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商標の鉄人のささやかなご提案

こんにちは、弁理士の岡崎と申します。
千代田区麴町で、商標・著作権特化の弁理士事務所を運営しています。
今回は、2024年8月24日に開催された「特許の鉄人」にスポンサーとして参加してきたので、その報告と“ささやかなご提案”のnoteをしたためます。


1.特許の鉄人の振り返り

「特許の鉄人」とは、特許実務におけるエキスパートである弁理士が、初めて見た発明をその場で把握し、特許明細書の最も重要な部分であるクレーム(特許を受けようとする発明を特定する文章)を作成し、その内容を競うイベントです。

25分という短い制限時間内に、発明者から発明品(日用品やソフトウェアなど)の説明を聞き、追加でヒアリングをしながらクレームを作成し、その完成度を競うという、まさに超・頭脳戦です。
出場者側から見ると、通常の実務では1時間程度かかることが一般的な発明ヒアリングの時間を大胆にも75%もカットし、ハイスピードで発明を把握した上で、大勢の観衆の前でクレームの形に言語化し、その出来栄えが勝敗として明確に評価されるという非常に過酷なイベントと思われます笑

しかし今回のイベントでも、出場者の先生方は専門知識を駆使し、弁理士の仕事の奥深さを見せつけてくれました。このように、リアルタイムで弁理士が抽象的な発明を具体的なクレームに落とし込む臨場感と、バトル形式というエンタメ要素が相まって、知財の専門家だけでなく、一般のビジネスパーソンや学生にも理解しやすく、業界内外を盛り上げる素晴らしいイベントだと感じました。

この「特許の鉄人」の成功を受けて、外野としてこっそり提案したいのが「商標の鉄人」です。

2.「商標の鉄人」ならこんなことができる

「商標の鉄人」では、クレームという書類の完成度を競うのではなく、ブランドや商標に関するテーマについて弁理士がディベートし、その説得力を競います。具体的には、商標に関するテーマ(類否の判断、識別力の判断)について、あのひ◯ゆきさんでおなじみの番組『マ○ドマックスTV 論破王』のように、激論が繰り広げられます。

類否ディベート対決

まず提案したいのは、類否に関するディベートです。感覚的にも理解しやすい「商標の類似・非類似」に関するテーマです。
たとえば、以下のような、微妙に似ている2つの文字やロゴをスクリーンに投影し、「似ている派」と「似ていない派」に分かれてディベートを行います。会場の観客は、ディベートを聞きながら、自分の意見に基づいて説得力のある方に投票します。

「 PUmA」(登録3324304)
「SHI-SA\OKInAWAn ORIgInAL\gUARDIAn ShIShI DOg」(登録5392941)

「プーマ事件」平成29年(行ケ)第10204号

088578_hanrei.pdf (courts.go.jp)

2つの商標が似ているかどうかの判断は、意外と複雑です。
一文字違う場合は?色が違うだけの場合は?雰囲気が似ていても使われている文字が異なる場合は?
商標実務では、こうした「微妙な違い」に対して、似ている、あるいは似ていないと主張するための論理を構築し、意見書などの書類を作成します。

またこのような、2つの商標が似ているかどうかの判断は、企業の知財管理においても非常に大切です。
自社のブランド名に似た他社のブランド名がある場合、放置していると、似たネーミングが市場に溢れ、自社のブランド名が埋もれてしまうリスクがあります。
一方で、自社のブランド名が他社の登録商標と似ている場合、相手の商標権を侵害し、炎上して「パクリ」の烙印を押され、社会的信頼を失うリスクも生じます。そのため、2つの商標が似ているかどうかを判断できることは、知財実務の基礎ともいえる重要なスキルです。

そこで、「似ている?似ていない?」をテーマに、2人の弁理士がそれぞれの立場に分かれてディベートを行うのはいかがでしょうか?
プロはこの類否の判断でどのように思考を巡らせるのか、その論理構成のプロセスを目の前で体験することができます。

識別力ディベート対決

次に提案したいのは、識別力の有無に関するディベートです。商標実務での判断基準や論理構成を取り入れ、難解な「識別力」に関するテーマで舌戦を交えます。
たとえば、以下のような、単なるサービス内容の説明とも、オリジナリティのあるネーミングともいえるような微妙なネーミングをスクリーンに投影し、「商標登録して独占できる派」と「独占できず誰でも使えるべき派」に分かれてディベートを行います。

登録5544516
「オタク婚活」(登録5544516)

知財高裁平25年(行ケ)第10341号

084183_hanrei.pdf (courts.go.jp)

商標の世界では、独占させるべきではない一般的なネーミングを「識別力の弱いネーミング」といいます。
たとえば、商品の種類や品質を直接的に表現するもの(例:「おいしいパン」や「速い車」)は識別力が低いとされます。このような表現は多くの人が説明として使用したいものあり、独占されると不便です。また、それらの表現を商品やサービスにその商標を付しても、消費者がその提供者を認識できず、目印として機能しない場合も多いです。
そのため、識別力の弱いネーミングは原則として商標登録が認められません。

近年では、一般的に使われている言葉の商標登録出願が炎上する事例も増えています。たとえば、「ゆっくり茶番商標登録問題」(ゆっくり茶番劇商標登録問題 - Wikipedia)や「もくもく会騒動」(https://x.com/umechan_manabi/status/1833733321622429974)などです。こうした事例を踏まえ、どのようなネーミングが商標登録されるべきかを考える良い機会になればと思います。


これらのディベートでは、観客による投票で勝者を決定します。審査は、知的財産の知識に基づいて評価することも、マーケティングやビジネスの経験で判断することもできます。更には、「炎上しそうか」「心情的にしっくりくるか」など感情で評価しても構いません。
また、投票結果発表後には、出場者が観客からの質問に答える形式で疑問に答え、理解を深める時間を設けてもいいかもしれません。商標の奥深い世界にインタラクティブに触れられるイベントが良いと思います。

特許の世界が、抽象的な発明を具体的なクレームに落とし込む「言語化の世界」であるとすれば、商標の世界は、曖昧さのある標章に対して説得力を持って線を引く「説得力の世界」であると思っています。そこで、専門家同士のディベート対決を通じて、言葉のバトルを楽しめるものとなります。

3.イベントの魅力

「商標の鉄人」は業界内での知識提供の場にとどまらず、エンタメ性を重視したイベントとして、幅広い層にアピールできるものです。それでは、観客のメリットやイベントを見に行く魅力には、どのようなものがあるのでしょうか。

商標に関する知識を楽しく学べる“エンタメ”

商標は、全てのビジネスパーソンが知っておくべきテーマですが、その理解には専門的な知識が必要です。このイベントでは、商標の類否や識別力といった分かりづらいポイントを、エンタメであるディベート対決を通じて紹介します。

法律や知財関連のイベントは、一般的には堅苦しいイメージがあるかもしれませんが「商標の鉄人」は一味違います。
単なる知識提供の場ではなく観客を魅了するショーとして、ディベート形式による対決ではスピーディーかつダイナミックなバトルが展開されます。

観客は、商標の判断基準や実務的な視点を、弁理士のディベートを楽しみながら自然に学べるため、専門知識を得るハードルが下がります。特に、法律的な知識に馴染みのないビジネスパーソンにとって、実践的な知識を分かりやすく吸収する絶好の機会となります。商標に興味があるものの知識に不安を感じている方も気軽に足を運ぶことができる点も魅力です。

知財プロフェッショナルの認知度が上がれば、若手弁理士や知財業界を志望する人々の関心を高めることが期待できます。
また、炎上事件も多発している商標分野において、こういったイベントを通じて認知が広がれば、世の中に対してもプラスではないでしょうか。

実務での知識を得られる“学び”

商標に関する判断は、抽象的な理論だけでなく、実務での具体例を通じて初めてその真価を発揮します。「商標の鉄人」では、実際の事例に近いフィクションのケーススタディを用いてバトルが行われるため、観客は実践的な商標判断のプロセスをリアルに体感できます。
たとえば、「類似しているか、していないか」「識別力があるか、ないか」といった難しい論点も、実際のケースに基づいて議論することで、単なる理論ではなく、生きたアプローチとして学ぶことができます。特に、弁理士や法務担当者・知財担当者にとっては、自身の業務に直結する有益な情報となります。

特に、商標における類否判断や識別力判断は、事例ごとに状況が異なるゆえに正解がなく(定石はありますが)、経験を通じて学ぶことが多く、そのため暗黙知化されていることが少なくありません。また、実務書も特許に比べると少ない印象です(しかもすぐ絶版してしまう・・・)。
さらに、商標実務の多くは書面により行われるため、弁理士が商標について語る場面を見れるのは、多分結構レアです。

クローズドな情報であった商標の判断プロセスに関する知識や経験を開放できる点が、このイベントの大きな意義の一つです。。教育的な役割を果たすイベントとしても大きな価値を持つと言えるでしょう。

イベントの参加による“コミュニケーション”

イベントは、観客が参加できるインタラクティブな要素が含まれます。例えば、観客からの質問タイムや、勝者を観客投票で決定する仕組みを導入することで、単なる受け身の観戦ではなく、積極的な参加を促すことができます。

このイベントには、商標や知財に関心を持つさまざまな方々の参加が想定でき、弁理士、法務担当者、知財担当者、スタートアップ経営者、学生など、幅広い層との交流が期待されます。
観客にとっては、最新の知財トレンドを共有できるだけでなく、実務に役立つコネクションを築ける場ともなります。特に新しいビジネス展開を考えている企業やスタートアップにとっては、知財を効果的に活用するためのパートナーシップを見つけるチャンスになります。
また、弁理士とスタートアップが直接出会うことで、商標登録や権利保護に関する支援のきっかけにもなるかもしれません。

ポジション別メリット

弁理士や企業の知財担当者であれば・・・
商標弁理士の類否判断や識別力判断のプロセスを実際に見ることで、実務に活用することができます。実務書や審査・審判例を読んでもあまりピンとこなかった方にこそ、観戦してほしい内容となります。

スタートアップや新規事業の担当者であれば・・・
ブランディングの必要性がますます高まる現代、自社ブランドに当てはめ、どのようにブランド価値を保護し、ビジネス競争力を強化するかを実践的に学ぶことができます。事業における商標活用のヒントを得て、ビジネスを加速させる知識にできます。

学生や知財初心者であれば・・・
実際の商標実務に触れることで、知財の世界を身近に感じることができます。商標は特定の業界分野に限らず、全ての業界に関連しています。また、法務担当者や知財担当者だけでなく、営業担当者、広報担当者などにも深く関わってくるため、早い段階で知識を得ることが重要です。

4.まとめ

商標実務はより多くのビジネスパーソンに必要な知識であるにも関わらず、十分な情報発信が行われていなかったように感じます。観客が直感的に理解しやすい実演形式で知識を提供することには、大きな価値があると考えます。
一方で、類否判断や識別力判断は理解が難しい部分もあります。だからこそ、「習うより慣れよ」の精神で、これをパッと生で見せてしまうエンタメはアリだと思います。どうでしょうか?


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