法廷に響く英国騎士の叫び(傷害致死) 傍聴小景#48
司法の場に市民の目を、ということで始まった裁判員裁判。もう13年目を迎えるので、皆さんの周りにも経験したことがある人もちらほらいるのかもしれません。
正直、殺人やら重大な犯罪ばかりで、そのどこに市民の意見を入れたらいいの…と思わなくもないですが、今回は是非皆さんにも考えてもらいたい、とある裁判員裁判の事例を紹介。
はじめに ~被告人は英国人~
今まで、どんだけ有名なノーマスクでも名前を出してこなかったこのコンテンツですが、今回は私の判断で名前を出します。理由は最後まで読んでね。
裁判員は6名。20代と見られる女性から、上は50代くらいの男性でしょうか。イロモネアだったらこの人笑わなそうだなと思う方は一人いたのですが、裁判ですのでそんなこと言っている場合ではありません。
事件の概要(起訴状の要約) ~事実は認めるけど無罪主張~
どれほどの力で蹴られたのか、またどのように倒れたのかはわかりませんが、相当打ちどころも悪かったのでしょう。ご冥福をお祈りいたします。
繁華街の路上が犯行場所ということで、酔っ払い同士のいざこざかなと予想されるのですが、その予想は近からず遠からずといったところです。
この起訴状に対して、被告人と弁護人は以下のように意見を述べます。
起訴状にはなかった女性が出てきたり、無罪を主張したり、誤想防衛とか聞き慣れない言葉が出てきたり慌ただしくなってきました。ひとまず、詳しい説明する前に、情報をあらかた出してしまいましょう。
検察官が証拠として提出した資料や供述など
相当にややこしい話なのがわかるかと思います。実際の蹴る行動はともかく、守ろうとした行動ってのは言ってしまえば被告人の勘違いだったということですね。まぁ勘違いするなというのも難しそうな話ですし、でも結果は重大ですし。
ここで裁判長が争点を整理しました。いろいろと難しい話をしていましたが、その中でも「誤想防衛が成立するか」というのが大きなポイントのようです。
先ほども出てきました「誤想防衛」。「正当防衛」というのは聞いたことはあるでしょうが、なかなか聞き馴染みのある言葉ではありません。
誤想防衛というのを簡単に説明すると、正当防衛が成立する状態でないにも関わらず、その認識を誤って反撃行為を行うことをいいます。すると気になるのは正当防衛が成立する条件。
これは以下の4つの要件が必要のようです。
この中でまた聞き馴染みのない言葉「急迫不正の侵害」について少し。
これは、他人の違法な行為で法益が侵害、または差し迫っている状況のことを指します。わかりやすく言えば、暴力を奮っていたり、それが近づいているということですね。
今回、被告人の勘違いなので、③や④には当てはまらないと思われますが、その判断を誤った誤想防衛が適用されるかという話になります。この誤った判断に過失が認められるような場合には過失犯として認められる可能性があるとのこと。
なんか珍しく法律コンテンツっぽいこと書いちゃってますね。私もぺらっぺらの脳みそを沸騰させながら頑張って書いております。法律上の正確な表現ができているか微妙なのでこのあたりにしておきますが。
証人尋問 ~Aの「助けて」とは~
証人として、検察官が被害者の交際相手のAさんと目撃者B、弁護人が目撃者Cを申請しました。いずれも事件現場にいた人です。長くなるので、ある程度かいつまんで紹介します。
なんとも紛らわしい…。検察としては「助けて」が、「私を守って」の意味じゃなかったと言いたいのでしょうね。
続いて弁護側。
弁護人としては、大声の言い合いなんだから勘違いしても仕方ないでしょということのようです。
続いてBさん
最後の質問なんやねん、という感じですが、記憶は曖昧ながら、傍目からもなだめているように見えるし、身の危険でなく自らふっかけているじゃないかという主張のようです。
続いて弁護側
被告人、被害者、Aさんの位置関係がよくわかりませんが、2mほど離れていたBさんにも聞こえるくらい大きな(?)声なのだから、切迫感があると誤信させるという主張ですかね。
続いて弁護側の証人のCさん
現場の状況から、第一印象では嫌がっていると見えたという証言です。
続いて検察官からは一つだけ。
双方の主張はわかりやすいほどです。普通に見てりゃわかるだろという検察側と、過失が起きても仕方ない状況があったという弁護側。また、被告人の日本語レベルが完璧ではないというところもこの議論に拍車がかけられています。
果たして、結末はどうなることやら。
被告人質問 ~日本の男はだらしない~
大きく事態が進展するわけではないのですが、被告人質問も抜粋して紹介。あまり日本語が得意でない被告人の発言ですが、私がクリアにしている前提でお読みください。
英国人の被告人ですが、見た目の体格としては日本人の平均的なものか、それよりやや小ぶり。被害者としては、まさか回し蹴りが飛んでくるとは思わなかったことと思います。
回し蹴りにいたる経緯や逃走の理由など、疑問が残る箇所もありますが、それまでの情報に色がついて鮮明になってきた気がします。
続いて検察官
日本人だらしないと言われてしまいました。まぁ確かに本当に危険な場面でも、どれだけの人が間に入るかわからなくはありますけどね。詳しいことはわかりませんが、現場には証人たち以外にもそれなりに人がいたみたいです
最後に裁判員、裁判官が質問します。
今までの情報を総括するような形で、
検察からは、周囲の判断からも行動に移した被告人の過失が認められるとすて求刑は懲役四年、
弁護側はあらためて誤想があれば罰するべきではないとして無罪を主張しました。
刑事事件の原則として、「疑わしきは被告人の利益に」という言葉があります。裁判で検察官が立証しなければいけないのは、誰がどう見ても他に疑いのないような状況です。疑わしいと思われる点があれば、それは減刑でなく、無罪という形で結果を出さなければなりません。
行為者は間違いなく被告人です。ただ、そこに過失があったか。この難しさは司法職だから答えられるものでなく、一般の裁判員の人と一緒に頭を悩ませたのではないでしょうか。
結論 ~意見が分かれた判決~
と、長々と書いてきたのですが、今回の話のネタばらしをします。
実は今回の話、裁判員裁判を考えるイベントにて行われた、「現実の」事件をもとにした模擬事例だったのです。目の前で起きていた裁判のやり取りは全て台本だったのです。ジョンスミスも仮名です。
ただ、裁判員、裁判官役の人の質問だけは台本になかったようで、状況から自ら手をあげて質問し、被告人役の方も必死に答えたようです。こういうイベントで勇気を出して手を挙げる意欲と、自分のことでもないのに咄嗟に答えるのは賛辞を贈りたいなと。
イベント参加者は事前に裁判員役と傍聴人役に別れました。プロ傍聴人である僕は、もちろんその適性を見抜かれて傍聴人役…。裁判員やりたかったなぁ…。
この記事自体は普段と同様、自分がメモしてのものなので、実際の台本と多分に異なる点があると思います。台本が手元にあるのに、必死に書き書きする姿、周りにはどう写っていたのかなぁ。私は私で傍聴人役を必死に演じておったのです。
今回の事件、現実のものをもとにしたと言っていますが、そのもとはこちらです。
実際の判決は、第1審は無罪、第2審は有罪(懲役1年6ヶ月、執行猶予3年)、最高裁は第2審の判決を支持ということで有罪が確定したようです。プロがこれだけ意見割れるのもよくわかる内容だったと思います。
実際、この裁判が裁判員裁判だったら、第1審はどういう判決になっていたんでしょうかね。一応、この模擬でも裁判員が意見を出し合うところまでやって、有罪が多数という判断になりました。有罪か無罪か挙手で決めていく様は、なかなか考えちゃうものがありましたが…。
普段、あまり争点について触れたり、有罪無罪について触れることがないのでとりあげて見ましたが、この手続きを見て改めて法曹関係者の日ごろの大変さ、仕事の緻密さを知ることになりました。
もちろんこの法体制も完璧なものでなく、自白の強要であったりでなんとか証拠を固めるという場面もあるのでしょう。しかし、なにか問題があってから糾弾するのでなく、そもそも普段からどういう動きをしているのか知るというのは、国民として知っておくべきことなのだと改めて感じました。
もっと、裁判所自体が開かれたものになればいいんですけどね。
というわけで、みんなも裁判所へ行ってみよう!
今回、イベント参加させていただきました、中央大学クレセントアカデミーに携われている皆さま本当にありがとうございました。
こういった法律を考えるイベントなどありましたら、是非また教えてください~。
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毎月約100件の裁判を傍聴している中から、特に印象深かったもの、読者の方に有意義と思われるもの、面白かったものを紹介します。 裁判のことを…
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