E120: 幼き日の地下鉄
とにかく、昭和の地下鉄は薄暗くて、子供心に怖かったのである。
僕は基本的に電車が好きで、いわゆる「鉄ちゃん」である。
ただ、好きなんだけど、ちょっと怖いというか、不思議な場所として認識していたのが「地下鉄」
今は、大阪の地下鉄も、駅ナカ施設ができたり
相当明るくておしゃれになっているのだが、
昭和の頃の「大阪市営地下鉄」は
(僕の勝手なイメージに過ぎないが)
入り口から階段降りると、うっすら、酢こんぶのような匂いがして、なんとなくもわーんと生暖かくて
全体的に薄暗くて、やたらダダ広くて、関係者以外立ち入り禁止的な謎の部屋、ドアがたくさんあって、
この奥はどんな部屋が広がっているんだろう?
このドアを抜けるとどんなふうになっているんだろう?
どうしてこんな生暖かいんだろう?
どうしてこんなに不気味なんだろう?
空想坊主がそんなことを一つ一つ考える暇もなく、母親に手を引かれ、ホームに降り立つと、
ホームはホームで、それなりに
薄暗かったような気がするのである。
今はしっかりとしたLEDの電光掲示が照らしているが
あの頃は、真っ黒い画面に
急にもわーんと白い文字が浮かび上がって
「谷町四丁目を出ました」とか
「森ノ宮に着きました」とか
あらかじめ決まった内容が順番に点灯していくだけの、シンプルなものだった…。それがちょっと不気味で…。
もちろん、その後ホームの両端に目を転じると
そこには、無機質なトンネルが広がっているわけで…
怖いから嫌だったのかと言うと、そうではない。
ここがややこしいところなんだが、
なんだか、そのゾクゾクっとする感じが、秘密基地に入っていくような、母と地下に潜って探検しているような期待感と混ざって、おもしろかったのである。
その薄暗い地下鉄の売店で
フルーツ牛乳を買ってもらって
無愛想なおばちゃん(注そう見えただけかもしれない)
から手渡しで受け取る。
それも都心にお出かけした時だけの特別感があった。
今はその売店は全部「ミニコンビニ」に
変わってしまい
当時の面影はなくなってしまった…。
ペットボトルは置いてあるが、
フルーツ牛乳が置いていない…
キリで蓋を開けてくれるおばちゃんもいない…
空の牛乳瓶置き場もない…
まぁコンビニに罪は無いけれど…
僕の手を引いて、あんなに勇ましかった母は
今やちょっと複雑な乗り換えコースになると
{ど、どうしよう!)とあたふたする…
「フルーツ牛乳?なにそれ? アタシがそんなことした? 小さいあんたを病院に連れて行くことで精一杯だったから、よくあんな複雑な地下鉄に乗ってたと思うわ…」
ふふふ
そうだったんだね。
あの頃、どうりでちょっと怖い顔してた笑
大阪の地下鉄
ちょっと生暖かくて暗い感じ
この感覚を東京で言うなら
30年前の丸ノ内線と銀座線が近い。
階段降りると、すぐホームで
なんとなく、薄暗くて生暖かくて
不思議な空間だった。(もう平成だったけど…)
それにしても
なぜあの頃の地下鉄は薄暗かったのだろう
なぜあの頃の地下鉄は生暖かかったのだろう
なぜあんなにドアがたくさんあったのだろう
あのドアはどこに続いていたんだろう
なぜ(大阪だけだが)酢昆布の匂いがしたんだろう
今でも解決しない謎である。
【66日ライラン 35日目】
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