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一緒に住んでいた息子が実は〇〇だった話(詐欺、公正証書不実記録) 傍聴小景 #34
実は、過去には教育業界と呼ばれるところで働いていた経験がある僕。
そのとき、よく会社の中でも揉めたのが、学生の利益を最重要するのを前提として、「どこまで教えてあげるのがその子のためになるのか」ということ。
1から10まで教えれば、その範囲については網羅できるでしょう。でも、6くらいまでしか教えないで、後は自分で考えてもらうことで、経験として体に染み込ませることもできるはず。
自身の経験談であったり、学生の顔を実際に見てるからであったり、様々な主張が飛び交うのが難しくもあり、楽しかった思い出です。
裁判において、罪を認めている場合は、反省をして再犯しないよう認識させることが大事。
先の例に照らすと、こちらは10まで道筋を引いてもらうのでなく、どうしてダメなのか、ちゃんと自身で理解した上で反省をしてほしいと思うのです。
でも、そういかないことも当然多いわけで。
はじめに
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罪名 :詐欺
電磁的公正証書原本不実記録・同供用
被告人:20代男性
傍聴席:4人
被告人は20代の若いお兄ちゃん。スーツをビシッと着こなし、顔は今どきのイケメンさん。親と思われる男性、女性も傍聴席にいます。
見た目で判断してはいけませんが、家庭環境も揃っていそうなので、どんな事件でどんな事情があったのかちょっと想像つきません。
事件の概要(起訴状の朗読)
・被告人は、自身でなく第三者が使う用途であることを秘して、
銀行のキャッシュカードを自身のものとして制作させた
・養子縁組をする気がないのに、市役所に行き
共犯者との養子縁組に関する公正証書を作らせた
・上記、養子縁組にかかり、虚偽の住所を登録して、
住民票の移動届を受理させた
想像以上にガッツリした詐欺グループの臭いがしてきました。見た目で判断してはいけませんね。
それにしても驚いたのは2つ目と3つ目の罪状です。虚偽の養子縁組をするというのはどういうことなのでしょうか。傍聴席にいる親御さんとは実はドロドロの関係なの?このような罪状は初めてなので、俄然興味がわいてきました。
あと一応言っておくと、銀行のキャッシュカードって、他人へ貸す行為は規定によって禁止されています。特に今回は意図的に自身で使わない目的で、それを偽って財物の交付を受けるということなので、詐欺罪として立件されています。
これ自体は、前回も扱ったような特殊詐欺事案でよく目にするものです。
検察官から提出された証拠類
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・被告人は大学中退後、派遣社員などを経て、現在は不動産会社の正社員として稼働
・事件は大学在学中のころで、知人より仮想通貨への投資を持ち掛けられそれを持ち逃げされることで借金を背負うことに。
・SNSで「裏バイト」と検索してヒットした 共犯者Aから指示され、自身では使用するつもりのない銀行のキャッシュカードや携帯電話を複数の会社と契約して、それを共犯者らに売っていた
・それら携帯電話の支払いは一切行っていないので、携帯各社と新規契約が出来なかったことをAに相談したところ、別の共犯者Bと養子縁組をするよう持ち掛けられ、それにより別の戸籍として携帯の新規契約を再開した
・事件発覚は、その携帯電話の支払いの督促が実家にたくさん来たことで母親が気付いて、被告人を問い詰めたことで発覚。自首することとなった
本当に一人の人間のことかと疑いたくなるような、前半と後半のギャップ。
いわゆる仮想通貨詐欺によって大学を中退するも、その後の頑張りで会社の正社員になる。その一方で、借金返済のためでしょうが、自身も特殊詐欺の一端を担ってしまうという。
うーん、やはり関係者から直接話を聞いてみないとわからないことが多いですね。
ということでまずは証人から話を聞きましょう。
傍聴席に座っていた初老の男性が立ち上がります。50-60代のスーツを着たパリッとした男性です。
証人尋問
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弁「お名前は?」
証「〇〇です」
僕(あれ?被告人と違う…)
弁「被告人とはどういった関係ですか」
証「5歳で被告人の母と離婚しており、
親権は元の妻となっておりますので、
戸籍上は前の親子関係となります」
弁「被告人との付き合いは」
証「子どものころは隔週で、最近は年に3~4回会っていました」
意図せず、ここでも複雑に戸籍の話が混じり合い、巡りあわせというのはなんとも不思議なもの。
とは言え、今回通報もしている通り、被告人のお母さんもご健在です。そんな中、前の父親が証人として出廷してきたところにちょっと驚き。傍聴席には女性と来ていますが、これが被告人の母親なのか、証人の現在の奥さんなのか気になるところ。
弁「事件当時、何か気になることはありましたか?」
証「今になって思えばですが、
「最近眠れない」と言っていた気がします」
弁「事件発覚後、被告人とどのような話をしましたか」
証「自首のあと、被告人と元妻と三人で食事に行き
「どうして相談してくれなかったのか」といった話をしました」
弁「そのときはどういうことを言っていましたか」
証「「相談することは考えられなかった」と言っていました」
毎日のように顔を合わせている訳ではないからこそ言える関係性という場合もあるでしょうが、この人の場合はなかなか言えなかったようですね。「どうして相談しなかったのか」って言われても、こういう深刻なものほど言えない人ってのはいますからね、やはり日ごろの関係性などなのでしょうか。
弁「事件を経て、今はどのような付き合いになっていますか」
証「2ヶ月に1回会うだけでなく、通話やLINEなども増やしています」
弁「どんな話をするのですか」
証「普段の趣味なども聞き、彼のことを深く知ろうとしています」
弁「今までの違いというのは」
証「今ままでは、会うときも親戚総出で会うことが多かったので、
込み入ったことが言いにくい状況でした。
なので今はできるだけ1対1で話せるようにしています」
そりゃあ相談できんわな。親戚が一堂に会する場で、「実は詐欺まがいのことしてまして、てへへ」なんて言えるメンタルあれば、とっくに然るべき処置取ってるわな。
いわゆる、「1on1」ってやつですかな。でも、あれはあれで聞き手に技量がいるから、今後もちゃんと被告人の悩みを聞き出せるよう関係を続けて欲しいと思います。
弁「被告人の借金はどうなっていますか」
証「私の兄が一括で返済したので、
今は被告人が少しずつ兄に返済をしているところです」
弁「本日、被告人の母親は法廷に来ていますか」
証「いえ、今日は来ていません」
弁「どうしてでしょう?」
証「警察などで供述などは、前の妻が十分にしたので、
裁判においては他の人間による監督を
示せたらいいのかと思い」
いや、だとしても来るだろ。体調的に問題がないのであれば。
一緒に住んでいるのは現在の母、自首して警察に行ったのも母、でも裁判で証言台で監督を誓っているのは前の父で隣に座っているのはその嫁というのは、なんともチグハグな感じです。まぁ、母親は恐くて見れないというのとか様々な事情があるのでしょうが。
弁「最後に裁判所に言っておきたいことがあれば」
証「この度はこのような事件を起こして
大変申し訳ありません。
私どもとしても、事前に気付くことが
できなかったのかなど大いに反省をしている日々です。
息子はまだまだ未熟です。
ただ、今回の事件が発覚し、大学を中退し、
そこからアルバイト、派遣社員、正社員と
社会の中でステップアップしております。
先日、不動産の初契約を取ったという
嬉しい報告も聞きました。
今後も親子ともども真っ当に生活してまいりますので、
何卒その点ご斟酌給われましたら幸いです」
チグハグな部分がある証人尋問ではあったけど、この証人自体は真面目さが伝わってきました。最後の裁判官への訴えも、ある程度用意はしているのでしょうが、普段からしっかりとした言葉遣いと社会での発言の機会がないと、ここまでスラスラと話すことはできません。
先ほども書きましたが、なんとか今後も元奥さんと一緒に、被告人の成長を見守ってもらえたらと思います。
さて、ビシッと証人が締めてくれたところで、被告人もその証人に応えたいところ。
被告人質問で、事件当時のどういった心境などが語られるのでしょうか。
被告人質問
弁「今回、そもそものきっかけは?」
被「大学の知人から投資詐欺にあって
借金をしてしまいました」
弁「共犯者Aとはどう知り合ったのですか」
被「SNSで「裏バイト」で検索してヒットしたので、
打ち子のことで面接をしました。
でも、今は打ち子を募集してないけど、
他にお金になるバイトを紹介しようかと言われました」
もう、この時点で嫌な雰囲気しかしません。適当なバイトで釣っておいて、本当にやらせたい詐欺バイトに誘導する。皆さん「裏バイト」って検索したら怪しげなのたくさん出てきますけど、こうやって捕まりますからね、お金に困ってもやらないように。
弁「そこから携帯電話を作るように指示されたのですね。
犯罪になるとは思わなかった?」
被「Aに聞いたら、犯罪にならないと言われたのを
鵜呑みにしてしまいました」
弁「どうして犯罪にならないと?」
被「そういう会社は保険に入ってるし、
仮に問題になっても身分証をなくしたって
言えば問題ないと言われました」
弁「その後はどうなりましたか」
被「何社かと携帯を契約していたら
契約できなくなったので相談したら、
キャッシュカードを作るよう言われました」
僕(それは相談するんだ…)
弁「犯罪になるとは思わなかったのですか」
被「犯罪ではないかと確認し、
犯罪に使わないのでと言われたので信じてしまった」
どうしてもお金を作りたい思いが麻痺させたのでしょうが、ここまで安易に信じちゃって、共犯者にすら心配されるレベルだと思うのですが、これは。最初は、なんかそれっぽい理屈で誤魔化してるのに、二回目は犯罪には使わないとなんか言い訳も飽きてる感じが雑な犯罪集団っぽいです。
弁「その後はどうしましたか」
被「もっと儲かる話があるよ、と言われました」
僕(いや、怪しすぎる、やめろやめろ)
弁「それはどんな話でしたか」
被「Aが用意した人と養子縁組をしたら、
今後も携帯が契約できるようになると」
全然、「もっと儲かる話」でもねぇし。今までやってきたことにズブズブはまっちゃってるだけじゃん。でも、被告人も完全にマヒしてしまったのでしょうね。
弁「これは犯罪になるとは思わなかったのですか?」
被「これは、誰の迷惑にもなっていないので、
犯罪になるとは思いませんでした」
それまではAに一応確認してたのが、ついに自分で判断するようになってしまいました。確かに、誰かを傷つけたとか、物を盗んだとかではないので、誰の迷惑もかけていないと考える人もいそうではありますが…。
弁「犯行の発覚は」
被「携帯料金の未納での督促が家に来ていたので、
母に問い詰められたことから、
これは犯罪であると認識し、自首しました」
弁「今後はどうしていきますか」
被「今回のことは、私の未熟さと社会の知らなさが
招いたことです。今後は真っ当に生活して、
二度とこのようなことに騙されないようにします」
母親はこの自首当時、どこまで被告人に告白されたのでしょうか。
ずっと家で一緒に住んでいる息子が、まさか戸籍上養子に出されている状態であったことまで知ったのでしょうか。これを読んでいる子を持つ親の皆さん、仮に自分の身にそんなことが起きたらと想像してみてください。物事の理解にどれほどの時間を要するものなのでしょうか。
弁護士からの質問は事件を洗いざらいする感じで終了。全てを話して、ちゃんと反省するという主張のようです。
しかし、検察官は認識の甘さについて、再犯の危険をぬぐい切れない様子。質問をしていきます。
検「今回、仮想通貨による借金は」
被「90万円です」
検「今回の事件によって、未納の携帯代金などで
借金はいくらになりましたか」
被「300万円になりました」
検「このようなことを、借金返済のための
正しいこととは思っていたのですか」
被「疑問はありました。
なので、犯罪ではないかと聞いていたんで」
検「そう言われていたとしても、
自身の名前で契約している銀行口座や
携帯電話を他者が使っている、
支払いもされていないことに疑問は残らなかった?」
被「認識が甘かったのかと思います」
仕事で、あれもしなきゃ、これもしなきゃと背筋がぞくそくすることがありますが(僕だけ?)、携帯の未払いの督促が続いていたとき似たような感覚だったのでは?と勝手に推測。どうしよう、どうしようっていう。
ここで、ちゃんとした手を打てるか、それともドツボにはまって時間が解決してくれると考えを放棄してしまうのか、文字通り人生の岐路だと思います。こういう周りに助けを求めるというコミュニケーションって上辺だけでは身につかないので、やはり多くの社会経験が必要だなと思ってしまいます。
検「養子縁組に躊躇はなかったのですか」
被「ためらいですか…?あまり深く考えていませんでした」
検「姓が変わる、住所が変わるってことに
なんとも思わなかったのですか」
被「誰かの迷惑をかけてるとは思ってなかったので…」
検「友人などに姓が変わったことなど言ってないですよね」
被「言ってないですね」
検「それは、悪いことをしたと思ってるから
隠したくて言ってないんじゃないんですか!」
被「いやぁ…」
答えられないというか、質問の意味を捉え切れていない被告人。
恐らくですが、本当に形だけ養子になっただけで、実生活は何も変わってないので、なんで友だちに言わなあかんねんってことだと思うのですが、
検察としては、そもそも戸籍をなんだと思っとんねんという話ですから、ここをはっきりさせたいわけです。
ただ、その罪の認識がないのに、全て説明されることで意味に気付いて中途半端に反省の弁を述べられるくらいなら、検察としては罪の認識がないとした方が非難できるので都合がいいんです。
なので、この「いやぁ…」というところで質問を終えようとしたところ、裁判官が割って入ってきて、
裁「被告人、今とても重要な質問をしています。
あなたは、この姓が変わるという行為を
したことに対して、悪いという認識はあったのですか」
被「いやぁ、ちょっとなかったです」
裁「今はどうですか」
被「誰かに迷惑をかけたとか、
そういうのではないと思っているんで…」
まだ言うか…。
検察官の代わりに裁判官が罪の認識の無さを聞き出していました。このあと検察官に質問権が戻ったのですが、これ以上突っ込みどころがなかったのか、質問は終了。
いまだに被告人としては、何を聞かれているのかわかっていない様子。これでは反省もクソもありません。
最後に裁判官から質問します。
検察官の代わりに問題点を炙り出しましたが、ちゃんとそれらしい仕事もします
裁「養子の件ですけどね、
公的な機関に嘘をついたのはわかります?」
被「いや、でも実際に住んでたとかじゃないんで」
裁「あなた、不動産の仲介やってるんでしょ?
大きな金額を扱う契約において、
その人がどんな人かって気にならないんですか?
そんな得体の知らない人と大きな契約を結べますか?
あなたが戸籍をないがしろにしたっていうのは、
そういうことなんですよ」
被「確かに、それは困ると思います」
厳しく詰問しつつも、最後にはどうしてそれをやってはいけないかを、被告人の実情を踏まえながら説明してくれる裁判官マジ有能。
裁判においては、「なぜ、人のものを盗ってはいけないのか」、「なぜ、クスリを使ってはいけないのか」を分かりやすく説明することはありますが、「なぜ、戸籍を虚偽のものにしてはいけない」というのをここまで分かりやすく説明してくれるとは思いませんでした。
求刑は懲役二年。判決は見れていませんが、この裁判官の優しさを被告人少しでも感じてくれるといいなぁと思いつつ、法廷を出ました。
すると、帰りの道中まさかの被告人、証人、弁護人と同じエレベータに。気まずいなぁと思っていたのですが、被告人がおもむろに口を開き、
被「裁判官ってあんな詰めてくるもんなんですね。驚いちゃいました」
と、のほほんと語っていました。
他者が乗っているエレベーターで、そういうことをペラペラ言っちゃう、そういうところも社会性のなさだぞと指摘したいと思いつつ、それを記憶してこんな記事にしてしまう自分も大概だなと思った、なんともチグハグな思いが交錯した裁判の話でした。
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