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E63: 209円
仕事の関係で、用事が出来たので、久しぶりに朝の銀行に行った。
今まで僕はその銀行に口座はなく、初めて足を踏み入れた。
「私どもで口座を作ってくださったことは、ありますでしょうか?」
窓口で質問されて、当然「ありません」と答える。
ん?
でも、ちょっと待てよ…。
その銀行の「前身の前身の前身の前身」の銀行
くらいなら、ひょっとしたら…。
そう。
僕たちの若い頃は、大小もっとたくさんの銀行があった。
ふと思いなおして伝えた。
「大昔にあるかもしれません…」
生年月日を告げると、古い記録を調べてくれると言う。
免許証を提示した上で、しばらく待つと、窓口に呼ばれた。
「今のご住所から、何回か移られていますか」
「はい」
「●●市…これに何か覚えはござい…?」
「あっ!」
正確な住所、番地までを伝えると、
「間違いないですね。30年以上前にお取引が途絶えている合併前のお口座がございます」
いくつかの審査をした上で、合致が確認されると、口座に残っていたお金を返金してくれる、という。
「で、いくら残ってます?」
209円
ちょっとワクワクした分、お金を受け取るのが少し恥ずかしかった。
もともとの用事を済ませると、
209円をポケットに入れて、僕は銀行を出た。
最近はポケットに小銭をジャラジャラさせることもめっきり減った。
209円か…。
31年の時を経て、僕の手のひらに乗ったお金。
若かりし頃、ギリギリまで使って、口座をほったらかしにしていたんだろう。
まぁ、缶コーヒーでも買おうか。
自販機にお金を入れかけて、
ふとその手を止めた。
31年前……?
思い出した。
母が僕に仕送りをするために
やりとりしてくれた口座だった。
そうか。
あの時の口座だ!
一つ思い出すと、いろいろ思い出してくる。
改めて手の中の「209円」をまじまじと見つめた。
つい30分前は「209円」と聞いて、
思わず、鼻で笑ってしまったのに、
何故だろう、なんだか自販機の前で
急に泣きたくなった。
結局使えずに持って帰ってきた「209円」を眺めながら、これを書いている…。