シベリア鉄道 ~パスポート行方不明事件!【3度目の世界一周#23】🇷🇺
2019年8月16日
翌朝、まだ薄暗い午前4時に目覚めました。
5時にエカテリンブルクに到着予定です。
同じくらいのタイミングで車掌さんがシーツの回収に来ました。
他の3人を起こさないようにそーっと寝台の下からバックパックを取り出し荷物をまとめます。
お、そういえばまだパスポートを返してもらっていませんでした。
車掌室へ行ってその旨を伝えると、
なんと
「そんなもの預かってない」
などとのたまうではありませんか!
はぁ? 何寝言言ってるんだ、このチビ助は?
イルクーツクで乗車して、トイレの紙の件で話をした時に間違いなく預けたよな。
Google翻訳にそう入力して見せても、全然ラチが開きません。
車掌はこう返してきました。
ヘンな日本語だけど意味は通じるよ。
彼女の目の前で荷物を広げて見せますが、当然出てくるわけがありません。
だって、イルクーツクであんたに渡したんだから。
こっちだって過去数百日、外国を旅した経験があります。
パスポートはもう無意識のうちにセキュリティポーチに入れる癖ができています。
荷物の下でしおれてたりすることなど絶対にないと断言できます。
車掌も乗客から預かったチケットを入れている書類入れの中を確認して、パスポートなんてないと主張します。
そんな押し問答がしばらく続きました。
エカテリンブルク到着まであと30分。
もし出てこなければ、パスポート無しで下車するしかありません。
でもなぜか自分でも意外に思えるほど冷静でした。(鈍感なだけか?)
エカテリンブルクに日本領事館はあるだろうか?
なかったらモスクワの大使館に連絡するしかありませんが、今日は金曜日。
週明けの月曜日の夜には帰国便に乗らなければなりません。
今日中に何としてでも帰国に必要な書類の発行の手続きは済ませないと。
でも、そんな簡単にできるだろうか?
などと考えていると、前方の車両からツカツカツカと偉そうな感じの背の高い車掌長(?)風の女性が歩いてきました。
「パスポートが無いですって?(想像。以下同様)」
と、うちの車両の車掌(以下、ちびっこ車掌と書きます)に言いました。「どこの部屋なの」
ちびっこ車掌から部屋番号を聞いた女車掌長は私のコンパートメントに入っていきます。
私も後ろから一緒に入ろうとすると、ちびっこ車掌に手で制されました。
コンパートメントからは布団や枕の下でも探しているのか、なにやらガサゴソする音が聞こえてきます。
それから30秒と経たないくらいでしょうか、おもむろに女車掌長が通路に出てきました。
これがあなたのパスポート?
みたいな感じで、私に日本国のパスポートを手渡してきました。
あ、あった!
中を確かめるまでもなく、明らかに私のパスポートです。
念のため中を確認していると、女車掌長はちびっこ車掌に何かひとこと言い残して立ち去っていきました。
冷静でいられたけれど、やはりパスポートが出てきてホッとしました。
ごめん、すまなかった。とちび車掌に謝ると、
「重要なことはパスポートが見つかったことです」
と嫌な顔も見せずにグーグル翻訳で返してきました。
「どこにあったんですか?」
と質問すると、棚の上に置いてあったとの答え。
とりあえずは一安心です。
そろそろエカテリンブルクの駅が近づいてきました。
起こしちゃ悪いかなとも思いましたが、黙っていなくなるのは申し訳ありません。
コンパートメントに戻って、上の段でまだ寝ているモスクワの兄ちゃんをツンツンしました。
ビクッとして飛び起きた兄ちゃんに、
「エカテリンブルク。ダスヴィダーニャ(さようなら)」
と告げると、兄ちゃんは私の右手を両掌でギュッと握って別れの挨拶をしてくれました。
*
イルクーツクから50時間。
定刻通りエカテリンブルク到着です。
さて、まだ早朝5時です。
ホテルはイルクーツクにいた時にネットで予約してありますが、外に出るのはもうちょっと明るくなってからにしようと思い、待合室に向かいました。
売店でコーヒーを買いベンチに腰掛けます。
朝から慌ただしい展開でしたが、これで無事旅が続けられます。
コーヒーを飲みながら、改めてこの出来事を振り返りました。
実はずっと心に引っかかるものがあったのです。
パスポートが出てきた時にはホッとして思わず謝ってしまったのですが、イルクーツクで車掌にパスポートを渡したのは間違いないです。
そしてそれが返された記憶もありません。
ましてや大事なパスポートを幅30センチ、奥行10センチ足らずの網棚に置いておくわけがありません。
もし万が一置いておいたとしても、この50時間の間に気が付かないなんて可能性はゼロです。
あの女車掌長が来た時、なぜ私をコンパートメントに入れなかったのか?
パスポートを私に返す時だって、無言で渡してきました。
嫌味のひとつも言いそうなものですが。
ちび車掌にしても、あれだけ大騒ぎしたのに最後は笑顔で、
「重要なのはパスポートが見つかったこと」だと?
ロシア人はみんなそんなに人間が出来ているのか?
どう考えても怪しいのは女車掌長です。
あいつが持っていたに違いない!
それを棚に置き忘れたせいにして、私に返してきたのでしょう。
今はそう確信しています。
でも、まあこんなことがあるから旅は楽しいんです。
Travelの語源はTroubleだという説もあるようですが、確かにトラブルのない旅なんて、気の抜けたビールのように味気ないものです。
7時過ぎに駅舎を出ます。
エカテリンブルク駅はなかなか立派です。
モスクワ、サンクトペテルブルク、ノヴォシビルスクに次ぐ、ロシア4番目の大都市です。
駅舎の前のベンチに座って写真を撮っていると、ひとりのおばあさんが近寄ってきました。
「これ壊れちまったんだけど、直せるかね?(と言われた気がする)」
そう言って、私に眼鏡を見せました。
右のツルが、ビスが外れて取れてしまっています。
精密ドライバーとかもちろん持ってないし、直せるわけないよな、と思いましたが、何度も外れてしまっているせいか、ビスを見ると結構ミゾが大きくて、小指の爪で回せそうです。
応急処置程度なら可能かも。
新手の詐欺やひったくりの仲間かもしれないと警戒しつつ、自分の荷物を体の前に抱えたまま、ベンチに座って直してあげます。
幸い背後は高い鉄柵になっているため、後ろから何かひったくられるようなことはなさそうです。
一度ビスがビス穴に入ってしまえば、後は簡単でした。
当然きつくは締められないので、おばあさんに
「あとでドライバーでちゃんと締めるんだよ」と身振り手振りで話し、老眼鏡を返しました。
おばあさんは喜んで駅の方へと向かっていきました。
さて、朝から良いことをしたので、気分もよく街へ向かいます。
(というか、やっぱりこのおばあさんは窃盗犯の一味だったのではないかと、今でも疑問に思っています)
バスかトラムでホテルの近くまで行けそうですが、早朝で駅前は閑散としています。
人の流れに乗って歩いていると、地下鉄の駅に出ました。
今回の旅で地下鉄に乗るのは、これが唯一の機会かもしれません。
ということで、街の中心まで地下鉄で行くことにしました。
(それにしても、この後ろの高層ビルは何だ? 外壁にシートが貼られて、剥がれまくってるの? そういうデザイン?)
エカテリンブルクの地下鉄は32ルーブル(50円くらい)。
窓口でトークンを買い、改札を入ります。
2駅先の「プローシャチ1905ゴーダ」という駅で降ります。
歩いているうちに空がだんだん晴れてきました。
15分ほど歩くと、ガラス張りの高層ビルまでたどり着きました。
その目の前の、この立派なホテルが今夜の宿です。
Tsentralny Hotel Yekaterinburg
1928年創業の由緒正しいホテルです。
まだ8時前ですが、チェックイン可能でした。
この広い部屋が朝食付きで2790ルーブル。約4500円。
今回の旅は、ゲルと夜行列車泊ばかりでホテル泊が少ないため、ちょっと贅沢しましたが、この金額は安いですよね。
パスポート紛失事件で長々と書いてしまったため、続きは次回にします。