対話で生まれる多様な気づき
2020年8月18日の午後、熊本県下の高等学校31校をオンラインで結ぶ、熊本県高等学校家庭クラブ連盟が主催する2020年度第57回指導者養成講座が行われました。
テーマは「対話で生まれる多様な気づき」。「旅のことば」というカードを使いながら対話のセッションをオンラインで実施しようという企画です。
熊本県には分校を含め82の高等学校がありますから、新型コロナの状況下で、熊本県下の高校全体の約40%をオンラインで接続し、対話のセッションを実施するという、とても実験的でチャレンジングなイベントです。
高校からの参加者は全体で158名。そのうちの111人がZoomを使ってオンライで接続しました。Zoomを使った100名を超えるイベントはいまでこそ珍しくはなくなりつつあります。しかし、100名を超える熊本県下の異なる高校の先生・生徒たちがZoomで接続し、しかもそこで異なる高校の人たちが対話のセッションをするという例は全国的にもないかもしれません。
東稜高校の「学校の日常blog」では、その日のうちに校長先生がこのイベントの記事をあげてくださいました。リンク先をみていただくと高校生たちが楽しそうに話している様子がうかがえます。
旅のことばカードの利用
高校生たちが手にしているカードは、慶應義塾大学と認知症フレンドリージャパン・イニシアチブが2014年に共同で開発した「旅のことば 認知症とともによりよく生きるためのヒント」のカード版です。
「旅のことば」自体は、認知症の当事者本人のみなさん、その家族の方、そして本人や家族を支えている周囲の人たちに「認知症とともによりよく生きるヒントは何でしょうか?」とおたずねし、それをパターン・ランゲージという手法で整理しまとめたものです。
カードを使うことで、話すことがそれほど得意でない初対面の人同士でも、これまで培ってきた経験や体験を、自らの実感とともに語り、他の人たちとも共有することで、共感とつながりを増やしていくことができます。
認知症に関係する人たちにお話を伺って作ったものですが、認知症から離れてそれぞれが《人として感じていること》や《経験》《思い》を話すことができる道具なのです。
実際、このカードは小学生や中学生も使っていていろいろな感想を書いてくれています。
熊本県ではずいぶんと以前からこのカードを使ってくれていて、教育の現場で使われています。
今回のイベントでは、4人一組のグループを、先生1人とバラバラな他の学校の生徒3人で構成しました。そして、それぞれが3枚ずつ選んだ「旅のことば」カードに対して「なぜそのカードを選んだか」を一人ずつ自らの体験と結びつける形で話をしてもらいました。
「全体性のたまご」を使った共有
今回のイベントではもう一つ工夫をしています。感想の共有に「全体性のたまご」も使ってみたのです。
「全体性のたまご」とは聞き慣れない言葉かもしれません。元々は「旅のことば」を共同開発した慶応義塾大学の井庭研究室がワークショップデザインの手法として開発したものです。応用の範囲が広く、対話の場の感想の共有などにもとても有効な手法なのです。
今回のワークショップでは、「旅のことば」カードを使って話をした感想をまず「全体性のたまご」を使って内省的に各自で振り返ってもらいました。そして、元の4人一組のグループでその感想を対話的に共有してもらったのです。
認知症当事者である丹野智文さんの話
今回のイベントでは特別ゲストに仙台にお住まいの丹野智文さんにもオンライン参加していただきました。
丹野さんは自動車販売会社で営業マンとして活躍していた39歳の時、若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。そして今は、認知症の本人が自身の体験や経験をもとに当事者の相談を受ける「おれんじドア」を地元の仲間と行なうなど様々な活動をされています。
丹野さんからは対談形式で20分ほどお話を伺いました。
丹野さんの対談の後には、再び「全体性のたまご」を使ってそれぞれが感じたことをまとめてもらい、先ほどと同じグループで対話的に共有してもらいました。
丹野さんの話しは高校生のみなさんにはとても印象的だったようです。ワークショップの終了時に、代表して東稜高校の家庭クラブ生徒会長の橋本さんが話されたまとめのことばにはこう記されています。
対話を通して高校生のみなさんがこのような感想を持ってくれたことはとてもうれしいことです。
ワークショップの結果の集計
イベント終了後、今回のイベントを振り返っての感想を熊本県立第二高等学校の田尻先生が集計してくださいました。
生徒のみなさんの感想をいくつかピックアップして引用すると下記のような感じです。緊張しつつ充実した時間を過ごしてもらえたのではないかと思います。
先生のみなさんの感想は下記のようなものでした。先生のみなさんも対話を楽しんでいただけたように思えます。
最後の「話をして楽しいと思ったのは久しぶりでした」という感想は事務局の一人としてこんなにうれしいことはありません。先生のみなさんも一人の人としてグループに入ってもらえたのではないかと思います。
田尻先生が予備的なテキストマイニングをしてくださいましたが、そこからも今回のワークショップが「対話の場」として良いものとなったことがうかがえます。そしてで丹野さんの話をとてもストレートに受け止めてくれたこともうかがえます。
まとめ
冒頭でも述べたように、今回のイベントは、新型コロナの状況下で熊本県下の高校全体の約40%をオンラインで接続し、対話のセッションを実施するという、とても実験的でチャレンジングなイベントでした。準備に時間がかからなかったといえば嘘になります。
しかし、おかげで、熊本県下の高校生と先生方111名が異なる高校の人たちとオンラインで対話のセッションをするという、全国的でもまだ行われていないであろうイベントを成功裏に終わらせることができました。オフラインで参加された生徒のみなさんにとっても対話を楽しむ時間になったのではないかと思います。
今回のイベントの企画・推進をされた熊本県立東稜高等学校の中冨先生、熊本県立第二高等学校の田尻先生、山鹿市地域包括支援センター 認知症地域支援推進員の山下さんのご尽力と、とてもチャレンジングな今回の企画を応援しようといってくださった熊本県家庭クラブ連盟のみなさん、各学校のみなさんのおかげかと思います。
今回はご紹介しませんでしたが、第二高校の生徒の何人かには参加者としてではなく撮影隊として入っていただきました。このような企画は「従軍記者」の役割をする人たちが不可欠だからです。
また、無茶ぶりのお願いにも快く応じてくださったクリエイティブシフトの阿部さん、遠く関東から暖かくこの企画を見守ってくださった慶応義塾大学の井庭先生にも感謝いたします。
なお、本イベントは熊本日日の方も取材にいらしていたので、後日、記事化されるのではないかと思い、それも楽しみにしております。
訪問していただきありがとうございます。これからもどうかよろしくお願い申し上げます。