第123話「ポール・サイモンの ONE-TRICK PONY ⑫「Ace in the Hole」後篇
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2019年9月19日
スナックふかよみ
ワイルドだろ~?
・・・・・
ボーっとしてないで、話を進めて頂戴な。
あ、はい…
それでは『Ace in the Hole』の話に戻ります。
3番は、こんなふうに始まる…
Once I was crazy
And my ace in the hole was that I knew that I was crazy
So I never lost my serf-control
かつて僕はクレイジーだった
そして救いは「僕はクレイジーだ」と
自分でわかっていたことだった
だから自分を失わずに済んだんだ
「自分は普通じゃない」という「自覚」のおかげで「救われた」ということか…
「自分はノーマルだ」と言い張る人ほど「自分をわかっていない人」ですからね。
うふふ。もう3番の「答え」は出たようなものじゃない。
え?
歌詞はこう続く。
I just walk in the middle of the road
I sleep in the middle of the bed
I stop in the middle of a sentence
僕は道の真ん中を歩く
ベッドの真ん中で眠る
台詞を途中でやめる
は? 何が言いたいの?
わけわかめ。
「僕」は「自分が普通じゃない」と理解していたから「救われる」ことができ、自分自身を失わずに済んだ…
そして「僕」は「道」の真ん中を歩き、「ベッド」の真ん中で眠りにつき、「セリフ」を途中でやめた…
あっ…
全部イエスのことだ…
イエスは自分が「神の子」であることを理解したから、十字架に掛けられる覚悟ができたんです…
必ず「復活する」とわかったから…
つまり「道の真ん中を歩く」とは、十字架を背負って歩いた「苦難の道」のこと?
『十字架を運ぶキリスト』
アルヴィーゼ・ヴィヴァリーニ
でしょうね…
でも「ベッドの真ん中で眠りにつく」がわかりません…
イエスの遺体が納められた石棺は「真ん中で寝る」っていうほど広くはないですし…
英語の「bed」には「人が寝る台」以外の意味もあるんだ…
例えば、観賞用に花や木を植える「花壇」という意味だったり…
地面を「石やコンクリートなどで固めたもの」という意味だったり…
ああっ!
「ベッドの真ん中で眠りにつく」とは、こういうことか!
『磔刑図』アンドレア・マンテーニャ
よくできました。
じゃあ「セリフを途中でやめる」は…
十字架上でイエスが語った言葉のことだね。
四福音書を総合すると、イエスは7つの言葉を発しているんだけど、どれも断片的なものだった。
特に「It is finished(終わった)」は、本来なら「what」や「how」など「5W1H」が説明されなければならないけど、それが省かれたセリフになっている。
それをポール・サイモンは「僕は台詞を途中でやめた」と歌ったんだ。
なるほどね。さすがポール・サイモン。
そしてこう続く。
And the voice in the middle of my head said
Hey, junior, where you been so long
Don't you know me
I'm your ace in the hole (Oh Yeah)
僕の頭の中で声がする
ヘイ!ジュニアよ!久しぶりだな!
私を覚えてるか?
私はお前の"奥の手"だ(Oh ヤァ)
こ、これは…
父なる神ヤァウェ(YAHWEH)の声だね。
まさに「Ace in the Hole」だから…
『受胎告知』フラ・アンジェリコ
確かに「奥の手」ね…
そしてCメロだ。
Riding on this rolling bus
Beneath a stormy sky
走り続けるバスに乗って
黒雲に覆われた空の下
「バスに乗る」は「チャンスを手にする」とか「楽園に行く」って意味でしょ?
「いろいろ大変だけどチャンスをつかむぞ!」ってこと?
ちなみに「rolling」には「なだらかな丘」という意味があります…
つまり「ゴルゴダの丘に立てられた十字架に乗って」ってこと?
そういえば、その日は太陽が黒雲に覆われて、夜みたいになったんだっけ…
だからCメロは、こんなふうに締めくくられる。
力尽き、鼓動が止まったその瞬間
その記憶はしっかりと焼き付くものとなる
世界の時間が止まる時
だけど「バス」は走り続ける
イエスの死の瞬間だ…
それでも走り続ける「バス」とは、まだまだ終わらない「物語」のこと…
だね。
知っての通り、ここで「イエスの物語」は終わらない。
イエスは大きな亜麻布でくるまれ、石の洞穴の中にある墓へ納められる…
つまり「the Ace」が「in the hole」します…
『イエスの埋葬』
エドワード・アーサー・フェローズ・プリンヌ
そして、ここから「復活劇」の最終幕が切って降ろされる。
それが4番だ...
Some people say music that's their ace in the hole
4番の「Ace in the Hole」は「音楽」?
そう。そしてその「音楽」が説明される。
Just your ordinary rhythm and blues
Your basic rock and roll
いつも通りのリズム&ブルース
必要不可欠なロックンロール
リズム&ブルースとロックンロール?
「Ace in the Hole」は基本が大事ってことでしょうか?
「リズム&ブルース」とは「律法」である旧約聖書のこと。
「ordinary」とは「order」されたものという意味だからね。
そして旧約聖書は「黙読」するものではなく「節」や「リズム」をつけて「歌う」もの。
その内容は「悲哀」や「嘆き」が多い。そのものずばり『哀歌』という書もあるくらいだ。
不可欠なロックンロールは?
「復活」に不可欠な「rock & roll」といえば?
あっ!
「rock & roll」は「石&転がる」だ!
その通り。
「墓の石を転がした天使」は『マタイによる福音書』だね。
律法(旧約聖書)を守って安息日を過ごし、天使が石を転がしたから、「rhythm&blues」と「rock&roll」というわけ。
28:1 さて、安息日が終って、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリヤとほかのマリヤとが、墓を見にきた。
28:2 すると、大きな地震が起った。それは主の使が天から下って、そこにきて石をわきへころがし、その上にすわったからである。
どんだけ!?
まだまだ。
さらにポール・サイモンは畳みかける…
You can sit on the top of the beat
You can lean on the side of the beat
You can hang from the bottom of the beat
But you got to admit that the music is sweet
ビートの上に座ってもいい
ビートの横にもたれてもいい
ビートの下にぶら下がってもいい
そしたら君もこの音楽がスイートだとわかる
ビートの上、横、下? これは何でしょう?
「上に座る」は、さっきの「入口の石の上に座る天使」のことだろう。
そして「脇にもたれる」は、『ヨハネによる福音書』の天使だ。
20:12 白い衣を着たふたりの御使が、イエスの死体のおかれていた場所に、ひとりは頭の方に、ひとりは足の方に、すわっているのを見た。
じゃあ「ぶら下がる」は?
ユダの最期だろうね。木にぶら下がっていたから…
なんと…
これでポール・サイモンによる「復活」の歌『Ace in the Hole』は終わり。
ポール・サイモンにとっての「Ace in the Hole」である「音楽」とは、魂の救済、つまり「福音」に他ならなかったということだ。
それにしても…
ポール・サイモンは、よくこんなアイデアを思いつくわよね…
「Ace in the Hole」というポーカー用語を駄洒落にして、ここまで物語を膨らますなんて…
いったいどこから、こんな発想が湧いてくるのかしら?
「Ace in the Hole」の駄洒落は、彼の「オリジナル」ではない。
元ネタがあるんだよ。
え?
ホントですか?
その通り。松坂桃李。サンセット大通り。
またその三段活用?
深夜の告白…
は?
アパートの鍵、貸します。
ハ、バカ言わないでよ!そんなの受けとれるわけないって!
アンタには良ちゃんがいるでしょ!浮気はダメ、絶対!
七年目の浮気。お熱いのがお好き?
す、好きだけど…
じゃなくて!何言ってんのよ、もう! わけわかめ!
皇帝円舞曲。Shall we dance?
(舞い始めるヒロノブ)
踊らなくていいの!
誰か止めてーーーー!
ビリー・ワイルダーですね。
ピタッ
と、止まった。
いったい何だったの?
ヒロノブさんは、皆に「ビリー・ワイルダー」という名前を伝えるため、ワイルダーの代表作を連呼していたんですよ。
なんで?
ポール・サイモンの曲『Ace in the Hole』と映画『ワン・トリック・ポニー』は…
ビリー・ワイルダーから強い影響を受けて作られたもの…
それをヒロノブさんは伝えたかった…
ですよね?
その通り。松坂桃李。サンセット大通り。
そういうことだったのね…
映画『サンセット大通り』は、ビリー・ワイルダーの代表作だったわ。
フランソワ・トリュフォー、レニ・リーフェンシュタール、フランシス・マリオンに続いて、今度はビリー・ワイルダーなの?
ポール・サイモンは、映画『ワン・トリック・ポニー』で商業音楽業界の内幕を描いた…
華やかそうな見た目とは真逆の、ドロドロとした内幕をね…
その元祖といえばビリー・ワイルダーだ。
『サンセット大通り』では、ハリウッドの内幕を…
そして『Ace in the Hole』では、メディア・報道の内幕を赤裸々に描いた…
は? エース・イン・ザ・ホール?
ポール・サイモンは、ビリー・ワイルダーの作品タイトルを、そのまま曲名に使ったんだよ。
1951年公開の映画『Ace in the Hole』のタイトルをね…
カーク・ダグラスって、マイケル・ダグラスのお父さんでしたよね。
ちなみに邦題は『地獄の英雄』っていうのか…
ポール・サイモンは、この映画の「タイトル」だけでなく「アイデア」も丸ごと自分の作品に取り込んだ。
余程この作品が好きだったんだろう。
アイデアをそのまま取り込んだ?
ビリー・ワイルダーの『Ace in the Hole』と、ポール・サイモンの『ONE TRICK PONY』および『Ace in the Hole』は、そんなに似てるの?
ビリー・ワイルダー『Ace in the Hole』の主人公チャック・テイタムは、以前はニューヨークにある一流新聞社のトップ記者だったけど、落ちぶれて田舎を転々としている新聞記者…
ある時、チャンスをつかんで「復活」が目の前までやって来るんだけど、そのチャンスには重大な問題があり、最後はそれを自ら放棄してしまう…
「新聞記者」を「歌手」に置き換えたら、そのまま『ワン・トリック・ポニー』だ…
ちなみにテイタムが「復活」を賭けたチャンスとは、崩落事故で岩の洞窟に閉じ込められた「穴の中の男」を救助すること…
しかもセンセーショナルに…
センセーショナル?
テイタムは事故現場にたまたま居合わせ、すぐに「穴の中の男」を救出することが出来たんだけど、それをせずに、わざと数日遅らせる…
そしてその間、新聞で大々的に報道し、大衆の関心を煽りまくって、全米が大注目する世紀の大ニュースに仕立て上げるんだ…
こうして「穴の中の男」は華々しく洞窟から救出されるが、数十日後に死んでしまう…
洞窟内で大量の粉塵を数日間も吸い込んだことが原因だった…
責任を感じたテイタムは、良心の呵責に苛まれてしまう…
そして自ら「復活」のチャンスを放棄し、最後は自ら命を絶つ…
これがビリー・ワイルダー『Ace in the Hole』のストーリーだ。
どっかで聞いたことあるような…
アタシの気のせい?
これって…
イエスの「復活劇」がベースになってますよね?
え?
「穴の中の男」の死に責任を感じて最後に命を絶つテイタムは…
イエスを裏切ったユダそのものです…
その通り。
男が岩穴の中から出て来て数十日後に天に召されるのも、イエスの「復活」と全く同じ…
ビリー・ワイルダーの『Ace in the Hole』は「復活」を題材にした物語なんだよ。
だから主人公テイタムは、こんな名台詞を吐く…
「俺も今までいろいろと嘘をついてきた。ベルトをしてるヤツも騙したし、サスペンダーをしてるヤツにも嘘をついた。だが、ベルトとサスペンダーの両方をしてる人だけは、騙せない… 」
どゆこと?
ベルトとサスペンダーを両方してる人なんて滅多にいないから、結局「この俺様に騙すことが出来ない人などいない!ドヤ!」ってこと?
「ベルトとサスペンダーを両方してる人」というのは、彼自身なんだよ。
は?
だから彼は自分自身に嘘をつくことは出来ない…
だから彼は「穴の中の男」の死に責任を感じて、自ら命を絶ったんだ…
なるほど。
しかしなぜ「ベルトとサスペンダー」なのでしょう?
別に他の物でもよかったと思うのですが…
ちゃんと意味があるのよ。
ベルトとサスペンダーの違いは何?
えーと…
ベルトは横方向に巻くものですよね。
サスペンダーは?
サスペンダーは縦方向です。
それを両方つける…
つまり全部まとめたら?
全部まとめる?
あっ…
そういうこと。
「ベルト」と「サスペンダー」で「十字架」になるんだよね。
つまり「ベルトとサスペンダーを両方つけてる人だけは騙せない」というのは…
「十字架につけられた人だけは騙せない」という意味だったんだ。
「Ace in the Hole(穴の中の至高)」こと、イエス・キリスト。
やられた…
ポール・サイモンもビックリの仕掛け…
ちなみにポール・サイモンが「200ドルは Ace in the Hole」と言って売人と取引したのも、ビリー・ワイルダーの『Ace in the Hole』が元ネタ。
主人公テイタムは、自分を売り込む際に「あんたに200ドル儲けさせてやるぞ」と言う(笑)
マジですか~
ポール・サイモンは、ビリー・ワイルダーに対して、相当な思い入れがあったんだろう…
同じ「キリスト教社会に生きるユダヤ人」というバックボーン…
苦楽を共にし、ついには業界の頂点まで登りつめた相棒との決別…
二人にはとても共通点が多い。
ビリー・ワイルダーに関しても、話したいことは山ほどあるんだけど、このへんにしておこう。
僕らは先を急がなくてはならない。
7曲目は『Nobody」ですね…
ポール・サイモンの、悲痛な想いが、ストレートに歌われる「哀歌」…
つづく
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