X(旧Twitter)が炎上したのでアカウントに鍵をかけた話。誹謗中傷について真面目に語ってみる。
※この記事は8月末にほぼ書き上げていたのですが、出すのが怖くて温めていました。だいぶ温まったので放出したいと思います。
あとは野となれ花となれ。アーメン。
少し前、Xでこんな投稿を見かけた。
私も偶然この番組『ワイドナショー』を見ていて、だいぶびっくりした。
現在アメリカに住んでいる野沢直子さんが、大谷翔平選手の人気についての話題で「アメリカでは、バスケやフットボールの人気に比べると、野球は好きな人は見るけどね…ってことを昨年言ったら炎上した」と話していた。
別に大谷翔平選手について何か批判したわけでも、野球について批判したわけでもなく「アメリカでは、野球よりバスケやフットボールの方が人気なんですよ」と、事実を言っただけなのに炎上したと。
そしてこの投稿にも「アメリカ在住なら大谷翔平の活躍を讃えろ」とか「大谷への妬みだ」とか、はちゃめちゃなコメントがついていて、なお驚いた。
そこで放っておけば良いのに、これを引用投稿をしたわけです。私が。
これが、華麗に炎上しました。
3日間でこの数字。
フォロワー数199人、普段のインプレッション数は100〜300程度。
それが、4万超え!びっくり!間違いなく過去最大!
確かに「デコピン」のネーミングセンスについて書く必要はなかったかもしれない。そこは少し反省している。
でも一応、この投稿の本題は「『大谷翔平が嫌い』って言えない空気だよね」である。
ちなみに私は別に彼を好きでも嫌いでもない。
ただ「すごい人だなぁ」とは思ってる。
日本の全小学校にグローブを送った話や、グローブが届いた離島の小学校のニュースでは思わず涙したりもした。
「若いのになんて偉いんだろう」と思ったし、「いつか私もこうして、誰かのために何かできたらいいな…」なんて思ったりもした。
WBCはそんなに見ていなかったけど、活躍すごかったみたいだし、いろんな記録を打ち出してるし、年俸も破格だし…とにかく「すごい人だなあ」と思っている。
ただ、毎日毎日ニュースに登場して見せられるのは正直「もういいかな」とも思っている。
シーズン中ならまだしも、オフの時ですら「今日はベンチにいました!」「今日は柔軟していました」はさすがにちょっと…と思う。
でも、別に嫌いではない。
それだけは本当。
もし近くに来たら、ウキウキしながら喜び勇んで見に行くと思う。
だから私が言いたいのは、今の世間の空気感だと「『大谷翔平選手が嫌いです』とは言いにくいよね」って話。
以前、冬季オリンピックで羽生結弦くんが2連覇した時のこと。
怪我をしながらも金メダルを取った羽生くんに、日本中が熱狂した。
毎日ニュースは羽生くんだらけだったし、みんな「すごかったねえ」と盛り上がっていた。
もちろん私も一緒に盛り上がっていた。
でも、当時同僚だった女性とランチをしていた時、彼女がぽそりと「私…羽生くん苦手なんだけどさ…誰にも言えないんだよね…」と言った。
そのとき「確かに」と思った。
誰にでも、好きな人がいれば嫌いな人もいる。
「なんで嫌いなんだ!」と言われても、それは個人の好みだし、誰にだって「なんか苦手」「なんか嫌い」な人っていると思う。
「会ったこともないのにか!」と言われるかもだけど、何かしらの発言だったり、たまたま見た時の態度だったり、あとは生理的にどうも無理とか、色々ある。
その「嫌い」という感情(を言うこと)が許されない圧力があるなあ…と、その時すごく思ったのだ。
なんというか、「世の中が良きとしているものへの同調圧力」がすごいなと感じた。
今回、あの時と同じだなと思った。
大谷翔平選手は素晴らしい人だけど、もしかしたら「どうも苦手で」という人もいるかもしれない。
「私、嫌いなんだよね」という人もいるかもしれない。
それは本人の自由。
わざわざ言わなくてもいいことだけど「どうも嫌いだなあ」って思うのは自由のはず。
でもどうやら許されないらしく、私の投稿に対して「嫌いは異常者だろww」というコメントがついた。
この「赤の他人の天井人」の意味が分からなくて調べたけど、やっぱり分からなかった。どういう意味なんだろう。
天井人ってすごい人っていう慣用句的な何かなのだろうか。
「赤の他人を嫌うのは相当おかしい」と書かれたけど、そうなのだろうか。
この人には嫌いな人は1人もいないのだろうか。
だとしたら、ものすごく心と器が大きい人なのでしょう。尊敬します。
あ、ちなみにうちの猫の名前は「りう」「ジジ」「ふさお」です。
「ふさお」は明らかにダサいけど気に入ってます。
このコメントを皮切りに、まあまあ悪質なコメントが続いたのだけど、一体どんな人がコメントしてるんだろう…とアカウントを見に行くと、プロフィールに野球関連のことが書いてある「野球好きな人」が3割、半数は色んな人の投稿に文句を書いたり攻撃をしている人(プロフィール画像を設定して無い人)だった。
投稿を探してきては、いちいち喧嘩を売っている人たちって、どんだけ時間とエネルギー余ってるのよ。
その空いた時間とエネルギーで、自転車漕いで発電でもしたらどうよ。
話は少し変わるけど、少し前にフワちゃんが芸人のよしこ(敬称略)への悪口をXに投稿してしまう…という騒ぎがあった。
「アンチコメントってこんな感じだよねって書いてみたら、間違って投稿しちゃっただけ」と本人は謝罪文出しているけど、その真相がどうなのかは置いといて。
この件に対しての誹謗中傷が、それはもうえげつなくて恐ろしかった。
確かにフワちゃんはひどいことを書いていたけど、それに対して怒っていいのは、よしこ本人とその友達や家族だけ、だと思う。
どちらの知り合いでもない全く関係ない人がフワちゃんを攻撃するのは、ただの攻撃というか悪口でしかないし、書いてることはフワちゃんと同じ「アンチコメント」じゃん?酷いこと書いてるのは一緒じゃん?なんでフワちゃんはダメで自分はいいの?と不思議だった。
どういう心境なんだろう。
悪を成敗している正義の味方の気持ちなのだろうか。
相手が悪(だと思ったら)なら、何を言ってもいいのだろうか。
今回、フワちゃんとは比べられない規模だけど、ちょっとだけ炎上して思ったことは、顔が見えない相手からいきなり酷いこと言われる(書かれる)のって、やっぱり嫌だし怖いし傷つくよねってこと。
顔も出さず名前も出さず、まるで隠れたところから石を投げつけるような行為は、すごく卑怯でずるい。
石を投げた方は正義感なのか面白半分なのか、いずれにしろスッキリするのかもしれないけど、投げられた方は痛いし、もしかしたら致命傷になるかもしれない。
その覚悟で石は投げてよねって思う。
いや、投げない方がいいけど。
でも、もしかしたら私も軽い気持ちで誰かに石を投げていることもあるかもしれないよな。気をつけよう。
にしても、見ず知らずの人の投稿を探して(だって一人も私のフォロワーさんじゃないし)わざわざ噛み付くって、しかも相手が嫌な気持ちになるような言葉を選んで投稿するって、一体どういう気持ちなんだろうね。
ちなみに私が今回いただいたコメントと引用投稿は、ざっとこんな感じ。
異常者とか友達がいないバカキモとか、まあまあひどい言われようです。
そもそも「嫌い」って言ってないし。
ちゃんと読んで。
最初にも書いたけど、確かに犬の名前については書かなくてもよかったかなって思ってる。
けど、正直ダサいとは思ってる。だってデコピンだよ?(まだ言う)
ちなみに名前の由来は「ディコイ」だそう。
かっこいいじゃん。じゃあそのままでいいじゃん。
なんかさ、「え!デコピン?ダサいな!アハハ!」って言えない(書き込めない)のが怖い。
「かわいい!」「デコピン最高!」が正解で、「え、ダサ!」とか言ったら総攻撃に遭う。私みたいに。
(私の記事を引用して「ダサいと思ってるの私だけじゃなかった」と書いた人も攻撃されてた。なんかごめんね…)
大谷翔平氏に直接「デコピンはダサいですよ!笑」って言っても、そんなに怒らないと思うんだけどなあ。分かんないけど。会ったことないし、一生会うこともないけど。
だって、ダサくたってかわいいんだからいいじゃん。
うちの猫も「ふさお」はダサいと思ってるけど、かわいいもん。
「ふさお?!ダサ!センスないな!」と言われても、別に「だよね!知ってる!でもかわいいやろ!笑」と言えるけどなあ。
ちなみに、いただいた批判的なコメントはすべて通報しました。
その上で、しばらくはアカウントに鍵をかけることにしました。
もし私が大富豪だったら、全員に「情報開示請求」を送りつけて、気軽に攻撃したら酷い目に遭うんだよって教えてあげたかったけど、今のところ大富豪ではないので諦めました。残念。
そして、ほとぼりが冷めたら鍵は外すけど、もう二度と大谷翔平選手については触れません。絶対に。
あれはパンドラの箱。
絶対に、絶対に開けちゃいけない。
みんな、気をつけろ。
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