「深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)完結篇㉖&読みたいことを、書けばいい。」(第252話)
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2020年 ✕月✕日
南の島
とある施設の中
それじゃあ…
そろそろ「INARI」について話してもらいましょうか…
君が「猿ヶ島」で見たという、INARIの祠(ほこら)について…
そう急かさないでよ。
その前に猿たちの秘密について話しておかなきゃ。
サルたちの秘密? なあにそれ?
あの島の猿たちは、ビックリするくらい知能が高かった。
ありえないくらい賢かったんだ。
『猿の惑星』の猿みたいに?
そう。中に人間が入ってるんじゃないか、ってくらいのレベル。
あの島で彼らと暮らしているうちに、僕はいろんなことに気付いた。
たとえば?
彼らは僕たち人間と同じように恋愛をしていた。
恋愛を?
そう。そして若いオスたちはみんな、一匹のメス猿に夢中になっていた。
SYRちゃんというメス猿に。
SYR? 変わった名前ね。
彼らの言葉は発音するのが難しいから、僕らが知ってる一番近い音「SYR」で表しただけ。
「スワーユゥーリィー」が原音に近いんだけど、いちいちそう言ってたら舌噛んじゃうでしょ。
なるほど、確かに。
SYRちゃんは人間の僕から見ても可愛い女の子でね…
しかも決してオスに媚びない、プライドの高いメスだった。
いくらオスたちが「好き好き」言っても、簡単にはなびかない、気品のあるメスだったんだよ。
学園のアイドルっていうかマドンナみたいなタイプね。
男子みんなの憧れの存在的な。
そう。つむじ風のナッキーみたいな感じ。
なっきー?
男子だけじゃなくて女子からも人気があったってこと。
女子からもラブレターとか、もらっちゃうタイプだよ。
下級生からは女神様って呼ばれたりして。
なるほどね。いたいた、そういう子。
だけど、ある日のこと。
難攻不落かと思われたSYRちゃんを、ついに一匹のオスが落とした。
あのSYRちゃんに「好き」だと言わしたんだ。
えっ?
それまでオスたちから言われることはあっても、自分からは絶対に口にしなかった「好き」という言葉を、SYRに言わしたの?
その通り。SZK君というオスがやってのけた。
たいしたもんね、SZKクン…
ちなみにこれは「サザキ」って発音するの?
サザキじゃないよ。スゥーズゥーキィーだ。
やっぱり難しいわ。
そしてSYRは身籠った。
え? ちょ、ちょっと待って…
い、いきなりニシン?
妊娠ね。
そ、そう。妊娠…
だけど普通、何度かデートしてからでしょ?
お洒落して、いっしょに海を見に行ったり、おいしいものを食べたり…
それからファーストキスして…
海なんて島のどこからでも見えるし、それに彼らは普段、何も食べないんだ。
え?
僕が海でエビやカニやタコを捕まえて彼らにお裾分けしようとしても、ちっとも口にしない。
落とし穴でイノシシを捕まえたこともあるんだけど、結局僕一人で食べることになった。
何も食べずに、どうやって生きてるの?
僕もずっとそれが疑問だった。
彼らは高度な知能だけでなく、病気ひとつしない強い身体をもっていたからね。
寿命もすっごく長い。みんな百年以上生きるって言ってた。
長老なんて数百歳レベル。
数百歳? そんな馬鹿な…
だけど、ある満月の夜。その謎が解けた。
彼らには秘密があったんだ。
秘密?
その夜、彼らのねぐらが空っぽなので、僕は妙だなと思った。
あたりを見回しても、一匹も姿が見えないんだ。
姿を消した? どこかへ行っちゃったってこと?
僕は彼らを探し歩いた。
そして僕は、島の中央にある小高い丘から流れてくる、不思議な歌声に気付いた…
歌声? どんな?
忘れもしない。
それはこんな歌声…
♬TKNTKNTKN~♬
タカナタカナタカナ?
2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
またトラが歌った…
いかした君たち見習って
僕も華麗に変身するよ
だって…
は?
うふふ。
・・・・・
華麗に変身? いったい何に?
ばかめ。トラは答えを言っておるじゃろ。
あれは駄洒落じゃ。
ダジャレ?
わかった!カレーライスだ!
キレンジャーに変身するってことですね?
おぬしは阿呆か?
アレは元々キレンジャーみたいなもんじゃったろう。
あ、確かに…
トラは「魚」のことを言っておるのだな。
サカナ?
おそらく「華麗」とは…
「カレイ」のこと…
カレイ?
トラが魚に変身する? どうして?
『ジョゼと虎と魚たち』のことじゃない?
田辺聖子は、ラストシーンでジョゼと恒夫を、魚に変身させたでしょ?
ジョゼも恒夫も、魚になっていた。
――死んだんやな、とジョゼは思った。
なるほど…
そういえば『ライフ・オブ・パイ』でも、人間を殺すシーンは「魚」に置き換えられていました…
フランス人コックをナポレオンフィッシュに置き換え、残酷なやり方で命を奪い、その血肉を口にする…
うふふ。
ヤン・マーテルは田辺聖子の『ジョゼと虎と魚たち』を基にして『ライフ・オブ・パイ』を書いた…
だから「魚」の使われ方も、ソックリなのよね…
Yann Martel
そして、その元ネタも太宰治。
ええっ?「猿が島」や「虎」だけでなく「魚」も太宰治なんですか?
その通り。
『猿ヶ島』と同様に、太宰の処女短編集『晩年』に収録されている『魚服記』が元ネタだ。
ぎょふくき?
服を着たサルではなく、服を着たサカナですか?
『魚服記』は、処女短編集『晩年』の中でも、最初期に書かれた短編小説…
初出は1933年に出版された同人誌『海豹』…
後に太宰は自叙伝的作品『十五年』の中で、『魚服記』を「作家生活の出発」と語っている…
つまり、「作家・太宰治」の原点であると…
小説のタイトル『魚服記』もさることながら、同人誌のタイトルが「海豹」というのも変わってますね…
「海豹」って何のことでしたっけ?
江戸?
それは「黒豹」。
「海豹」と書いて「アザラシ」と読む。
海の豹がアザラシ?
それじゃあ英語だとシー・パンサーなの?
そうじゃ。
シー・ライオンならアシカ。海獅じゃ。
ん?
アシカって「海驢」じゃなかったでしたっけ?
海のロバ(驢馬)と書いてアシカ…
阿呆。アシカとロバのどこが似とるんじゃ。
アシカは極めて知能と身体能力が高い肉食動物で、ロバとは似ても似つかぬ正反対の存在。
おぬしの頭は大丈夫か?
アシカは海獅? そうでしたっけ?
たぶんそうだったかも…
セイウチは象に似てるから「海象」だし…
ラッコは獺(カワウソ)に似てるから「海獺」…
うふふ。
どうしました?
トラが「その通り」って言ってる(笑)
おかしいなあ…
何だか訳が分からなくなってきました…
アザラシは漢字で「海豹」までは合ってるような気がするんですけど…
英語は「シー・パンサー」でしたっけ?
細かいことはいいのよ。どうせ全部意味の無い「当て字」なんだから。
それよりも太宰の話に戻りましょ。
『ライフ・オブ・パイ』と太宰の関係…
ヤン・マーテルは、本の中の「覚え書き」で、興味深いことを書いているの…
覚え書き?
そう。ヤン・マーテルは『LIFE OF PI』の「覚え書き」で…
『Max and the Cats』について言及している…
MAXとCATS?
そんなことくらい知ってるわよ!
どうしました?
トラが自慢げに言ったの…
MAXは、NANA、MINA、REINA、LINA、だと…
そんなことくらい言われなくても知っています。
うふふ。誰も間違わないわよね(笑)
それにしても、なぜヤン・マーテルは「MAXとCAT」の話を?
ブラジル人作家モシアル・スクライアー(Moacyr Scliar)の小説『Max and the Cats』のことだ。
広い海を豹と一緒に漂流する少年の物語…
海を豹と漂流?
『ライフ・オブ・パイ』そっくりじゃないですか!
だけどこれはダミー…
田辺聖子と太宰治を隠すための「おとり」みたいなもの…
おとり?
ヤン・マーテルは、作品の元ネタがバレないように、偽の情報で読者を誘導したんだよ…
そっくりに見える別の作品の名を、あえて出すことでね…
本当は、ほとんど関係ないのに…
うふふ。芥川みたい。
ですね。
芥川龍之介みたい?
どういうこと?
その件については、また後程たっぷりと解説する。
その前にまず太宰の『魚服記』を読んでもらいたい。
『ライフ・オブ・パイ』、そしてその元ネタである田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』を理解する上で、決して避けては通れない作品…
とても短い作品だから、すぐに読み終わるはずだ。
つづく
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