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OLおなら戦線24時 オフィス編

あーだめだ今日も今日とておならがくさい。

やばいな。”プェッピオ“飲んでくればよかった。

馴染みの整腸剤のことを思い浮かべながらお腹にやや力を入れ、今そこにあるのは音が出るタイプの“それ”か否か、探る。

一色は、美容と健康に興味を持つ、普通のOLだ。しかしながら人よりおならの回数が多く、またにおいも酷い気がしており、ひそかに悩んでいた。4年前、”プェッピオ“を製造しているこの製薬メーカーに入ったのも、それがきっかけだった。

あ、これ、いける…

…あぁー、ダメダメいけない。

音出ちゃう…

「一色さぁん」

「はいぃ!」

青木さんに呼ばれ、必要以上に飛び跳ねた声が出てしまった。驚いた拍子におならが出…なかった。良かった。耐えた。お腹に力を入れすぎると逆に出ないものだ。

「これって桃田部長の許可取った?」

光の速さで青木さんの席まで行くと、彼は一色が昨日出した書類を掲げて言った。長い指が紙のつるっとした表面を捉えているのに、つい見惚れてしまう。

青木さん…今日も激カワ!色っぽい…!!!!

このご時世なので当然マスクをしている青木さんだが、形の良い鼻筋が隠しきれていない。

「取っ…てはないんですけど、白井部長の方から桃田部長に話が行きます」

「あ、そうかそうか、なら大丈夫か…」

「基本この申請の時って、こっちから直じゃなくて上長同士で連絡するみたいで」

「あっそういやそうだっけ。さすが一色さん。ありがと」

「あっいえ」

彼が自分のデスクに向き直ったのを見届け、自分の席に戻る。

はぁ、朝から(とはいえもう10時半だけど)青木さんと話せた…!

自席の方向に振り返ったのを良いことに顔がにやけそうになる。胸がいっぱいなのを感じた。と同時に、お腹をいっぱいに満たすガスを再認識した。

青木さんと一色の席まで(彼女が”ソウイチロード”と呼び愛でている通路だ。青木さんの下の名前が蒼一郎であることに由来。実にしょうもない)、たまたまデスクに人がいなかった。この部署、みんなミーティング中か。

よし。今だ。発射。

プシュウゥ…

一色はほとんど音の出ない小さなロケットを1つ、発射させた。肛門に熱が宿る。良かった。この程度の音なら、誰にも聴こえない。青木さんにお尻を向けた状態であることに罪悪感があるけれど、1m以上離れているからご容赦頂きたい。また、マスクを少し外して試しに嗅いでみるとやはり少し匂いがすることに気付き焦ったが、ここからヘンゼルとグレーテルのように道々匂いを置いて行きながら進めば、何食わぬ顔で自席に戻る頃には完全に消滅していることだろう。

…完璧だ。さて、午後の会議の

「一色さん」

「はイィ!!!!」

背後に青木さん?!?!

終わった。完全に終わった。

なんなら今のでプピッという追いおならが出た。

なんということだ

なんということだ

なんということだ!!!!

どうかどうか青木さんにバレていませんように…!!!!

いつからいたんだろう。匂いしてるかな。

(でも感覚でわかる。最後のプピッはそんなに匂いがしないやつだ。一色の第六感は冴えていた)

「午後の会議のことなんだけどね」

はい、はい…と返事をしながら、一色は持っていたクリアファイルでお尻の後ろをパタパタと小さく仰ぎ、また、鼻から気持ち多めに息を吸い、匂いを全て吸い込んで証拠隠滅に努めた。普段は人の目を見て話す癖がある一色も、さすがに青木さんの方を見れない。

じゃあよろしくと笑顔で青木さんが去っても、やがてランチタイムになっても、一色の心は晴れなかった。

「なぁに飲んでんの」

「わっ」

女子更衣室で”プェッピオ“を3錠飲んだと同時に後ろから同期入社の彩に肩を叩かれた。はずみで、多めに息を飲み込んでしまった。無意味に空気を飲みすぎるのもおならの回数が増える原因になってしまうというのに…

二階堂彩のメイクはやや濃いめでありながらも垢抜けており、絶妙なところを突いている。釣り上がった眉尻の下で、いたずらっぽい目が一色を見ていた。至近距離だと同性でもドキドキする。

「あ、プェッピオ?弊社のじゃ~ん。お腹の調子悪いの?」

「いや大丈夫。でもこれ飲むとね、おならが無臭になるの」

彩は爆発しそうなくらいに笑った。不意打ちだったのだろう。一色も彩も、もう今年で27歳だというのに、おならやうんちの類いの話がいつまで経っても好きだった。しかし彩みたいな美人タイプが下品な話で大喜びしているのは一色にとっても愉快だった。

「無臭ぅ?!無臭なことあるう?!」

「あるのよ、それが。そう。プェッピオならね」

「やかましいわww iPhoneみたいに言うなwwww」

ヒーヒー言いながら、ふと落ち着いた彩が「じゃあ今してみてよ」と言った。一色はンッ…と肛門に力を入れる。

「だめだ出ないわ」

「いや本当に出そうとするのやめてw」

本当に無臭になるんだけどなぁ、としょんぼりしながら更衣室を出たら、後ろにいた彩が更衣室の電気を消してくれた。

「良かった、うちら以外誰もいなかったよ。およそ人様には聞かせられない話してたよね」

青木さんにバレたのかがまだ気がかりだった一色はそれには返事をせず、そしてそれを彩も気にせず「よっしゃ午後も頑張ろう〜」と独り言を言った。

一色は、おならって出て欲しくない時には出るくせに出て欲しい時には出ないんだなぁ、と思った。



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