「ファーストレディ・ファースト」第1話
【あらすじ】
野球嫌いな女子高生『上井住九夏』の元に、ある日『有藤 柊』という人物が、以前祖父が監督をやっていたプロ野球チームの新監督になって欲しいと訪ねてくる。
九夏は、病を患っていた祖父が以前球団に頼まれ無理をした結果、グラウンドで命を落としていたのもあって、頑なに拒んでいた。
しかし、女子だと言うことを隠し、男だと偽って甲子園優勝投手になった『久場海林』との出会いから始まり、改めて野球の素晴らしさを実感した九夏は、監督を承諾する。
正体を隠しながら、球速では劣るものの抜群の変化球でエースとして活躍する海林。祖父譲りの才を武器に、数々の奇跡を起こす九夏。
2人の女子がプロ野球界に革命を起こす!
【本編】
■場面(新金高校グラウンド・昼間)
ミーンミーンと、木にとまったセミが鳴いている。
空は雲ひとつない青空で、容赦無く太陽が照らしている。
フェンスを隔てた向こうでは、青春の汗をかきながら、白いユニフォームに身を包んだ高校球児達が練習をしている。
一方、グラウンドに面した校舎の2階では、2人の制服を着た女子がクーラーの効いた自習室で勉強している、という対極の光景が広がっている。
野球部員A「っしゃー、難しいのいったぞ!」
シートノックの要領で、フライをあげる野球部員A。
野球部員B「オーライ、オーライ!・・・よっしゃあ!」
それをジャンピングキャッチする、ライトのポジションで守っていた野球部員B。
野球部員C「おー、やるじゃん!」
それを見ていた横の部員が話しかける。
野球部員B「だろ?俺たちも成長したよな・・・」
野球部員A「あぁ、みんな最初はあんなに下手くそだったのに、よく頑張ったよ」
ノックを打っていたAがバットを持って、BとCのいる場所まで来る。
野球部員C「あぁ、これなら俺たちも、目指せるかもしれないなぁ・・」
天を見上げる野球部員C
野球部員A「あの、夢の舞台を・・・」
同じように見上げる野球部員A。
野球部員C「あの、青春の頂を・・・」
同じく見上げる野球部員C。
3人で輪になり、人差し指を空にある太陽へと突き上げる。
野球部員A・B・C「「「俺たちの甲子園への道は、ここからはじま・・・」」」
その瞬間、ガラッと勢いよく自習室の窓を開けて、毛先にパーマがかかった金髪で、制服をアレンジしたちょいギャルファッションという格好をした今作の主人公、『上井住 九夏』がグラウンドに向かって大声で叫ぶ。
九夏「らないんだよ!!!!もう10月なんだよ!!甲子園なんてとっくに終わってんだよぉぉぉぉ!!!」
突然の出来事に、ポカーンと固まる野球部3人組。
九夏「だいたいアンタら3年でとっくに引退してるでしょ!?いっつまでも、終わった夢見てる場合か!!こちとら受験まで残り少ない時間でスパートかけて、朝から自習室で勉強してるってのに・・・今日は野球部の練習もなく、ゆっくり勉強できるつもりで来てみたら、外からやかましい声とバットの金属音が聞こえてきて集中できないんだよ!!それに、昨日見たかったドラマも野球中継の延長で録画できてなかったし、試合がある日はバスの臨時便が出て、それに間違って乗って遅刻したことだってあるし、県外の人からは、野球チームの本拠地に住んでる人は全員野球チームを応援していると思われて、聞きたくもない野球の話させられるし。だから・・・これだから野球が・・・アタシは嫌いなんだぁぁぁぁ!!」
野球部員達を超えた、野球への不満を早口で捲し立て、グラウンドに向かって叫ぶ九夏。
■場面転換(新金高校1階自習室・昼間)
菜緒「九夏・・・もう誰もいないよ」
クラスメイトで、一緒に自習室で勉強していた『的山 菜緒』が、椅子に座って頬杖を着いたまま、呆れたように九夏に声をかける。
その後ろには、資料や新聞が置かれていて、見出しには”レッドバッカーズ監督が野球賭博に関与!?”という見出しが書かれている。
九夏が我に帰ったようにグラウンドを見ると、そこには誰もおらず、ミーンミー ンと鳴くセミだけがいた。
九夏「この根性なし!!やるなら最後までやって、自分たちだけの甲子園を開催するぐらいの気概を見せんか!!」
また九夏が叫ぶと、今度は唯一残っていたセミすら飛んで逃げていき、グラウンドは静寂に包まれる。
菜緒「どっちだよ・・・高校球児たちも気の毒に。まぁ、10月でこの異常な暑さはイライラするのわかるけど。それに勘違いした結果、セミやああいうのが湧いてきてうるさくなるんだし」
プリントを埋めながら話す菜緒。
九夏「太陽まで、私の勉強の邪魔をするというのか・・・ってか菜緒の方が扱い酷くない?ああいうのって・・・」
窓から太陽を一瞥し、自分の荷物を置いて陣取っていた席に座り直す九夏。
菜緒「ていうか、自分はいかにもあなた達と違って、ずっと前から受験のために勉強していました、みたいな言い方してたけど、九夏が進学目指し出したのついこの前じゃん。それまではやりたいこともないから、地球一周旅行に行くとか言ってたし」
九夏「うるさいなぁ。1日でも早く始めた方が偉いんだよ〜だ」
菜緒「それじゃあ私は、この教科書に載ってるレベルの偉人って事になるけど・・・まぁいいや。そういえば、進学目指すって言った時くらいから酷くなったよね、九夏の”野球嫌い”」
振り返って疑問に思っていたことを、教科書片手にふってみる菜緒。
九夏「そ、そうかなぁ・・・」
思い当たるフシがある九夏は、バックから参考書を取り出す手が一瞬止まる。
菜緒「もしかして、何かあった・・・?」
九夏の動揺を感じ取り、ペンを止めて聞く菜緒。
九夏「別に・・・何もないよ、何も・・・」
思い出したくないことを思い出し、渋い顔で歯切れ悪そうに答える九夏。
■場面転換(上井住家・昼下がり)
ガチャッ、と疲れた顔をした九夏が、扉を開けて帰宅する。
九夏「ただいま〜・・・可愛い可愛い一人娘のおかえりだよ〜」
有藤「これはこれは、可愛い可愛い一人娘さん。お帰りなさい」
リビングから父でもなく、ましてや母でもない男性の声が聞こえてきて、驚くと同時に寒気を感じる九夏。
そして、見慣れない革靴が玄関にある事に気づき、声の主に心当たりを覚え、玄関に持っていたスクールバッグを放り投げ、リビングに急ぐ九夏。
<まさか・・・>
すると、嫌な予感は当たっており、そこにいたのはプロ野球チーム”レッドバッカーズ"の球団関係者を名乗る、黒髪センターパートの体つきが良いスーツを着込んだ30代の男、『有藤 柊』だった。
九夏「げっ・・・」
露骨に嫌そうな顔をする九夏。
有藤「お帰りなさい」
すました顔で、これがいつも通りだと言わんばかりに、お茶を飲みながらリビングでくつろいでいる有藤。
九夏「なんでアンタがウチにいるの!?」
有藤「ご両親に、九夏さんが帰るまでウチでゆっくりしていってくださいと、ご丁寧に招き入れて頂いたので、お邪魔させてもらっています」
九夏「あんのお気楽夫婦・・・」
有藤「今日こそ、良いお返事をもらいに来ました」
手に持っていた湯のみを置いて、真面目な顔をして、椅子から立ち上がる有藤。
有藤「私たち、レッドバッカーズの新しい監督になってください」
少しの間を置いて、九夏が口を開く。
九夏「・・・嫌だ、って何度も断ったはずだけど」
有藤「私も、諦めませんって言いました」
真っ直ぐな瞳で見つめる有藤。
呆れる九夏。
九夏「・・・あのねぇ、そもそもただの女子高生が、プロ野球の監督なんてなれるわけないじゃん」
有藤「いえ、そのような年齢や性別を制限するような規定、プロ野球の監督にはありません。学業面で行くと、不本意ながらもう今シーズンは終了してますし、コーチやスタッフもサポート出来ますので、ご卒業されるまでは学校の方を優先してもらって、 卒業してから本格的に監督として専業的に活動してもらう、という形でこちらも考えてい ます」
至って真面目に答える有藤。
九夏「・・・だとしても、世間が、ファンが納得しないでしょ。こんなどこの馬の骨かもわからない小娘が、いきなり監督やるってなったら。ヘタしたら暴動とか起きるんじゃ・・・」
有藤「我がレッドバッカーズは去年まで4年連続最下位。今シーズンの最下位も先日決まり、5年連続最下位という不名誉な球団新記録を樹立しました。そして、先日メディアでも大きく報じられた通り、今年度監督としてチームを率いた”柄瀬 俊彰”の野球賭博関与が報じられ、すでに退任が決まっています。ここ数年は暗黒期と呼ばれ、今レッドバッカーズは暗い闇に閉ざされています。だからこそ、みんなが光を、救世主を、奇跡を、求めているんです」
熱く語る有藤とは真逆で、何も言わず下を向く九夏。
九夏「・・・」
有藤「だからその役目には、あなたが相応しい。だって、だってあなたは・・・」
有藤の言葉を遮って九夏が口を開く。
九夏「”上井住 十栄”の孫だから・・・でしょ?」
有藤の言葉が一瞬止まって、冷静さを取り戻したかのように話す。
有藤「・・・はい。そうですね。それは要因の一つです」
九夏「そうやって・・・そうやって担ぎ上げて、療養中だったおじいちゃんを無理やり監督に戻して、命を奪ったのはあなた達でしょ!?それを・・・それをまたこうやってアタシが孫だからって引っ張り出して、客寄せパンダのように扱って、もちあげて、最後には使い捨てるんでしょ!?おじいちゃんの時みたいに!!」
感情が抑えられなくなる九夏。
有藤「・・・”上井住”監督の事は、本当に弁解のしようがありません。客寄せパンダのように、というのは語弊がありますが、そういった話題性が必要ということも否定はしません。ですが私は、あなたなら素晴らしい監督に・・・」
九夏「・・・もうたくさんだよ!!これ以上私から、大切なモノを奪わないでよ。 これ以上、野球を嫌いになりたくない・・・!」
そう言って、走って家を飛び出そうとする九夏。
その時、ちょうど父親が帰ってきて、九夏と入れ違いになる。
九夏の父「お、おい九夏!?どこ行くんだ!」
制止を振り切ってどこかにいってしまう九夏。
残されて立ち尽くす有藤。
その視線の先には、リビングの横にある和室。
そこには仏壇があり、九夏の祖父である『上井住十栄』の遺影が飾られている。
それを見ながら呟く有藤。
有藤「監督・・・あなたがいたら、きっと私を叱るんでしょうね。昔のように」
■(遊具、テニスコート、野球グラウンドなどが併設されている中規模公園・昼下がり)
遊具がある場所の隣に、小規模の野球場が併設している公園。
そこにあるブランコに座っている九夏。
九夏「もう分かんないよ・・・私はどうすればいいの?教えてよ、おじいちゃん・・・」
俯いて考え込む九夏。
その横にあるグラウンドには、小学校高学年くらいの男女8人と、ウィンドブレーカーを着てキャップを被った高校球児、『久場 海林』がバットとグローブを持って、 マウンド上で輪になって何かを相談していた。
そして、子供の中の一人がブランコに座っている九夏を指差す。
全員が、九夏に気づき注目する。
久場「ねぇ」
話しかけられ、九夏が顔をあげると、そこには、先程グラウンドにいた久場が目の前にいた。
久場「ほら、やっぱ生きてるじゃん」
九夏「・・・え?」
困惑する九夏。
少年A「ちぇ〜、ユーレイじゃないのかよ。つまんねーなー」
少女A「とか言って1番ビビってたくせに」
少年A「はぁ!?ぜ、ぜんぜんビビってなんかねーし!」
少女B「わたしは、すごくこわかったから、ユーレイじゃなくてよかった〜」
少年B「まぁ、幽霊なんて非科学な存在、僕は最初から信じていませんでしたけどね」
久場の後ろから、少年少女達が次々と現れ、自分の目の前でわちゃわちゃと騒ぎ出す。
九夏「一体、どういうこと・・・?」
久場「こいつらがブランコでずっと座ってるアンタを見て、幽霊じゃないかって騒ぎ出して、怖くて遊べないから確認して欲しいって頼まれたんだよ」
九夏「あっ、そうなんだ。みんな怖がらせてごめんね」
ブランコに座っているので、目線がほとんど同じ少年少女達に、手を合わせて謝罪する。
少年C「じゃー、いっしょに遊んでくれたら許す!」
小女C「それ、さんせー!ちょうどこのおねーちゃん入れたらぴったりだし」
少年少女達が口々にそれいいねー、などと賛成の意を示す。
九夏「遊びって何するの・・・?」
少年少女一同「「「「やきゅう!!!!」」」」」
九夏の問いに、全員が声を揃えて元気よく答える。
九夏「や、野球か・・・アタシ女だし、上手くないし・・・」
あまりそういう気分じゃないということもあり、断ろうとする九夏。
少女D「わたしも、女子だけどやきゅうやってるよ!」
元気のいい女の子、少女Dが手をあげて叫ぶ。
少年D「ボクもこの前始めたばかりで、まだまだ下手くそだけど、やってみると意外に楽しい・・・ですよ」
控えめな男の子、少年Dが、もじもじしながら話す。
久場「観念した方が良いよ。俺も何回も断ったけど、こいつらぜんぜん諦めなかったから」
背中を向けて、すでにグラウンドの方へと踵を返している久場が、諭すように話す。
少年A「ほら、行くぞ〜!」
少女A「いこいこー!」
少年少女達に腕を引っ張られ、ブランコから立ちあがり、無人のブランコがその反動で揺れている。
九夏「もうこうなったら知らないぞ〜。アタシの本気見せてビビらせてやる!!」
吹っ切れた九夏が、グラウンドに少年少女達と向かう。
この時、ポケットから学生証が入ったパスケースが地面に落ちる。
■(公園のグラウンド内・昼下がり)
打っては三振して、投げては大暴投と、珍プレーを続出させて少年少女達に笑われていたが、まぐれで大飛球を飛ばす時もあり、その度に子供達を驚かせ、全力で野球を楽しむ九夏。
そして、疲れて少年少女達に出番を譲り、グラウンド内のベンチに座る九夏と久場。
九夏「いや〜、久しぶりだなぁ。こんなにはしゃいだの」
久場「どっちが小学生かわからなかったけど」
九夏「・・・うん。なんだか本当に小さい頃に戻った感じがした。私、小さい頃はこんな感じで男子に混ざって野球してたんだ」
久場「へ〜、アンタは爪とか服とか気にして野球なんか・・・って感じだと思ったけど」
九夏「あの頃は、本当に純粋に野球が好きだったんだ。下手くそでも、無謀でも、とにかくがむしゃらに好きだった。でも、歳を重ねるごとにちょっとずつ、周りが野球と離れていったり、男女で趣味とかが別れたり、徐々に”ズレ”が大きくなっていって・・・。それでも、なんとか好きでいられたんだけど、ある時、唯一女子で野球が好きだった親友と離れ離れになって、私に野球の楽しさを教えてくれた、大好きだったおじいちゃんが死んじゃって。その時から、好きじゃなくなった、というか、好きになったらダメなんだ、って思うようになったのかも。それで、自分で必死に心の隅に野球を追いやるようにしてたんだ」
久場「・・・」
黙って聞く久場(実はこの親友というのが、久場の事)。
九夏「でもこの前、プロ野球の監督になってくれないかっていきなり言われちゃってさ」
久場「プロ野球の、監督・・・アンタが?」
驚く久場。
九夏「信じらんないでしょ?でも、ほんとなんだ。私のその死んだおじいちゃんが、昔監督やってて、それで孫の私にやってほしいって」
久場「・・・ふーん」
まだ半信半疑な久場。
九夏「もちろん、すぐ断ったんだけどね。その日の夜、どこかへ追いやっていたはずの野球への想いが、思い出が蘇ってきて、思い出しちゃったんだよね。私の小さい頃の夢が、『おじいちゃんみたいなプロ野球の監督』だったってことを。誰に何を言われても、夢を語っていたあの頃の小さかった自分を、私の心の隅っこで見つけちゃったんだ」
九夏「それで、日が経つに連れて相反する感情が私の中でぐちゃぐちゃになってなんだかわけわかんなくなってさ。今日も家に球団の人が来てたんだけど、思わず飛び出してきちゃって。本当に子供だな〜って、自分でも思うんだけど、もうどうしたら良いか分かんなくて、そこのブランコで答えの出ないままボーっとしてたの」
グラブをつけ、ボールを上に小さく投げてはキャッチして、という動作を繰り返す久場。
久場「・・・へ〜。さっきのあいつらと野球で遊んでたアンタを見た限り、俺には、そんな簡単な問題の答えなんか、とっくに出てるのかと思ったけど」
九夏「・・・え?」
久場「ただ、どれだけ隅っこでうずくまってても、アンタの中から決していなくなることはなかった小学生の頃のアンタを大事にしてあげればいいだけじゃん」
ちょうど、ボールが久場の足元に転がってきて、それを少年Aが取りにくる。足元のボールを久場が拾い、少年Aの広げた手に乗せる。
少年A「にーちゃんありがとう!」
久場「なぁ、ちびっ子・・・将来の夢は?」
少年A「もちろん、メジャーリーガー!そんで有名になって、でっかい銅像を立てて もらうんだ!自由の女神の隣に!」
大きな声で、真っ直ぐな目で、何も飾らず、偽らず、大きな声で夢を語る少年A。
その声を他の少年少女達が聞きつけ、ベンチの前に集まってくる。
少女B「わたしは、スーパーカリスマモデルになる!」
少年B「ボクは、もちろんノーベル賞受賞です」
少年C「オレは、やっぱりみつぼしレストランのりょーりちょー!」
少女C「わたしはアイドルになってとーきょードームでライブ!」
少女A「わたしも、メジャーリーガーになるんだ!」
少年A「お前、女子じゃねぇか!なれるわけないだろ?」
少女A「そんなのやってみないとわかんないじゃん!」
少女D「そうだよ!ね、おにーちゃん!」
久場「あぁ・・・そうだな」
ポーカーフェイスの久場が、どこか嬉しそうな顔で答える(自分も実は女だから)。
少年A「よーし、じゃあ今から決着つけるか〜?」
少女A「やってやるわよ・・・!」
そう言ってまた、グラウンドへと戻っていく少年少女達。
久場「あいつらの前で、夢は叶わない・・・諦めた方がいい・・・なんて言えないだろ?」
少年Aが投げた球を少女Aがフルスイングして、空振りして尻餅をついている。
九夏「・・・うん。あの子達なら、なんでも叶えちゃいそう」
久場「俺たちの小さい頃もきっとあんな感じで、大きな夢を語って・・・でも、歳を重ねて大きくなるたびに笑われる事が多くなって、その存在自体を無かったことにして消してしまうヤツもいる。俺はそれでも、今はあの時の自分を救うために頑張ろうって思う。あの頃の自分に、『周りに何を言われても気にするな。その悔しさも全部夢への材料で、いつか絶対叶うから』って、言ってやれるように今も夢を追い続け、叶え続けていたい・・・ってね」
ベンチから立ち上がり、ウィンドブレーカーのポケットに左手を入れて、右手にはグラブを持って、グラウンドの出口に向かって歩き出す久場。
久場「まぁ、決めるのはアンタだし、どっちでもいいけど。じゃ、俺はあいつらに気づかれないうちに帰る」
そう言ってグラウンドを出ていこうとする久場。
久場「それに、その昔の親友の女の子、案外今も野球を続けてて、甲子園に出たりしてるかもなあ・・・」
去り際に呟く久場。
九夏「・・・ちょっと!何にも知らないと思って揶揄わないでよ!甲子園には男の子しか出られないって事くらい、私でも分かるんだから〜!」
その後ろ姿に叫ぶ九夏。
そして、残った九夏の目に映るのは、なんとか打ち返そうとバッターボックスで汗をかき、半泣きになりながらも、目を輝かせて一生懸命になっている少女A。
少年Aのボールに、また空振りする少女A。
少年A「おいおい!オレのごーそっきゅーにビビって泣きそうになってんじゃん!もうあきらめておうちでままごとでもやってろよ!」
マウンド上で、何度もしつこく挑んでくる少女Aに呆れ顔になっている少年A。
少女B「うるさい!!逃げたりしないもん!!ぜったい打てるようになるまであきらめないんだから!!」
震えながら、それでも譲らない少女A。
その姿に昔の自分を重ね、決意する九夏。
<私は、もう逃げない!私を諦めないために!!>
九夏「タイム!!」
そう言って、バッターボックスの少女Aの元に行く九夏。
九夏「ねぇ、左打席に立ってみない?」
少女A「左打席・・・?でも私、右利きだよ?」
頭にはてなマークを浮かべる少女A。
少年「何やってもムダムダ!うんどーおんちでどんくせーんだもんこいつ!」
余裕綽々で挑発するような物言いをするマウンド上の少年A。
その言葉に、不安そうな顔をする少女A。
九夏「私はね・・・君がメジャーリーガーになれるって信じてる。他の誰がなんて言おうと、私は信じ続ける。だから、今だけでも良いの。あの子から打つために、私を信じてみない?」
屈んで少女Aに目線を合わせ、真っ直ぐに伝える九夏。
少女A「わたしの夢・・・バカにしないで信じてるって言ってくれたの、おねーちゃんがはじめてかも」
九夏の言葉に心を開く少女A。
少女A「・・・わかった!おねーちゃんのこと信じる!!」
そう言って、左打席に入る少女A。
少年Aが容赦無く全力で投げる。
少年A「こいつがオレのボールを打つなんてキセキ、起こるわけねーじゃん!」
それを見事少女Aが捉え、カキーンという金属バットの小気味いい音とともに、守備についていた他の少年少女達の頭上を越え、外野までボールを飛ばす。
<<<大丈夫。諦めないで信じ続けていれば、奇跡は起こせるモノだから>>>
少女Aと九夏が両手でハイタッチをして喜ぶ。
グラウンドの外から金網越しに、ことの顛末を見ていた久場。
その手には、九夏が落としていた学生証が入ったパスケースがあった。
この時、久場は九夏が『上井住十栄』の孫娘だという事を知る。
久場「どうやら、ただの大ボラ吹きって訳でもないらしい」
笑みを浮かべ、立ち去る久場。
■(公園のグラウンド内・夕暮れ)
子供達を返し、1人ベンチに残っていた九夏。
そこに、スーツ姿で汗だくになりながら、九夏を探しにきた有藤。
有藤「・・・ここにいたんですね」
九夏「うん・・・」
有藤「このグラウンドで、監督・・・十栄さんと小さい頃のあなたがよくキャッチボールをしていたこと、私は昨日のように覚えていますよ」
九夏「そう・・・だね。こにはおじいちゃんとの思い出がありすぎて、来ないようにしていたのに。気がついたらここにいたんだよね」
有藤「九夏さん、あなたは先程言いましたよね?これ以上、野球を嫌いになりたくない・・・と」
九夏「・・・うん」
有藤「本当にすみませんでした」
頭を深く下げる有藤。
有藤「監督が・・・十栄さんが一番望んでいたことは、あなたが野球を好きでいてくれることだと・・・私は分かっていたにも関わらず、あなたにもう一度野球に関わって欲しいばかりに、無理な話を押し付け、手段と目的が入れ替わっていました」
有藤「もっと別の手段で、ゆっくりと時間をかけるべきでした。だから、監督の話は______」
九夏「・・・っ・・・はは・・・あははは!」
真剣な顔をして誠心誠意謝る有藤を見て、笑いが込み上げ、耐えきれず吹き出してしまう九夏。
有藤「・・・?九夏さん・・・?」
困惑する有藤。
九夏「______私、決めた」
利用する訳ではない、有藤の真摯な対応が見て取れた九夏が決意する。
そしてちょうど、夕方から陽が完全に落ちて夜になる。
夜になると自動で点灯するようになっているナイターの明かりが、九夏をピンスポットのように照らし、その光を背に、人差し指を空に突き上げる九夏。
九夏「目指すは日本の1番のみ!それ以外には一切興味なし!!見てなよ、日本一の監督になって、おじいちゃんも超えて、アタシがプロ野球界の光になってやるんだから!」
笑顔で、自信満々な九夏の言葉に、心を動かされる有藤。
有藤「・・・5年連続最下位のチームを、女子高生の監督が日本一に・・・そんな”奇跡”を、あなたなら、あなたとならきっと・・・」
第2話
第3話
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