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巧みな弁護人の尋問テクニックに驚嘆!迷惑な電車男の訴えとは!? 23年印象的裁判第2位! 傍聴小景 #105(威力業務妨害、建造物侵入)

今日のテーマは尋問です。

大変恥ずかしながら「質問」「尋問」の違いをよくわかっていなかったのですが、いろいろ調べてみると

・答える義務があるのが「尋問」で、ないのが「質問」
「尋問」は質問者の中に答えがありそこへ誘導する問い、「質問」は相手の思いを引き出すもの

といった説明がありました。

刑事裁判においては、証人「尋問」被告人「質問」という使われ方をします。
被告人質問において虚偽の発言をすることで、何か罪に問われることはありませんし、黙秘権行使によって回答を拒むこともできます。
一方で証人尋問においては、尋問のはじめに嘘をつかない宣誓をして、裁判長からは虚偽の証言をしたら偽証罪にかけられる可能性を説明されます。また、回答によって自身などが刑事処罰を受ける恐れがあること以外は証言を拒むことはできません。

この説明を見たら言葉の意味の違いも感じ取れます。


さて、法曹関係者が当事者に質問・尋問するというのは、裁判の見どころの一つ。今回はそれが特に秀でていると感じた裁判についてです。尋問部分を分厚くお届けいたします。

動画もよかったら見てね。尋問テクニック、音声で聞くのと文字で読むのと、どっちがイメージつきやすいか、僕も書くのが楽しみです。


はじめに ~弁護人から予想できる波乱の裁判~

罪名 :建造物侵入、威力業務妨害
被告人:20代の男性
傍聴席:平均9人(傍聴した10回)

被告人は年齢相応というより、むしろ学生さんとも感じられる幼めの見た目の方。少し落ち着きなくキョロキョロしています。

しかし、隣に座る弁護人は、大阪地裁の傍聴人なら知らない人がいないくらい有名な方。事件を聞く前から、何かあるのかなという思いになります。そんな見方もできるのです。


事件の概要(起訴状の要約)

被告人は、近鉄電車のとある駅に、正当な理由なく改札口から入り、
「大ごとになる前にT(駅員)の業務をすぐ外せ」
「お前ら、いい加減にしろ、せめて異動だけでもさせろ」
「Tは薬物の疑いがあるぞ」
「挙動がおかしくて不安になる。異動させろ!」
などの紙が複数入った封筒を、計4回駅長室の前に置いた疑い。

正直に言います。
迷惑な電車男キタ――(゚∀゚)――!!と、事件だけでかなりテンションが上がりました。

これに対して弁護人の主張は

通路に置いたという事実自体は間違いないが、犯罪の成否については留保する

とのことでした。

確かに、「迷惑電車男罪」で起訴されているなら有罪待ったなしですが、威力業務妨害と言われると、少し気になる点もあります。

威力業務妨害罪とは、「威力を用いて人の業務を妨害した者」を罰するものです。定期的に、「威力とはなんぞや?」、「業務の妨害などしていない」といった点に着目されるのです。
だいたいが被告人の詭弁に過ぎないのですが、今回は確かにどう業務に影響したのか気になります。


証人尋問 ~検察側 駅業務をどれだけ妨害したか~

犯罪の成否を争うということなので、検察官は駅員3名を証人として申請しました。被告人の行為が、いかに駅業務に威力を与え、業務の妨害をしたのかを証明する目的です。
最終的に3名、証人として立ったのですが、似た部分も多いので駅長さんの尋問のみ紹介します。

まずは検察官から、駅長やその他駅員の業務内容を確認。鉄道の安全、駅員の指導、お客さんの案内等々。これらが妨害されたという話になるのでしょう。

1回目の犯行、紙が撒かれているのを発見したのは駅長でした。

検「紙の内容を見ましたか」
証「『大ごとになる前にT(駅員)の業務をすぐ外せ』と書いてありました」

検「それでどうしましたか」
証「駅の構内点検を指示しました」

検「それはなぜでしょう」
証「不審者の早期発見、他に同様のビラが撒かれていないかの構内点検のためです」

検「構内とは?」
証「ホーム、階段、トイレなどです。私も対応しました」

検「内容を見てどう思いましたか」
証「一方的な恨みとも思いましたが、Tやお客様の身の安全、危害があると思いました」

確かに、同様のビラがないかのチェックなどはするでしょうね。電車の運行自体は止めるわけにはいかないですから、駅長も手伝っての大捜索です。
具体的な駅は言いませんが、今回の駅はデカい路線が交差する利用客が相当多い駅。もし運行停止なんて判断がなされたら、とんでもない賠償金という話にもなっていたのかもしれないですね。

そして文面としては、内容は不明瞭ではありますが、やはりお客さんの安全第一なお仕事ですから、そういう気持ちになるのもよくわかりますね。


2回目のビラが撒かれた日は駅長さんはお休みの日。
電話で報告を受け、指示などは出したものの、今後エスカレートするのではないかと思ったとその不安な思いを証言しています。

ちなみにビラの内容は「お前ら、いい加減にしろ、せめて異動だけでもさせろ」などなど。


3回目のビラが撒かれた日は、たまたま部屋から通路を見ていたら、ビラを配って走っている人物を見つけたとのこと。脳内には、初代金田一少年の事件簿の追いかけるテーマが流れたことでしょう。分からない方は分からなくていいです。

駅員に現場保存、通報、改札出るまで犯人の追いかけ、構内チェックなどを指示して、駅長は防犯カメラをチェックしました。もう3回目にもなると指示がスムーズなものです。
ビラには「Tは精神異常者だ!挙動不審なTを今すぐ外せ」などと書かれていました。


4回目はまたも駅長がお休みの日。
「大きなトラブルになる前にTを転勤させろ」「T死ね」などと書かれていました。通報などを指示して、Tやお客さんの身の安全を願ったそうです。

まぁ「死ね」とか言い出したからね。さすがに一線を越えたと思いますね。


検「事件全体を通じてビラを撒かれたことをどう思っていますか」

証「到底許されることではありません。駅は公共施設で多くの人が関わり、生命にも関わります。我々はお客様に安全に、迅速にお届けする使命で行っています。『大ごとになる前に』というフレーズはテロ犯罪が行われるのではと不安にさせるものでした。何かあったら大きな被害になるため、未然に防ぐ必要があるのです」

正直、ビラだけならしょーもないなくらいにしか思っていなかったんですが、確かに鉄道会社としては、テロを意識しますよね。影響力から狙われることも多い場所でしょうし。非常に説得力のある力の入った証言でした。

検「建物の管理者として、ビラを撒くという目的では入場はさせますか?」
証「認めません

検「ビラを撒くのと、乗車が目的であればどうですか?」
証「認めません

キリッと答える証人。先ほどの答えと相まって職業人としてのプライドが感じられるものでした。

実は最後の2つの質問はそこそこ重要で、今回威力業務妨害だけでなく、建造物侵入にも問われています。
計4回のばら撒き行為のうち3回は普通にICカードで入場しつつ、間違えた的な理由を言って出ているようなのです。足の小指をタンスにぶつけるような、嫌な迷惑行為もしている被告人なのです。

上記2つの問答をすることで、建造物侵入としての罪も成立するという主張なのです。

このときは検察側の主張になるほどなぁと思っていたのですが、この質問もうまく絡んだ、意外な展開を見せることになるのです



証人尋問 ~弁護側① それって駅の業務では?~

今年もJAL機の衝撃的な映像などもありましたが、大きな事故というのは人の頭に残るもの。
「テロ行為を未然に防ぐ必要がある」という主張に、過去の交通機関でのいろんな事件を思い浮かべたのは、私だけでなかったはずです。

しかし、弁護人、この雰囲気を一変させます


弁「日ごろの業務で、いろんな問い合わせや苦情を受けることはありますよね
証「はい」

弁「それは業務の一つでありますよね
証「はい」

予想外の方向から始まった質問。
しかし、なんだか「あれ、さっきの受け答えマズくね…?」という気分になった僕。皆さんもお気付きでしょうかね。

また、質問がぬるぬるした感じでね(褒め言葉)、気付いたら懐に入って来る感じだったんですよね。


弁「先ほど証人は、ビラを撒く目的であれば駅に入れないと言いましたね」
証「はい」

弁「駅務室に苦情を言いに来るという意味であれば入れますか
証「はい

弁「意見を言うためなら、駅に入れると」
証「その時点ではわかりませんので」

弁「意見を出される目的であれば駅の業務であると」
証「はい」

つまり、テロ行為を想定してしまったという駅側に対して、これが苦情であればあなたたちの正当な業務だよね?という言質を取ったわけです。

無駄な質問のない、まるで詰将棋のような証人尋問。始まって3分ほどだったのに、なんと密度が濃かったものか。これがアニメの1話目なら視聴継続確定です。

弁「ビラの中に、駅に危害を加えるというのもはないですね」
証「はい」

弁「駅員に対して危害を加えるというのもないですね」
証「はい」

弁「基本的に「業務を外せ」などですよね」
証「はい。ですが、「大ごとになる前に」という言葉がありますから!
弁「まぁまぁ、聞かれたことにのみ答えてくださいね」

嫌らしい感じですねぇ。
仕事の邪魔だ!帰れ!って言ってるのに、いつまでも居座り続ける古畑任三郎並みの嫌らしさです。

ただ嫌らしいだけでないんです、そこからさらにギアチェンジします。


証人尋問 ~弁護側② 犯人の目星はついていた?~

弁「つまりあなたは、犯人が大ごとを起こすと考えたわけですね?」
証「そうです」

弁「でも犯人の目的はTの業務のこととわかっていましたよね
証「そうですが、相対的に他の客に危害がありうると」

ん?犯人の目的がわかっていた?

もちろん、仮にそうだとしても、他の客にも危害が拡大するかもという懸念は間違っていないように思います。実行者の意図なんてわかんないんですから。
それだとしても、犯人の意図がわかっていたというのは、ちょっと印象が大きく変わってくるような気もします。


ここから明かされるのですが、なんと事件以前から、twitter、鉄道会社の意見フォーム、実名の電話、実名のメールで同じくTに関する意見が寄せられていたというのです。

弁「あなたは電話を受けた際に、上司へ報告書を作っていますね」
証「はい」

弁「その際、電話番号を検索して、〇〇(被告人の名字を冠した店)と出ましたね」
証「はい」

弁「報告書用の電話の文字起こしとして『Tを前から外せと言ってるやろ、オラ』と書いていますね」
証「はい」
僕(口悪ぃな、おい)

弁「どの連絡も『前から言ってるやろ』と言っていますね」
証「はい」

弁「1回目のビラ撒きの警察の捜査を受け、その際の電話の報告書も提出していますね」
証「はい」

弁「警察はその時点で、被告人が行ったとわかっているのではないですか?
証「警察がわかっているかは私にはわかりません」

今回、犯行は4回行われていますが、1回目の通報の時点でほぼ特定できていただろうという指摘です。
確かにその時点で、捜査などに着手されていたら、2回目以降はなかったのかもしれません。というか、駅側としてはこれ以上逆上する前にとっとと捕まえてくれって感じですよね。

検察側に尋問されていた、テロになるかもしれないという恐れの感情も本当でしょうが、弁護側からの尋問も全く外しているものではないのだと思います。
1つの事象でも切り口を変えるだけで、こんなにも印象が変わるとは。


この弁護人からの主張を聞きながらだと、駅長さんの尋問の回答の印象がどんどん変わっていきます。

2回目のビラの内容というのは、「まだ勤務させているのか」「Tは挙動不審」「アナウンスが激しい」「旗振りが乱暴」「電車にもたれている」という内容だったとのこと。
確かに苦情に見えます。もちろん、これきっかけで逆上して何か起こるのでは?と感じる駅長の思いを否定するというのも違う気がしますが。


しかも、近しいタイミングで、何者かから電話が来たようです。自分は学生で、3月に卒業する。この駅から1km以内に住んでいて、ビラを撒いた、などと言っているようです。

うーん、いったい誰なんでしょう(棒読み)

この電話の対処をどうしたかははっきりしなかったのですが、得体の知れない人物からの怪文書という印象はどんどんなくなっています。


3回目の話

弁「その日、特定の曜日がビラ撒きが多いということで警戒を強めていましたね」
証「はい」

弁「その中で、ばら撒いたのを見た訳ですね」
証「はい」

弁「その後、あなたは防犯カメラをチェックして、入場と退場が2分間と確認しましたね」
証「はい」

弁「それなのに駅構内全体を見るよう指示する必要ありましたかね?

厳しい問いかけ!
しかし、証人もすかさず返します。

証「共犯者がいるのではと思い

僕(おっ、えぇやんえぇやん)

弁「なぜ?」
証「この通路は人目につくところなので、見張り役などがいるのではないかと」

弁「あなた、警察で4回ほど捜査に協力しているようですけど、”共犯”なんて言葉出してます?
証「したかしてないか覚えていません」

弁「業務についての供述は詳細に覚えているのに、共犯のことは覚えていない、と」
証「あと、犯人が戻ってくるかもしれないですし」

証人も頑張って返していたと思ったんですけどね、やっぱプロには適わなかったですね。ってか、強すぎるよぉぉぉ。



裁判の結末

裁判自体はまだまだ続くのですが、今回の話のテーマは証人尋問の弁護人のテクニックなので、これ以上続いて、印象が薄まってもなので、これくらいで。


善か悪かというのはさておき、弁護人の主張に一定以上の説得性を感じてもらえたのではないでしょうか。
その後の被告人質問では、やはりその通りあくまで電車を愛するが故の意見を投稿していたと主張していました。手段はもっとありそうですが…。

しかし、やはり被告人がその意思だとしても、被害者がどう捉えてしまったのかというのが大きな事件の問題点であったと思います。


最終的な弁論においても

「大ごとになる前にT(駅員)の業務をすぐ外せ」
「お前ら、いい加減にしろ、せめて異動だけでもさせろ」
「Tは薬物の疑いがあるぞ」
「挙動がおかしくて不安になる。異動させろ!」

これらを冷静に見れば、「薬物使用の疑いのある人物が何か大ごとを起こす」という意味に捉えられるはずと主張されていました。

僕はこの裁判の弁護人さんとして、120点の働きをされたものと思っています。しかし、最終的には厳しい結果となりました。


判決主文
懲役1年2月(求刑通り)、執行猶予3年

判決のための事実認定、決めた理由はほぼ検察官の主張を採用したものでした。

裁判全体の熱量としては弁護側の方が熱かったと思います。正直、検察さんもてんやわんやしているような場面もありました。

しかし求刑通りの判決でした。

検察に忖度しているなどでなく、裁判官の判断もまた真っ当であったと感じました。でも、弁護人の主張もわかりまくる。
気持ちとしては、「よく弁護頑張ったから2ヶ月減軽!」とかして欲しかったけど、当然そんな風になるはずもなく。


いやぁ、やっぱ裁判難しいけど、充実していたなぁと一人ほくほくしていたのですが、弁護人さんはやはり相当に不満顔をなされていました。

「異議あり!」みたいななのが、白熱した裁判と捉えられがちですが、淡々と進む中でも熱さを感じた貴重な裁判でした。

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