「深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)&読みたいことを、書けばいい。」志賀直哉『小僧の神様』篇①(第268話)
前回はコチラ
2020年 ✕月✕日
南の島
とある施設の中
魚のなる木?
伝説の「羊の木」みたいに?
嘘じゃない。僕はこの目で見た。
信じられない…
そんなこと、ありえないわ…
「ブラック・スワン理論」って知ってる?
コクチョウを見たことなかったヨーロッパ人は、黒い白鳥なんて「ありえない」と思っていた。
だけど魚のなる木だなんて…
それはそうと、キミはその魚を食べたの?
怖くなかった?
そりゃあ怖かったさ。
木になる魚なんて初めて見たし、そもそもそれを人間が食べても大丈夫なのかなんてわからないからね。
だから僕は彼らにこう言ってやった。
「僕は君たちのように野生動物じゃない。調理しないと食べられないよ」って。
すると彼らは歌で答えた。
歌で?
こんな歌。
♬KMN KMN SO KMN♬
KMN KMN?
そう、KMN。
どういう意味かしら?
続きを聞けばわかるかもね。
続きがあるの?
♬KMN KMN SO KMN♬
♬スシになっちゃうKMN♬
スシになっちゃう?
魚をお寿司にするってこと?
そう。鮨。
ていうか、どうしてその部分だけハッキリと人間の言葉になってるの?
たぶん大事なことだから、そうしてくれたんじゃないかな。
だって僕に「鮨にする」ということが伝わらないと意味ないでしょ?
なるほどね…
だけど、ご飯は? お鮨は魚だけでは作れないでしょ?
僕も同じことを思ったから尋ねた。
すると彼らは答えた。
「心配無用。メシはある」
お米あったんだ…
さらに僕は尋ねた。
「いったい誰が魚をさばくの? 誰が鮨を握るんだい?」
彼らは答えた。
「決まっているだろう。SGTだ」
SGT?
僕は目の前に三体の猿が立っていることに気付いた。
彼らが、そのSGTだった。
え? 彼ら?
SGTは3匹いるの?
そう。彼らの名前はYとMとF。
YとMとF?
ちょっと待って。SGTが名前じゃないの?
ちょっとややこしいんだよね。
彼らはそれぞれ「Y」「M」「F」という独立した存在であり、同時に1つの存在「SGT」でもある。
それって、つまり…
SGTというのは、YとMとFからなるトリオってこと?
その通り。トリオだ。
彼らは僕に威勢よく挨拶をすると、さっそく鮨の準備に取り掛かった。
歌って踊りながら…
えっ? 歌って踊りながら、お鮨を作るの?
そうだよ。専属の笛や太鼓や三味線奏者もいた。
すごい。楽団までいるんだ…
もう、お祭り騒ぎね。
うん。それにしても、あれには驚いたな…
歌も実に奇妙なものだったし…
奇妙?
2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
次は『南京の基督』と、ひと月違いで発表された、志賀直哉の『小僧の神様』です。
よく似た筋書き、十代半ばの主人公が見知らぬ男を神だと思い込む物語を、芥川とは全く違う手法で描いた作品…
この小説も、ちょー笑える。
ていうか、志賀直哉は芥川以上にスットボケてるし(笑)
Shiga Naoya(1883-1971)
スットボケというか…
ハエ、止まってる…
それではまず、みんな『小僧の神様』を読んでみてくれ。
とても簡素な文章だから、すぐ読み終わると思う…
15分後
なんだか…
お鮨、食べたくなりました…
これ終わったら、みんなで食べに行こっか。
文代さんもどう?
うふふ。無事に終わったら、ね(笑)
へ?
さて『小僧の神様』は、どうだったかな?
名文と呼ばれるだけあって、読んでてとても気持ちがよかったです。
さすが「小説の神様」と言われるだけのことはある…
ちなみに小説の中における「神様」とは、誰のことだかわかった?
誰のこと?
仙吉に鮨を食わせる貴族院議員のAですよね?
「神様」というのは、あくまで仙吉の思い込み、妄想でしたが。
ばかめ…
はい?
おぬしはそれでも深読み探偵見習か?
まんまと志賀直哉の思う壺じゃ。
思う壺? なぜ?
「神様」はAではない。
は?
そう。「神様」はAではない…
「小僧の神様」とは、Aのことではないんだ…
ええっ?
ちょっと待って…
「小僧の神様」はAではない?
いったいどういうこと?
じゃあ、逆に聞くけど…
「小僧の神様」って、どういう意味だと思ってる?
「小僧の神様」の意味?
「小僧にとっての神様」でしょ?
それなら「代打の神様」はどうだろう?
「代打の神様」は「代打にとっての神様」という意味かな?
それはヤギ違いじゃ。
「代打の神様」はこっち。
あれ? なんか変ね…
同じ「〇〇の神様」だけど、なんか違う…
「代打にとっての神様」だと、八木選手が個人的に信仰してる神様のことみたいです…
八木選手が試合前に「今日も打たせてください」と願をかけているみたいな…
もちろん違うわよね。
「代打の神様」とは「いろいろある神様の中で、代打という専門職に特化した神様」という意味。
「マッチ売りの少女」も、そうでしょ?
マッチ売りの少女?
「マッチ売りにとっての少女」じゃなくて…
「いろんな少女がいる中で、マッチ売りを職業にしている少女」でしょ?
確かにそうだわ…
でも、なぜ?
トリックは「の」に隠されている。
同じ格助詞の「の」なんだけど、用法が異なる「の」なんだよ。
格助詞?
ほとんどの人は「小僧の神様」の格助詞「の」を、所有の「の」で解釈してしまう。
つまり「小僧にとっての神様」とね。
だけど違うんだ。
「小僧の神様」の「の」は、限定・属性の「の」。
「さまざまな形態をとる神様の中で、小僧の姿になっている神様」という意味なんだよ。
つまり「小僧としての神様」だね。
こ、小僧としての神様?
あの仙吉が神様だったんですか?
そうだよ。
この作品の中で志賀直哉は、「神様」を3つの姿で登場させた。
その1つが「小僧としての神様」仙吉だ。
仙吉が神様? 嘘でしょ…
僕が嘘をつくと思うかい?
うふふ。
しかも志賀は…
いきなり小説の出だしで答えを書いている…
えっ? 答えを?
ほら。ふざけてるとしか思えない(笑)
仙吉は神田の或(ある)秤屋(はかりや)の店に奉公している。
どこ?
最初の5文字だよ。
五文字?
「仙吉は神田」とは…
「仙吉はカミだ」という意味…
・・・・・
なんと…
そんなまさか…
書き出しから、いきなりダジャレって…
さすが、おでこにハエがとまっても何食わぬ顔してるだけあるわよね…
「タイトル」も「書き出し」も実はネタバレなのに、それを平然とやってのける…
あの漱石や芥川が感服するわけじゃ。
神様が「3つの姿」で登場するって言ったけど、小僧仙吉以外の2つは?
他にそんな人いた?
いたでしょ?
しかも志賀は、2人が「神様」であることを、まったく隠そうともしなかった。
隠そうともしなかった?
あっ!もしかして…
鮨屋の「主(あるじ)」と「かみさん」…
その通り。
「小僧仙吉」「主(あるじ)」「かみさん」
この三者が神様だ。
「主(あるじ)」は「しゅ」だからわかるけど…
「かみさん」って「神様」のことだったの?
「神様」が訛って「かみさん」?
それもあるだろうけど…
「かみさん」は「内儀」とも書く。
ないぎ?
「儀」とは「形・型」という意味だから…
「内儀」は「内なる形・型」という意味…
あっ… 聖霊…
やっと気づきおったか。
それにしても、おぬしはいったい『小僧の神様』の何を読んでおったのじゃ。
「仙吉」という名前の意味も解説しなきゃね。
「神様」の物語の主人公の名前なんだから。
どうやら、まだわかってない人もいるようだし…
ええ。もちろんです。
「仙吉」という名は、非常に重要ですから。
「仙吉」が重要?
丁稚にありがちな名前でしょ?
志賀直哉が適当に選んだんじゃないの?
そんな単純な理由で主人公の名前をつけると思うかい?
『ライフ・オブ・パイ』のパイ、『ジョゼと虎と魚たち』のジョゼ、『魚服記』のスワ、『南京の基督』の宋金花…
みんな、ちゃんとした意味があったよね?
では、いったい…
それは先程の冒頭フレーズの中に隠されている。
あの「書き出し」の一節の中に。
え?
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?