「ファーストレディ・ファースト」第2話
■【回想(過去)・夢の中・(病室・昼間)】
病室のベッドの上であぐらをかく、主人公の祖父”上井住 十栄”。
十栄「のう九夏よ。最近野球もせずにずっと家にいるらしいが、そりゃ本当か・・・?」
その隣に座る幼き頃の九夏。
九夏「おじいちゃん・・・おんなのこって、プロやきゅーのかんとくになれないの?おじいちゃんみたいに、なれないの・・・?」
不安そうな顔で問いかける幼い九夏。
十栄「・・・なぜそんな事を聞く?」
九夏「まわりのともだちがいってくるの。オンナじゃムリだって。ほかのおんなのこもみんなやきゅうやめちゃって・・・。やきゅうがたのしくなくなっちゃったの・・・」
悲しそうな顔をする九夏。
十栄「ふむ・・・そうじゃなぁ・・・確かに女の子はなれないだろうなぁ・・・」
顎に手を置き、少し悩んで顔を九夏からそむける十栄。
それを聞いて、泣きそうな顔をする九夏。
九夏「やっぱり・・・」
ぐるりと顔を向けて、九夏に満面の笑顔を見せる十英。
十栄「”普通”は・・・な?」
九夏「ふつー・・・?」
十栄「女の子がプロ野球の監督になるなんて、普通は無理だろう。でも、九夏が何を言われても、最後まで道なき道をよろけて、転げて、壁にぶつかって、時には寄り道もして。それでも諦めずに信じて走り続けた時、その後ろには、不揃いで奇妙な足跡がずうっと続いているんじゃよ。そうなった時に、”奇跡”が起こる。普通をひっく返す、”奇跡”がな」
いまいち、どういうことかわかっていない顔の九夏。
九夏「”きせき”・・・」
十栄「待ってただけで起こることは、偶然。めいいっぱい走った先に待つ、ご褒美みたいなものが奇跡で、これは必然。自分で起こすものだということじゃ」
九夏「ん〜・・むずかしくてよくわかんないや」
十栄「はっはっは。今はそれでもええわい」
ポンと手を九夏の頭に置く十栄。
十栄「待ってろ九夏。じいちゃんが、九夏がまた野球を好きになれるような、どでかい"奇跡”ってやつを、起こしてやるからのぉ!」
■(車内・夕方)
有藤「九夏さん、九夏さん・・・!」
運転席から、後部座席の九夏を起こす有藤。
九夏「んっ・・・」
寝ぼけ眼な九夏。
有藤「着きましたよ」
九夏「どうしても見せたいものって・・・ここは・・・」
九夏が窓越しに外を見ると、ここがレッドバッカーズ本拠地でもある、レッドバックスタジアムの前だと気づく。
有藤「レッドバッカーズ本拠地、レッドバックスタジアムです。久しぶり・・・ですよね?ここに来られるのは」
九夏「・・・うん」
有藤「監督になる前に、あなたをどうしても今日、ここに連れてきたかったんです。それではいきましょうか。本日行われる試合は"特別"ですので」
九夏「特別・・・?」
■(レッドバックスタジアム・スタンド席最上段・夕方)
九夏「野球観戦って、球場って、そういえばこんな感じだったかも・・・」
ガヤガヤと騒がしい声が、試合開始を待つファン達の期待感を表している。
有藤「どうやら、始まるようです」
グラウンドを見つめる有藤。
すると、両ベンチから選手達が続々とグラウンドに出てきて一列に並ぶ。
その際、選手達のユニフォームの背番号が全員10番で統一されていて、名前が書かれていないことに気づく九夏。
九夏「あれ、背番号が・・・」
すると、場内アナウンスがかかる。
アナウンス「球場へお越しのみなさま。ご起立ください」
観客が一斉に席を立つ。
有藤も立っており、九夏も慌てて立つと、ユニフォームを着ているファンの背番号も全て10番で、名前が入っていない特別仕様だときづく。
九夏「みんな10番って・・・まさか・・・」
アナウンス「本日の追悼試合に先駆けまして、ただいまから、亡くなられた元レッドバッカーズ『上井住十栄』監督の追悼セレモニーを行います」
アナウンス「黙祷」
すると、熱気と期待で渦巻いていた球場から音が消える。
驚きで言葉が出ずに、口元を抑える九夏。
アナウンス「では、これから故・『上井住十栄』監督を偲ぶ特別映像を流しますので、 皆様大型ビジョンにご注目ください」
そのアナウンスとともに、大型ビジョンにユニフォーム姿の『上井住十栄』の生前の姿が映し出される。
その背中の、背番号10番がアップで映る。
九夏「なんで・・・」
理解が追いついていない九夏。
大型ビジョンに、次々とレッドバッカーズで監督として手腕をふるっている十栄の映像や写真が流れる。
それを見ていた前の席に座るレッドバッカーズのユニフォームを着た子供が、左隣の父親に尋ねる。
子供「ねぇ、おとーさん。あのおじちゃんだーれ?」
レッドバッカーズファンの父親「あれは、『上井住十栄』っていう監督でな。この人が監督の時は、レッドバッカーズ強かったんだぞ〜」
子供「うそだー!ことしもビリって、おとーさんいってたじゃん!」
レッドバッカーズファンの父親「あっははは・・。そうなんだけどな、あの時は毎日、何が起こるかワクワクして、試合を見に行くのが楽しくてなぁ」
すると、少年の右隣にいる、他球団ファンの男性が、少年に話しかける。
他球団ファンの男性A「そうだぞボウズ!俺は他球団ファンだが、上井住監督時代のレッドバッカーズは、他チームのファンから見てもワクワクする采配や試合展開ばかりだったなぁ」
さらに一つ前の席に座る、他球団ファンの別のおじさんも話に加わる。
他球団ファンの男性B「わかるぞ〜その気持ち。特に、一度退任した上井住監督が電撃復帰して、チームを日本一へあと一歩のところまで導いたあのシーズンはすごかったなぁ」
レッドバッカーズファンの父親「あの時は、本当に一本の映画を見ている感じというか。そういう感覚でした」
他球団ファンの男性A「なんかあの時、野球界全体に一筋の光が差し込んだって感じでさぁ」
他球団ファンの男性B「実際、その年までプロ野球の観客動員数は 減り続けていたのに、あのシーズンで爆発的に増えたらしいしなぁ」
レッドバッカーズファンの父親「私も、実はその1人です。その時、ちょうど会社をクビになってて、野球観戦に行く元気すらなかったんですけど、上井住監督のどんなに自分が辛くても監最前線で戦っていた姿を見て、俺も頑張らなきゃってなっ て今の会社に再就職できたんですよね。そこで、今の嫁とも出会ったので、上井住監督がいなかったらこの子はいなかったかもしれないんです。だから、今がどんなに弱くて暗黒期と呼ばれていても、ファンやめられないんですよね」
後ろでずっと聞いていた九夏と有藤。
有藤「何年たっても、誰も忘れてなんかいない。忘れられるわけないんです。私や あなた、そしてレッドバッカーズのファンだけじゃなく、野球に関わる全ての人達の心の中に、今もでっかくあぐらかいて座ってるんですよ、 あの人は。最後まで野球を、野球に関わる人を愛していた。だからあの時、上井住監督は、自ら監督に復帰することを選んだのです」
九夏「自・・・ら?」
有藤「・・・えぇ。そしてその理由は、九夏さん・・・あなたです」
九夏「え・・・?」
有藤「十栄さんが亡くなったのあの日、私はベンチにいる監督の横にいました。そして、満員の熱狂する観客席をベンチから眺めながら、あの人は言いました。『孫の九夏に、この景色を見せてやったら、また野球を好きになって、笑ってくれるかもしれない』と」
有藤「上井住監督が、監督として復帰したのは、あなたのためでもあったんです。 そして、野球であなたや、ファンの人達、野球に関係する全ての人達に笑顔を、情熱を、信念を届けようとしたんです。少なくとも私は、今日ここにいる人たちの心には届いていると思っています。それを知って欲しくて、今日私は、あなたをここに連れてきました」
有藤「上井住九夏!あなたには、届いていますか?あの人の想いが!あの人が最後にやり遂げて、あなたに残したものが!」
祖父やこのスタジアム、野球との沢山の思い出を巡らせる九夏。
それは、悲しい思い出よりはるかにたくさんの楽しくて、かけがえのない瞬間がたくさんあった。
そして今、球場のビジョンに映る十栄を指差しながら、それぞれの思い出を語るファンや選手達を見る。
九夏「おじいちゃん・・・今、今わかったよ。おじいちゃんがアタシに残してくれたものが・・・。ここに、ここにずうっとあったんだね・・・」
涙を流し、胸を抑えながらつぶやく九夏。
九夏「大好きだよ、これからも。おじいちゃんが。そして、おじいちゃんに教えてもらった野球が・・・!」
心の中の、隅で小さく蹲った九夏の頭に、優しく手を置く祖父”十栄” (精神世界的なもの)。
九夏「私、やるよ。アタシとおじいちゃんと、ここにいる人たちの夢を未来に繋げられるように!野球でみんなが笑顔になれるように!レッドバッカーズの監督、望むところじゃん!」
有藤「九夏さん・・・!」
レッドバッカーズファンの父親「いつか、上井住監督みたいな救世主が現れて、あの時みたいな奇跡が起こるんじゃないかってずうっと夢見てるんだけどなあ・・・」
すると、前に座るファンに話しかける九夏。
九夏「いいね〜、”奇跡”!ただ待ってるだけで、何か凄い事が起こっても、それは ”偶然”だけど、奇跡は走り続けた先に待つ、ご褒美みたいなもので、自分で起こす”必然”のもの。私の大好きな言葉だよ!」
突然のことに困惑するファン達。
九夏「よーし、やるぞ〜!おーーー!」
ファン達「・・・お、おーー???」
■(レッドバックスタジアム・監督室・夜)
九夏「ここがおじいちゃんが座ってた・・・」
監督室の椅子に恐る恐る座る九夏。
有藤「・・・失礼します」
コンコンとドアをノックして入室する有藤。
九夏「く、くるしゅーない」
改まった有藤と監督室の雰囲気に緊張する九夏。
有藤「それでは"監督"・・・早速明日、初仕事です」
九夏「な、なんでしょう・・・?」
息を呑む九夏。
有藤「それは・・・”ドラフト会議”です」
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