冬の美瑛に行くなら、まず足を確保することをオススメする。じゃないと、私みたいに雪の中を2時間近く歩く羽目になるよ。な話。
冬の北海道で見たかった風景のひとつ、それはどこまでも広がる雪原。
そして、その雪原の中に一本だけ立つ木。
どこに行けばそういう景色を見られるのか調べたところ、出会ったのが美瑛だった。
ドラマ「北の国から」や、ラベンダー畑で有名な富良野の少し北に位置している美瑛。
じゃがいもの産地で有名な場所だ。
そうそう。
こんな景色が見たいのよ。
ということで、滞在地の一つに決めた。
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調べてみると、美瑛には「なんちゃらの丘」とか「なんちゃらの木」というそれっぽい見どころがいくつかある。
たとえば「マイルドセブンの丘」「セブンスターの木」「クリスマスツリーの木」「ケンとメリーの木」「親子の木」など。
名前の通り、大体がCMで使われた場所らしい。
写真で見る限り、どこも美しそう。
なんとしてもこの目で見たい。
地図上で場所を確認してみると、それぞれが駅から6km程度の距離。
車で行けば10分程度。
夏ならレンタカーを借りて走るのだけど、慣れない雪道を走るのはちょっと怖い…。
そう思って調べたら「美瑛ハイヤー」というタクシー会社さんが、観光名所を回るサービスをしていることが分かった。
マイルドセブンもセブンスターも親子もケンとメリーも全部行ってくれる!
これよこれ!
早速問い合わせフォームから、予約したい旨と行きたい場所と価格についての問い合わせを送った。
すると翌朝、返事が来た。
タイトル「お断りさせて頂きます」。
こんなに分かりやすい拒否があるだろうか。
他に何かないものかと、美瑛の観光協会にも確認してみたけれど「美瑛にタクシー会社は一社しかないんです。その日は丘を回るバスツアーもやってなくて…どうしてもなら、隣の旭川からタクシーを呼ぶしか」と言われた。
やむを得ない。自分で運転するかとレンタカーを調べたら「ご指定の日程は空車がありません」。
もしこの先、美瑛に行きたい人がいたら、何はなくともまず足を確保することを強く強くオススメする。
*
せっかく美瑛で一泊するというのに、どこにも行けないのは悲しかったので、夜のバスツアーにだけ申し込んでおいた。
ライトアップした「青い池」などを、観光バスで回ってくれる(しかも参加費3,000円!)という非常にありがたいツアー。
これで「美瑛まで行ったのに何も見られなかった」事態は回避できた。一安心。
とはいえ、当日、駅に着いたら流しのタクシーが一台ぐらいいるでしょ。
そんな希望的観測を胸に、美瑛駅に到着した。
すると、駅前に一台のタクシーが!
稚内空港の奇跡再びか!
「すみませーん」と運転手さんに声をかけると「予約入ってるから」とあっさり乗車拒否。
「他のタクシーって…」と聞くと「今日は予約で出払ってるから無理だよ」とのこと。
奇跡起きず。無念。
その夜、バスツアーでライトアップを見に行った。
とても綺麗だった。
夜の雪道なんて絶対走れないから、連れて行ってもらえて本当によかった。
でも、当初から私が思い描いた「大雪原に立つ一本の木を見る」という妄想は果たしていない。
このまま美瑛を離れるのは、とても名残惜しい。
そしてもう一つ、私には木を見に行きたい、行かなきゃいけない理由があった。
それは「ケンとメリーの木の写真撮って、父に見せたい」という願望というか勝手な任務。
「ケンとメリーの木」は、1972年に日産スカイラインのCM「ケンとメリーのスカイライン」で使われた木だそうで、当時の若者にとっては「青春」だったらしい(我が父談)。
北海道に行くと決める少し前、たまたまテレビでこのCMが取り上げられているのを見かけた。
すると父が「懐かしいなあ!!!」と興奮し、CMソング『ケンとメリー ~愛と風のように~』を調子っぱずれな音程で口ずさんでいた。
当時20代で独身だった父にとって、スカイラインもこのCMに出てくるケンとメリーの2人も憧れの対象だったのだろう。
「我が青春だよ、青春」と、目をキラキラさせている父。
そんな姿は初めて見たので、なんだか私が恥ずかしい気持ちになった。
*
美瑛に行くと決めた時、地図上に「ケンとメリーの木」という名前を見つけた私は、父に「これって、この間テレビで見たスカイラインの木?」と聞いた。
父は「そうそう。美瑛にあるんだよなあ。いいなあ。見てみたいなあ」と言った。
「じゃあ、行けたら写真撮って送るよ」と私は言った。
だから、なんとしても行って写真を撮りたかった。
撮って父に送りたかった。
でも、タクシーは捕まらない。
レンタカーもない。
バスもない。
歩くしかない。
幸運なことに、他の木や丘に比べてケンとメリーの木は街から一番近い。
Google先生曰く、片道33分。往復1時間ちょっと。
行けなくはない。
午前8時。
外を見ると青空が広がってきた。
よし、行ってやろうじゃないの。
リュックにカメラを詰め込んで、歩き出した。
最初は住宅街の中を進む。
夜中に雪が結構降っていたけど、早朝から除雪車が来て整えられていた。ありがたい。
青空かと思いきや、突然どかどかと雪が降ってきたりする変わりやすい天気の中、フードをかぶって雪を払いながら進む。
10分ほど歩いて住宅街を抜けると、ゆるやかな山道に入った。
すると、ここで望んでいた大雪原と出会うことができた。
名前のない丘だし、名前のない木だけど、めちゃくちゃ綺麗だった。
歩いてきてよかった。
広がる大雪原に感動しながら、ざくざくと雪を踏みしめて歩くこと1時間弱。
やっとお目当ての木に到着した。
これが、ケンとメリーの木。
ちょうど青空が広がって良い感じ。
とりあえずスマホで写真と動画を撮って、父と母に送った。
3分後、返事が返ってきた。
これで、任務完了である。
何枚か写真を撮って街まで戻ろうと歩き出したら、父から電話がかかってきた。
「すごいなあ!ケンとメリーだよ!」と嬉しそうな父。
「実は1時間歩いてきたのよ」と伝えると、相当びっくりしたあと「大変だったなあ。でも見せてくれてありがとうなあ。感動したわ」と感慨深そうだった。
その日の万歩計の数値は「16,000歩」。
結構歩いたなあ。
でも行ってよかった。
いいものたくさん見れたし。
最後に、ケンとメリーの木のCM出演はこんな感じだったみたい。
ほお。
これが、青春なのね。