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「声ガワリは突然にっ!」第3話

■場面(収録スタジオ・アフレコブース)

騒然とするアフレコブース内。

その中で、絶望に暮れている大野。

大野<ダメだ・・・やっぱり僕なんかには____>

その時、

雛崎「きゃあぁぁぁ・・・!!ご、ごめんなさい・・・!!!」

ブース内に悲鳴が響き渡り、みんなの視線が、その声へと向く。

そこでは、溢れたジュースがソファと、立ち上がった雛崎の制服に飛び散っていた。

声優A「希ちゃん大丈夫・・・!?」

雛崎「す、すいません。座ろうとした時に、腕に当たったみたいで・・・アタシは大丈夫なんですけど、マイクとか機材が・・・」

声優B「一見機材関係には散ってないように見えるけど・・・」

笹部『OK、一度中断して、念の為僕らで機材チェックに入るよ』

コントロールルームを出る笹部。

声優 D「私が蓋をちゃんと閉めていなかったせいで・・・申し訳ございません・・・!」

雛崎「悪いのは、倒したアタシですから!気にしないで下さい!」

声優D「でも服が・・・」

雛崎「大丈夫です・・・!体育で使うジャージがあるので、それに着替えます!マネージャーの車にあるから、柴宮くん、ちょっと取って来てもらっていいかな?この格好で外出るのもアレだし・・・」

大野「あ・・・うん・・・」

まだ、ぼんやりとした意識の中、言われるがままに、外へ出る大野。

■場面(収録スタジオ・廊下)

エレベーターの前まで来た大野。

大野<あれ・・・そういえば、駐車場の場所ってどこなんだろう・・・?というか、ここにいても僕は・・・もうこのままいっそ帰っちゃえばいいんじゃ・・・>

ボーッと堂々巡りをしていると、雛崎が現れる。

大野「雛崎さん・・・その・・・僕・・・」

すると雛崎が、大野の頬を両手でガシッと掴む。

雛崎「・・・深呼吸して」

大野「ふぁい・・・?」

雛崎「いいから!吸って〜」

息を吸う大野。

雛崎「はい、吸って〜吸って〜吸って〜吸って〜・・・」

大野「・・・っ!?ゲホッゲホッ・・・吸ってばかりじゃ死んじゃうよ・・・!」

雛崎「あははははっ・・・!」

大野「笑い事じゃないよ・・・」

雛崎「ちょとは、落ち着いた・・・?」

すると、大野の散らかった頭の中が少しだけ整理されていた。

大野「・・・うん」

雛崎「・・・どうする?やっぱり辞める?」

見透かしたように、大野に問いかける雛崎。

大野「僕みたいなやつが・・・人気声優の代わりなんて無理だったんだよ・・・演技なんてしたことないし、滑舌も悪くて、発声の仕方も分かんない・・・」

雛崎「君には"柴宮亜月"によく似た、その声があるじゃん!」

大野「違うよ・・・いくら雛崎さんが柴宮亜月の声に似てるって言っても、声変わりがきてない、どっちつかずで失敗作のような僕の声は、ずっと疎ましく、嘲りの対象なんだよ・・・何度もこの声が原因でいじめられたり、笑われて来たんだ・・・だから、僕の声は誰かに求められるものなんかじゃなくて・・・やっぱり・・・ダメなんだよ・・・」

後ろ向きな発言ばかりで、及び腰な大野。

雛崎「・・・君に足りないのは技量なんかじゃない、一歩踏み出すための理由と、いつの間にか失くしちゃってる自信だよ」

大野「理由と・・・自信・・・?」

雛崎「・・・"やらない理由"はいっぱい聞いたからさ、次は"やる理由"を考えてみようか」

大野「・・・え?」

雛崎「例えば、有名になりたいとか、チヤホヤされたいとか、お金持ちになりたいとか・・・」

大野「そんなの僕は____」

雛崎「例えば、このアニメを毎週楽しみにしてる人のため・・・とか」

その言葉にハッとして、クラスメイトで憧れの存在、四条の顔が浮かぶ。

大野<そうだ・・・四条さん・・・>

大野「僕が今やらなったら、このアニメを・・・"柴宮亜月"の声を楽しみにしている人は・・・残念に思うのかな・・・」

雛崎「それが君の理由になるんだとしたら・・・自分のためじゃなくて、誰かのため・・・いいね、君らしくて」

大野「僕らしい・・・?」

雛崎「いい・・・?マイクの前に立つとそこからは、アタシは無口な女子高生"雛崎真紀"じゃなくて、七色の声の持ち主、"美加々美 希"。そして君は、冴えない男子高校生"大野代亜"じゃなくて・・・みんなの憧れる人気声優"柴宮亜月"になる。そしてコンプレックスは、何よりも素敵な自分だけの特別な武器へと変わるんだ」

大きく手を広げ、笑顔を向ける雛崎。

雛崎「そこは全部がひっくり返る世界・・・どう?飛び込むには、十分すぎるワクワクで、演じるには、十分すぎる配役でしょ?」

大野「全部がひっくり返る世界・・・」

雛崎「アタシが隣で見ててあげるんだから、不安なんて感じる必要ない・・・何も難しい事は考えずに、ただ思いっきりやればいいだけだよ・・・!」

決意する大野。

大野「じゃあ・・・"大野代亜"としての、最後の質問していいかな・・・?」

雛崎「・・・うん、いいよ」

大野「なんでそんなに、雛崎さんみたいな人が、僕に期待して、手を伸ばし続けてくれるの・・・?」

雛崎「君以上に君を、君の声を、君の可能性を信じてるから・・・かな。だから大丈夫、例え誰かが君をバカにしても、絶対私はバカになんてしない」

大野「・・・人気声優の演技じゃ、端から僕にはその言葉が嘘かどうか、見分けようがないもんね・・・ずるいよ・・・これじゃあ信じるしかないじゃん・・・」

エレベーターを背に録音ブースの方へと踵を返す大野。

大野「戻ろうか、"美加々美さん"」

雛崎「・・・うん、"柴宮くん"」

■場面(収録スタジオ・コントロールルーム)

大野「さっきは無様な演技をしてしまい、すみませんでした!もう一度だけ、チャレンジさせてください!」

雛崎「アタシからも、お願いします・・・!」

戻って来て、頭を下げる二人。

笹部と安西が顔を見合わせる。

笹部「・・・この作品の主役は柴宮君だからね。もちろん、任せるよ」

大野&雛崎「「ありがとうございます・・!」」

■場面(収録スタジオ・アフレコブース)

笹部『中断もあって、時間の都合的にも一旦、美加々美君の兼役から録ろうか』

雛崎「分かりました」

笹部『それじゃあ、女教師A、お願いします』

雛崎「・・・誰よ!こんな所にこんな物を置いたのは!危ないじゃない!」

笹部『・・・はい、いただきました』

その声を聞いてハッとする大野。

大野<この声、牧田先生にそっくりだ・・・!>

そして、空き教室で謎の声の主に助けられた事を思い出す大野。

大野<あの時のってもしかして・・・そっか・・・本当に君はずっと見ていてくれたんだね>

笹部『じゃあ柴宮くん、いこうか』

マイク前に立つ大野。

大野<周囲の視線が、期待や羨望から、落胆と疑念に変わっているのが分かる>

大野<でもそっちの方が、今は丁度いい。それに僕には_____>

隣を見ると、雛崎が笑顔で頷く。

大野<たった一人、隣で僕の事を信じてくれる人がいるなら、それで十分だ>

笹部『第5話シーン145_____』

大野<僕がこんな声で生まれた意味が、今やっと分かった気がする>

雛崎「だから、何度言っても私は_____」

大野<きっと____君と出会うためだったんだ>

■場面(収録スタジオ・コントロールルーム)

無事収録が終わり、みんなが撤収作業をしている。

最後の挨拶をする雛崎と、それに倣う大野。

雛崎「今日は、ありがとうございました〜!お先に失礼します・・・!」

大野「お、お疲れ様でした・・・!」

スタッフ一同「お疲れ様〜」

ほとんどのスタッフが挨拶を返してくれた中、仏頂面で隅の席に座ったままの安西だけは、無反応だった。

諦めて帰ろうとした時、

安西「・・・"柴宮亜月"」

大野「は・・・はいっ!」

いきなり安西に呼び止められ、驚く大野。

そして、大野のもとへ歩み寄る安西。

安西「・・・私は、今まで声優の起用に口を出した事も、拘ったこともない。アニメにおいて声優などは、単なる替えのきくパーツで、誰が演じてもそこに大した意味はなく、作品の出来栄えとは縁遠いものだと思っていた」

安西「だが、お前の声にはそれ一つで作品の在り方を変えてしまうような、途方もない求心力が秘められているモノだと、今日改めて実感させてもらった」

手を差し出す安西。

安西「・・・任せて良かった。ありがとう」

躊躇してから、その手を握る大野。

大野「あ・・・はい・・・こちらこそ」

■場面(収録スタジオ・入り口前・夜)

スタジオ前につけられた、真鍋が運転する車に乗った大野。

雛崎「じゃあ真鍋さん、アタシはこの後また寄る所があるから、大野くん送っていってあげてね」

車の脇に立って、車内へと話しかける雛崎。

真鍋「了解しました」

雛崎「それじゃあね、大野くん。これからの詳しいスケジュールなんかも、真鍋さんから説明あると思うから、しっかり聞いておいてよ?」

大野「・・・」

何だか思い詰めた様子の大野。

雛崎「・・・どうしたの?収録は無事成功で万々歳。あの安西監督にも褒められて、何も考え込むような事なんてないじゃん」

大野「・・・このまま続けていって、本当にいいのかなって。本来その称賛は、本物の"柴宮亜月"に向けられたもので・・・」

雛崎「罪悪感を感じてるって事・・・?」

大野「・・・うん」

雛崎「それなら気にしなくていいよ。だって、"柴宮亜月"ってアタシのことだから」

あっけらかんと言う雛崎。

大野「・・・・・・え?」

雛崎「ほら、アタシって七色の声の持ち主って言われてるじゃん?だから、ふざけて別名義で活動してたら収集つかなくなる所までいっちゃって、持て余していた時に君を見つけた・・・って訳」

大野「ええぇぇぇぇ!?」

雛崎「そーゆーことだから、何も気に病む必要なんてないんだよ。それじゃあ、次は学校でね」

少し気が晴れた顔の大野を乗せた車が発進していく。

すると、街の喧騒に紛れながら、スマホを取り出し、電話をかける雛崎。

雛崎「あ、今終わったところ・・・うん、今から帰るから・・・じゃあまた後でね・・・"亜月"」



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