この街で唯一私を覚えてくれたパン屋のおねえさんの話。
人に覚えてもらえるって本当に嬉しい。
気にかけてもらえるって本当に嬉しい。
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引越し準備もいよいよ大詰めの中、近所の大好きなパン屋さんに行って引越しの挨拶をしてきた。
私が茅ヶ崎に越して来て、一番最初に…というか、この街の中で唯一。
私を覚えてくれたのが、このパン屋のお姉さんだった。
茅ヶ崎あるあるなんだけど、お店(特に飲食店)の人は基本とってもフレンドリー。
どこのお店でもだいたい、店員さんと常連さんが話している。それが茅ヶ崎。
このパン屋のお姉さんも、はじめて行った時から「今日寒いね」とか「雨ってもう止んだ?」とか「猫好きなの?」とか(カバンが猫柄だったから)、毎回お会計しながら話をしていた。
そして確か3回目にお店へ行った時に「あれ〜?今日雰囲気違うねえ。お出かけ?」と言われて、とても驚いた。
え?私のこと覚えてるの?
というのも、私は「お店の人に覚えられる」ということがほぼほぼない。
たとえば、友達と2度目のお店に行くと、友達だけ「この間も来てたよね」とか言われたり。
「えーっと…私は違う友達とも来てるから、もう4回目なんだけどね…(心の声)」みたいな。
二度目ましての相手に「はじめまして」なんて言われることもしょっちゅう。
多分、見た目的に印象が薄いからだと思うし、コンプレックスとかそういうのを感じることは今はもうなくて(昔はありました)、「私ってそういう人」という認識。
だから、「え?私のこと覚えてるの?」って、すっごく驚いたんですよ。
だってそのお店、行列ができるぐらい人気のパン屋さん。
二言三言交わしただけの相手のことを、しかもこんなに覚えにくい私のことを覚えてるの?って。
驚いたと同時に、すっごく嬉しかった。
「あ、はい。これから友達に会いに東京へ」
「やっぱりー?いつももっとナチュラル…ていうかお化粧っ気ないもんねえ。だけど、今日綺麗にしてるから!いいわねえ、お出かけ!あはは!」
その時、「ああ、私のことを「私」として、認識してくれる人がこの街にできたんだなあ」って。
すっごく嬉しかったんだ。
他にも美味しいパン屋さんがいっぱいあるから、時々しか行けなかったんだけど、行くと毎回何かしら声をかけてくれて、それが嬉しかった。
特にコロナの自粛中は、オンラインではなく話をする機会が、多分このパン屋さんぐらいしかなかった。
二言三言でも、たとえ天気の話でも、人と話ができることが、しかも「私」と話をしてくれる人がいることが、本当に救いだった。
だから、引越しを明日に控えた今日、挨拶に行った。
午前中通りかかったら相変わらず行列だったので、夕方まで待った。
少し日が傾きかけた頃、お店を覗くと、珍しくお客さんが誰もいなかった。もうパンは3種類しか残っていなかった。
でもその中に、私の大好きなきなこパンがあった。
それをトレーに入れてレジに行き「私、明日引っ越すんです」と言った。
愛知の実家に帰る、ということ。
このお店が、このお店のパンが大好きだったこと。を伝えた。
「私を覚えてくれてありがとう」が言いたかったけど、多分泣いちゃうから言えなかった。
お姉さんは「あら〜そうなの〜。実家は楽でいいわよね!もしも万が一こっちに遊びに来る機会があったら寄ってね。その時は、彼氏と一緒にね!あはは!」と言った。
名古屋の話や髪型の話など、ひとしきりして「じゃあ、また」とお店を出て、自転車にまたがった。
*
引越しのため、冷蔵庫も引き取ってもらって何もない部屋で、きなこパンが私の最後の夕飯になった。
机の上が粉だらけ。でも美味しい。これがもう食べられないなんて。
いつかまた来よう。
「本当に来ちゃいました」そう言って、もう一度あのお店のドアを開けよう。
その時まで、覚えていてくれるかな。
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