見出し画像

なぜ重婚は禁止されるのか?

はじめに

重婚(複数の配偶者を持つこと)は、近代の多くの国で法律的に禁止されています。宗教的・倫理的な理由が大きいとされる一方で、「家族や氏族の力が強くなりすぎると、国家や社会秩序に影響が及ぶ」という政治的・社会的な理由も考えられます。
本記事では、古代日本の有力氏族だった**「蘇我氏」を引き合いに出しながら、「重婚が許されると家族や氏族のネットワークが肥大化し、結果として“部族社会化”してしまうのではないか」**という仮説を掘り下げてみたいと思います。


1. 家族の力が強大化するメカニズム

1-1. 血縁と婚姻によるネットワーク拡大

重婚が認められている社会(あるいは歴史的に存在した社会)では、複数の配偶者を通じて多くの血縁関係・婚姻関係が形成されることになります。

  • ひとりの人物に配偶者が何人もいる → その配偶者が持つ血縁・縁戚も加わる

  • 結婚によって財産や政治的権威の継承、さらには軍事同盟のような相互利益が生まれやすい

こうして拡張された「氏族ネットワーク」が、他の氏族や政治的主体と比べて圧倒的な影響力を持つ可能性が高まります。

1-2. 資源や権力の集中

婚姻関係が増えれば増えるほど、当事者が保持する土地・財産・人材などの資源を集約しやすくなります。特に古代社会では、政治的影響力=人を動員できる力とも言えました。結果的に、一族の内部での格差拡大とともに、氏族全体が社会的ヒエラルキーの上位を独占するような状態が生まれる可能性があります。


2. 蘇我氏の事例から見る「氏族の力」の膨張

2-1. 蘇我氏とは?

蘇我氏は、飛鳥時代(6〜7世紀頃)のヤマト政権において強大な権勢を誇った有力氏族です。推古天皇の摂政である聖徳太子とも深く関わりを持ち、日本史上初期の仏教受容や政治改革に大きく貢献した存在として知られています。

2-2. 婚姻戦略の巧みさ

蘇我氏の権力拡大の背景には、皇族との縁戚関係を巧みに構築したことが大きく影響しています。

  • 皇族の女性を自分たちの一門に迎え入れる

  • 自分たちの氏族の女性を皇族に嫁がせる

こうした「婚姻戦略」を通じて、支配層内での発言力を劇的に高め、ついには皇位継承問題にも大きく影響を及ぼすようになりました。実際、複数の皇族との結びつきによって政治的に優位に立つ姿勢は、**現代でいうところの“氏族ネットワーク肥大化”**の好例といえます。

2-3. 氏族社会への懸念

結果として、蘇我氏の力が極度に強まり、朝廷(天皇)を中心とした中央集権的な構造が脅かされる事態に陥りました。まるで“部族長”が国を牛耳るような状態が生まれ、蘇我氏打倒を目的としたクーデター(乙巳の変、645年)へと繋がったのは有名な歴史的事実です。

ここから推測されるのは、「もし重婚が常態化していたら、婚姻を通じて一族の影響力を何倍にも広げることが可能になり、蘇我氏のような巨大クランがさらに出現しやすくなるのではないか」という懸念です。


3. 重婚が部族社会を生む仮説

3-1. 重婚によるクラン化リスク

先述のように、重婚が可能になると、

  1. 多数の婚姻を通じた血縁網の広がり

  2. 経済・軍事的リソースの集中

  3. 縁戚同士の同盟関係の強固化

といった要因から、特定の家や氏族が極端に権力を持つ可能性が飛躍的に高まります。これが続くと、中央の権威(近代国家であれば政府)に対抗できるほどの“クラン”が出現し、国家秩序を脅かしかねません。

3-2. 「公」と「私」のバランス問題

歴史的には、部族や氏族が強大化すると、「公」よりも「私」のネットワークが大きな力を持ち始め、国家レベルの決定や制度が実質的に“家”によって左右される事態が起こりやすくなります。

  • 血縁優先の政治人事

  • 特定の一族だけが利益を得る制度の固定化

  • “家”に敵対する勢力の排除や衝突

これらは、現代の民主主義や法治主義の理念とは相容れないものであり、社会秩序の不安定要因にもなり得ます。


4. 重婚の禁止は「国家の秩序維持」のため?

4-1. 宗教・道徳面だけではない

現代社会では、重婚は一夫多妻制への道徳的・倫理的批判や「男女平等」の観点から議論されることが多いです。しかし、もっと根源的なところを突き詰めると、国家レベルで“私”の氏族パワーを抑え、社会全体の安定を図りたいという思惑があったのではないか、という見方もできます。

4-2. 一夫一妻制=均衡維持の仕組み?

「一夫一妻制」は、家族あたりのサイズをある程度均質に保ち、極端な資源集中を防ぐ役割を担うと考えられます。言い換えれば、重婚による巨大クラン出現を防ぎ、社会の中での権力バランスを崩さない装置ともいえるでしょう。


5. まとめと余談

  • 重婚は血縁・縁戚関係を肥大化させ、家(氏族)単位での権力集中を招きやすい

  • 蘇我氏のような有力氏族が古代日本で起こした権力膨張は、婚姻戦略の延長線上で捉えられる

  • 現代における重婚禁止の要因は、宗教的・道徳的理由だけでなく、国家秩序を維持するという政治的な狙いも考えられる

もちろん、歴史上、重婚が実際に国家を転覆させたという単純な事例は多くはありません。ただ、例えば中世ヨーロッパの貴族同士の婚姻や中国の皇帝を取り巻く後宮制度など、婚姻が権力に深く関わるケースは古今東西で見られます。いずれにせよ、一族や“家”を通じた影響力が高まりすぎることを各国の立法や制度設計が警戒し、結果として重婚が制限・禁止されてきたと見るのは、十分に興味深い仮説と言えるでしょう。


おわりに

本記事では、「重婚が許されると家族(氏族)の力が肥大化し、ひいては国家を揺るがす部族社会が形成されかねない」という仮説をもとに、古代の蘇我氏の事例を絡めて考察してみました。実際には多面的な要素(宗教、文化、経済、社会制度)が関わってきますが、歴史を振り返ると「強大な婚姻ネットワークがどれほど政治を左右してきたのか」に思いをはせるのは、なかなか興味深いテーマだと思います。

現代の価値観では、“個人”が尊重され、国家も法に基づく秩序を守ろうとします。一方で、古代の日本や他の地域社会を眺めると、氏族的繋がりが強い時代において、ある一族が国家を超える力を発揮することも十分にあり得たわけです。その経験知が、重婚禁止という制度の背後に暗黙裡に含まれているかもしれません。

あくまで一つの仮説ですが、「なぜ重婚は禁止されるのか?」を考えるうえでのひとつの視点として、皆さんの思考のきっかけとなれば幸いです。

いいなと思ったら応援しよう!