E1:午前5時の「お揚げさん」
(2022年4月追記:僕の「おかぐちや」は、この店の屋号から、とりました)
祖父母の家は豆腐屋だった。
2人とも彼岸に旅立ってしまったので、当然店はもうない。
豆腐屋の朝はとても早い。
近くにあった「国鉄」の踏切でさえ、まだ眠っている、
そんな時刻に祖父母はお店を開けた。
小学生の頃、泊まりに行くと、僕は決まって5時ごろ目を覚ました。
普段はそんなに早起きではないのに、
祖父母の家に行くと自然と目が覚めてしまう。
朝5時……僕にとってはとんでもなく早起きだが、
祖父母の仕事はとっくに始まっている。
僕は飛び起きると、階段を駆け下り、
豆腐を作っている祖父ではなく、
「お揚げさん」を揚げている祖母の傍に立った。
これでは祖父に可愛がられないわけだ。今思えば申し訳ないことをした。
とにかく、僕は、ばあちゃん子だった。
水分を抜いた豆腐が次々に油の中で踊り、キツネ色に染められて、
「お揚げさん」になってゆく。
僕はその様子を、飽きることなくただ眺め続けた…。
「あんた、どっかお散歩でも行っておいでよ。こんなんずっと眺めても面白ないやろ」
祖母は笑う。でも僕は動かない。
朝の張り詰めた空気と、立ち上る香ばしい香り。
僕の中にずっとある「香りの記憶」
思い出すとほんのりあたたかい。
「ほれ、ばあちゃんの手、見てみい。油が飛んで火傷だらけやで。あんた、こんな仕事がええのん?」
豪快な、あの笑い声が今も僕の頭の中に響いている。
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