【私の不思議体験:第1位】やっぱりベターハーフとの運命の出会いでしょ?
英国人のダンナさんと結婚して、周りから最も多く尋ねられる質問が「どうやって出会ったの?」です。実は、来年の2021年9月21日が私たち夫婦の「出会い30周年記念日」になるのですが、今日は、その「出会い記念日」をさび付いた記憶を呼び出しながらレポートしますね。
タイトルの「ベターハーフ(better half)」とは、「我が良き半身:自分にとっての大切な片割れ、相棒」という意味です。ステキな表現ですね。
私のダンナさんは、実は、私の好きなタイプの人とはいえません。かっこいいとか、ステキとか、思ったことは一度もありませんし、第一、出会ったときは、私は26歳で、36歳の彼を「中年のビール腹のおじさん」としか思っていませんでした。でも、何となく、この人は私の人生にとって大事な人かもしれないという予感だけはありました。それは、ドラマのように、ロンドンのハイドパーク(トップ画像をご覧ください)から始まりました。
当時、私は英国の首都ロンドンで、日系企業に現地情報等を日本語で伝える月刊メディアの編集スタッフとして勤めていました。渡英して1年が経ち、異国での暮らしにも少し慣れはじめた頃でした。
その日は、1991年9月21日、日英友好100周年「ジャパンフェスティバル」がロンドンの中心地区にある公園「ハイドパーク」で開催され、私は写真を撮ったり、参加されている方々にインタビューしたりしていました(ジャパンフェスティバルを報じる「Time Out」という情報雑誌のカバーページはこちらからご覧いただけます。雰囲気がお分かりいただけるかしら?👇)。
お昼間は、流鏑馬(やぶさめ)、相撲、盆踊り、などがステージ等で披露され、私は見物客の何人かに感想を聞いて回っていたのですが、その中の一人にダンナさんがいました。でも、そのときは他の取材相手と何の変りもなく、インタビューした後、お礼を言って別れました。
そして、夜の8時ごろだったと思います。祭りのフィナーレの催しとして、打ち上げ花火が始まりました。たくさんの人たちが集まって、花火を見ていました。
「花火の写真を撮るのは難しいなぁ」…なんて思いながら、群衆を見渡すと、なぜか、暗い中にスポットライトが当たっているかのように、先ほどインタビューした人、つまり、ダンナさんがいたのです。不思議ですね😮
その後、「日が暮れると寒いですね」「急に気温が下がったからね、お茶でも飲んで温まるのはどう?」みたいな会話をして、パークレーン(道路の名前)を横切って、ヒルトン・ホテルの1階のカフェに行き、1時間ほどお話をしたことから始まりでした。いろいろと共通点もあり、私のお花(草月流)の先生が、彼の家の近くに住んでいたことから、翌週のレッスンの後、食事をすることになりました。
というのが出会いの日のストーリーでした。いかがでしょうか?
まさか、この人と結婚するとは思いませんでしたし、この人を連れて日本に帰ってくることになるとも全く想像だにしていませんでした。ダンナさんも「僕の人生はこんなはずじゃなかった(日本に来る予定はなかった)」といいます。それについては、私からすれば、感謝しかありません😊。もしかしたら、ロンドンへ行ったのはダンナさんに会うための運命の引き寄せだったのかもしれない、とさえ思えてしまいます。
さて、みなさんにとって運命の出会いも、ぜひ機会があれば聞かせてくださいね。長文、お粗末様でした。
最後にハイドパークに関心を持った方は、バーチャルツアーを下記リンクからお楽しみください👇。