「声ガワリは突然にっ!」第2話
■場面(収録スタジオ・入り口前・夕方)
収録スタジオの入り口前に、車が横づけされ、そこから雛崎と大野が降りてくる。
雛崎「着弾・・・!」
真鍋「それを言うなら到着。くれぐれも・・・」
サイドガラスが開き、車の中から真鍋が顔を出す。
雛崎「人気女性声優に相応しい言動を___でしょ?」
真鍋「分かっているならいいのですが・・・私は車を停めて待ってますので、終わった頃にまた迎えに来ます」
そう言って、真鍋が駐車場へむけて車を走らせていく。
その車の後ろ姿に向かって、ベーっと舌を出し、中指を立てる雛崎。
大野「人気女性声優に相応しい言動とは・・・?」
それを見て困惑する大野。
雛崎「さっ・・・それじゃ行こっか」
そう言って、収録スタジオの正面玄関へと続く石階段を上り出す雛崎。
大野「ちょ、ちょっと待ってよ雛崎さん!僕はまだやるなんて一言も・・・!それに声が似てるだけだなんて、このままスタジオに入ったら、顔見られてすぐバレちゃうよ!」
雛崎「______やらないんだ?」
大野「やらない・・・っていうか、やれないっていうか・・・」
雛崎「大丈夫だよ。言った通り、"柴宮 亜月"は正体不明の存在。それは、別に表だけじゃない。裏側も・・・つまり、同業の他の声優達や業界関係者も、その姿を見た事はないんだから」
大野「え・・・!?それなら、どうやって普段の活動を・・・」
雛崎「柴宮亜月は、自宅に個人的な収録スタジオを持ってて、そこで録ったデータのやり取りのみで声優活動してるんだよ」
大野「そこまでして姿を見せない理由って一体・・・」
雛崎「うん、そこはまぁ・・・色々・・・ね」
言葉を濁す雛崎。
雛崎「とにかく、バレる心配はないって事だよ・・・ほら、早く早く!」
大野の手を強引に引く雛崎。
大野「まだ・・・心の準備が・・・!」
抵抗虚しく、問答無用で連れられる大野。
■場面(収録スタジオ・地下・コントロールルーム)
雛崎「すいません、遅れました〜!」
地下にあるコントロールルームに入る雛崎と大野。
大野「す、すみません・・・」
雛崎に倣って頭を下げる大野。
笹部「やぁ、美加々美くん・・・!ちょうど良かったよ。他のみんなの部分が録り終わって、休憩に入ったところなんだ・・・」
一人の男性が二人を迎えた。
笹部「おや、君が柴宮 亜月くんだね・・・?」
大野「えっと・・・」
迷っている大野を、笹部に見えないように鋭く睨みつける雛崎。
大野「はい・・・そうです」
観念する大野。
笹部「会いたかったよ・・・僕が、音響監督の笹部だ。メールでのやり取りは幾度もさせてもらっていたが・・・ここは、初めましてと言った方が相応しいだろう」
大野「・・・こちらこそ・・・初めまして・・・」
笹部「実は今日は監督も来ていてね・・・」
雛崎「え・・・!?安西監督が・・・!?」
笹部「・・・あぁ。いつもはアフレコは僕に任せると言って現場に来たがらないんだが、柴宮君がくると言ったら、スケジュールを無理矢理開けてまで、駆けつけてきたよ・・・」
笹部「ほら、あそこに・・・」
笹部が振り返って指差した先には、部屋の隅にある椅子に座って、台本を顔に載せ、腕組みしながら、ウトウトと船を漕いでいた男性がいる。
笹部「ほら、安西監督!美加々美くんと柴宮くん来てますよ・・・!」
笹部が慌てて起こしに行き、目を覚ました堅物そうな男性が立ち上がり、大野の目の前にきた。
安西「・・・安西だ」
雛崎「美加々美 希です!監督の作品に出られて、光栄です・・・!」
大野「柴宮・・です。よろしくお願いします」
その簡単な挨拶の後、シーンとした沈黙が流れる。
安西は、睨みつけるように大野を見ている。
笹部「あははは・・・監督は無口な人だから、あんまり気にしないでよ。それじゃあ二人とも、早速ブースの方に入って準備してもらえるかな・・・?」
雛崎「了解です・・・!ちょっと遅れた分、今日は兼役もガヤ録りも気合入れてやりますよ〜!」
笹部「それは頼もしいなぁ・・・!じゃあ折角だから、兼役お願いしようかな・・・美加々美くんの演じ分けなら余裕だと思うけど、こことここのシーンの______」
見兼ねた笹部と雛崎が、場の空気を和ませ、その流れのまま、台本を広げながら早速打ち合わせに入り出す。
大野「そ、それじゃあ僕もそろそろ準備を〜・・・」
そう言って、この場から、そして監督から、逃げるように背を向ける大野。
その大野の背中を、安西が仏頂面で見つめ続けていた。
■場面(収録スタジオ・地下・アフレコブース)
アフレコブースの中に入ると、立てられた三つのマイクの後ろにある、コの字型の椅子に、1人の声優が座っていた。
声優A「希ちゃんおはよう〜!今日もよろしくね〜!」
雛崎「おはようございま〜す!」
大野<夕方なのに、おはようございます・・・?>
声優A「隣の子は、見かけない子だけど・・・」
雛崎「聞いて驚いていいですよ〜?なんとあの・・・!」
雛崎「"柴宮 亜月"・・・です!」
わざわざ大仰に紹介する雛崎。
声優A「え・・・」
固まる声優A。
大野<なんでわざわざそんな目立つような紹介するんだよ・・・>
バレないか、内心焦っている大野。
声優A「・・・本当にあの、"柴宮 亜月"?」
呆然として、固まったまま、疑問を口にする声優A。
大野「あ・・・はい・・・一応・・・」
大野<いきなりバレた・・・!?>
その声優のおかしな挙動に、焦りが増す大野。
するといきなり、椅子から立ち上がって、扉も閉めずに、アフレコブースから慌ただしく出ていった。
雛崎「あちゃ〜・・・バレちゃったかな?」
大野「雛さ・・・美加々美さんがあんな堂々と紹介するからだよ・・・!もっと秘密裏にしないと______」
大野が言い終える前に、廊下から、開けっぱなしになっていた扉を通過し、ブースルームの中に届くほどの大きな声が、響き渡る。
声優一同「「「"柴宮 亜月"が来てる・・・!?」」」
雛崎「な・・・何?」
すると数人の声優が、雪崩れ込むようにアフレコブースに入ってくるやいなや、あっという間に大野の周りを取り囲んだ。
声優B「すげー!柴宮亜月ってほんとに実在してたんだ・・・!」
大野「あ・・・あの・・・えっと・・・」
声優C「制服着てるってことは学生?」
声優D「私は女性だと思っていたのですが、男性だったのですね・・・」
声優E「あっ、あの・・・!サインください!できれば父と母と叔父と叔母、未来の息子と娘と嫁の分までお願いします・・・!」
大野「ま、待ってください・・・!」
身動きが取れなくなり、困惑する大野。
笹部『ご歓談中失礼するけど・・・そろそろ収録始めるから、柴宮くんを開放してあげてくれないかな・・・?』
すると、それを諌めるように、笹部がコントロールルームから、トークバックでアフレコブースへと呼びかける。
ようやく解放され、脱力していた大野の元に、いたずらっ子のような笑みを浮かべた雛崎がくる。
雛崎「はい、台本」
大野「あ、ありがと・・・」
雛崎から台本を受け取る大野。
雛崎「どう?柴宮亜月が世間にとってどういう存在か・・・ちょっとは分かったでしょ・・・?」
他のみんなには聞こえないよう、大野に囁いてから、マイクの前に立つ雛崎。
笹部『それじゃ、『風雲!ファニーガール』第5話シーン145の、主人公『恋』が、ヒロインの『千笑里』をコンビに誘うシーンいきます。恋は、柴宮くん、千笑里は、美加々美くん、それぞれ、準備いいかい?まずはテストから・・・』
雛崎の隣のマイクに立つ大野。
大野<・・・分かったよ、嫌という程にね>
大野<このマイクの前に立つとソレは、何倍にも膨れ上がって、僕が今、どれだけ場違いなのかを思い知らされるようで、意識と景色が、遠のいていく感覚がする・・・>
内心に留めていた緊張や不安、動揺が、堰を切ったように溢れ出す大野。
逃げるように台本に目を向ける大野。
大野<さっきまで、雛崎さんから車の中で何度も台本や演技については説明を受けていたはずなのに、マイクの前で、衆目に晒されながら読むとそれは、ただの文字の羅列だとしか捉えることができず、意味や意図を理解することができない>
周囲の視線から、"柴宮 亜月"としての期待がのしかかってくるのを感じる大野。
大野<こんな感覚を覚えたのは、生まれて初めてだ>
雛崎(千笑里)「だから、何度言っても私は、誰ともコンビ組むつもりないんだよ・・・!なんで、なんでそんなに諦めないんだよ・・・!」
モニターの映像に合わせ、まさに声優として模範的な演技をする雛崎。
大野<僕の番だ・・・バレないように、上手く、上手くやらなきゃ・・・失敗しないように・・・"柴宮 亜月"として相応しい演技を・・・>
大野(恋)「だ・・・だって、そのほうが面白いから・・・」
その一方、小さくボソボソとした低い声で、素人丸出しの演技をする大野。
そのあまりにも"柴宮 亜月"に似つかわしくない声と演技に、一同が呆気に取られる。
笹部『ご・・・ごめんごめん。OK、もう一回行こうか。柴宮くんでも緊張する事があるんだね。それじゃあもう1テイク』
同様に演技するが、やはり大野のソレは、到底"柴宮 亜月"と呼べるものではなかった。
笹部『・・・それ本気でやってるの?』
大野「は、はい・・・一応・・・」
ガラス越しに見えるコントロールルームでは、笹部と安西が険しい顔で何やら議論しを交わしており、ブースの中では、さっきまで大野を持て囃していた声優たちが騒然とし出す。
そのただならぬ空気は、大野にも伝わっており、顔が青ざめている。
声優A「今のが本気って・・・嘘でしょ?」
声優B「養成所・・・いや、素人以下?」
声優C「それにあの声、何か違くない?」
声優D「演技になったら、あの特徴的な声に変わるのかと思ったけど・・・」
声優E「あの人本当に、"柴宮亜月"・・・?」
絶体絶命の状況に追い込まれてしまう大野。
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