宋金花の妄想みたいなものって言ったわよね?
その通り。
あの二人は、宋金花の心の中の葛藤を擬人化した存在といえる。
そして宋金花は「毛迎春」は選ばずに「陳山茶」を選んだ。
どういうことでしょう?
あず「毛迎春」から解説しよう。
「毛迎春」は「もう迎春」のダジャレでしょ?
「もうお正月」という意味。
そうだね。「迎春」とは中国の暦で「春節を迎える」という意味。
だいたい1月下旬から2月上旬あたりのことだね。
そして「毛迎春」は、梅毒の治療薬として「汞藍丸(コウランガン)」と「迦路米(カロマイ)」を提示した。
それって当時、本当にあったものなの?
よくわからない。おそらく芥川の造語だろう。
「汞藍丸」の「汞」とは「水銀」という意味だ。
かつて梅毒の治療には水銀が使われていたんだけど、あまりにも副作用が強過ぎて問題視されていた。
そして「迦路米」の「迦路」とは「釈迦の道」という意味。
中国の伝統、水銀療法、そして釈迦の教え…
金花はこれらを選ばなかった。
なぜなら彼女は「迷信深いクリスチャン」という設定だから…
あ、なるほど。そういうことか。
そして、もうひとりの娼婦「陳山茶」…
彼女はまず「アヘン入りの酒」を宋金花に飲ませた。
水銀で治療するのではなく、幻覚を伴う強力な鎮静剤である「阿片」で、痛みを忘れさせようとしたわけだ。
あっ…
『ライフ・オブ・パイ』でも、船酔いの苦しみを和らげるため、バナナに精神安定剤を入れて与えてました…
キリスト教と阿片…
「宗教は阿片である」とカール・マルクスは『ヘーゲル法哲学批判序説』で言ってたわね…
そして陳山茶は、もうひとつの解決方法を提示する。
「誰かに病気を肩代わりしてもらう」
これこそが、宋金花が密かに望んでいた本心…
彼女は、自分の代わりに「罪」を背負い、「難」を引き受けてくれる存在を切望していたんだ…
身代わりを切望していた?
金花ちゃんは「告白」していたでしょ…
心の中に「それ」を求めてしまう自分がいると…
山茶が部屋を去つた後、金花は独り壁に懸けた十字架の前に跪いて、受難の基督を仰ぎ見ながら、熱心にかう云ふ祈祷を捧げた。
「天国にいらつしやる基督様。私は阿父様を養ふ為に、賤しい商売を致して居ります。しかし私の商売は、私一人を汚す外には、誰にも迷惑はかけて居りません。ですから私はこの儘死んでも、必ず天国に行かれると思つて居りました。けれども唯今の私は、御客にこの病を移さない限り、今までのやうな商売を致して参る事は出来ません。して見ればたとひ餓ゑ死をしても、――さうすればこの病も、癒るさうでございますが、――御客と一つ寝台に寝ないやうに、心がけねばなるまいと存じます。さもなければ私は、私どもの仕合せの為に、怨みもない他人を不仕合せに致す事になりますから。しかし何と申しても、私は女でございます。いつ何時どんな誘惑に陥らないものでもございません。天国にいらつしやる基督様。どうか私を御守り下さいまし。私はあなた御一人の外に、たよるもののない女でございますから。」
つまり「それ」を勧めた陳山茶とは…
自分の代わりに受難してくれる救世主を求めていた宋金花の本心の投影…
だから「陳山茶」という名前なのよ。
えっ?
そもそも「山茶」って、何のことか知ってる?
さんちゃ?
寒い?
「山茶」と書いて「サザンカ」と読むのじゃ。
『さざんかの宿』のサザンカ。
あ、そうなんだ…
そして「山茶」といえば、七十二候における「山茶始開」ね。
立冬の始まり、11月の第二週あたりを、「山茶始開」と書いて「つばきはじめてひらく」と呼ぶ。
山茶はツバキ科ツバキ属の花。
しかし、山茶が何の関係があるんですか?
『南京の基督』とは何の関わり合いもなさそうですが…
「山茶」の花は、何色?
え? 赤や白ですよね…
だよね。
だけど中には黄金色の花を咲かせる山茶もあるんだ。
それが、金花茶(キンカチャ)…
き、金花!?
だから「山茶」は「金花」なんだよ。
そして金花茶は学名を「Chrysantha(クリサンタ)」という…
聖なるクリストス、キリストの花…
なんと…
「クリサンタ」の前に付いてる「カメリア」は何ですか?
カメリアダイヤモンド・銀座ジュエリーマキのカメリア?
「カメリア」は山茶属の学名。
東アジアで山茶を採集していたイエズス会の宣教師の名前がつけられたの。
イエズス会といえばローマ・カトリック…
だから「陳山茶」なんだよ。
「陳」とは「言葉を告げる、述べ伝える」という意味だからね。
宋金花、毛迎春、陳山茶…
それぞれに、ここまで深い意味が隠されていたなんて…
名前は大事よ。
「名は体を表す」って言うでしょ?
名前のカラクリがわかったところで、いよいよ「受難の男」登場のシーンに行くとしよう。
いったい芥川は、あの泥酔男で何を描こうとしていたのか…
つづく
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