#128 憂鬱だった仲間内の飲み会が終わって
まずはこちらの記事からお読みください。
今回は参加してどうだったの???という自分の気持ちを整理する記事です。
有意義で楽しかった
やはりというか、自然な流れではあるんだけど、飲み会当日に書いた記事でも触れた通り、各々が現在のライフスタイルに準じたコミュニティを確立しています。
共通項は、老眼・健康くらいです。
もれなく全員に老眼がきていたことに少しホッとしましたwww
個人的にショッキングだったのは、田舎で生活するうえで必要な情報収集アンテナが弱りすぎていることでした。
そういう情報必要?と思われるかもしれませんが、生まれ育った地元で生きていくのなら「必要」です。
あくまでも「生まれ育った場所で生活するなら」というのがポイント。
今回インプットできたことが多くて有意義でした。
私は両親との3人暮らしなので、両親世代から得る情報には長けているんですが、お子さんがいる世代の動きは全く入ってこないので、それぞれが持ち寄って地元情報を強固にするのはいい事だと思いました。
高校時代や毎月集まっていた20代のころの思い出話は、懐かしいなぁという感情以上でも以下でもなく。そういう話が主体だったら二度と行かないって心に決めて帰宅したかもしれないです。
私の仲間はいい意味で特殊かもしれない
今回は私がお酒を飲まなかったので、参加する数人をピックアップしながらお店に向かったのですが、もう10年以上会っていないのに、「久しぶり」とあいさつはするものの、車内は「○○の通り沿いにドラックストアできたね」「あそこの店オーナー変わってから品ぞろえ悪くてダメだわ」とか井戸端会議が続きます。
お店に着いて、それぞれの近況は簡単に話したものの、そこを掘り下げるというよりは、それぞれの現在地がだいたい確認出来たら、再び車内で繰り広げられた井戸端会議に戻るんですよね。
毎月集まっていた頃と何ら変わりません。
10年以上会わなくても自然にそれができるのはある意味特殊かも。
私が構えすぎていただけだろうか
結局私が話したのは今の勤務先がどこかということだけ。
パニック障害になった話もしなかったし、社会から離脱した話もしなかったし、婦人科の病気で手術した話もせずに終わりました。
仕事の話になれば、年次的にもポジションの話とか少々マウンティングに向かいがちですが、そんな話は一切出ません。
子どもの話されても、私子供いないからよく分かんないし面倒くさいなぁ・・・っていう気持ちが先行していました。
結果的に仲間と話すことのハードルは自分が思っていたより低いどころか、昔のまんまだったことはとても良かったです。
人が密集する場所はキライ
やっぱり辛かったのは人が密集する店内。
もう少し空間が広くてゆっくり食事ができる場所がいいけど、そういうところはお値段にも反映しますから、みんなで集まるには予算的に厳しいですね。
詰め込まされている感じがあって胸が苦しくなるんですよね。
寛解しているとはいえ、こういう時にパニック障害の症状の片鱗がちょっとだけ出ちゃいますね。
結論:年に1回・1軒でいいかな
最終的に3軒行ったそうですが、私は1軒でじゅうぶん。
2軒目以降はだらだらするだけですからね。
年に1回みんなの顔を見て、地元情報をインプットするくらいでいいのかなと感じました。
もし最後までお読みいただいた方がいたとしたら、個人的な気持ちの整理にお付き合いいただき恐れ入りますという気持ちです。