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【中編】近畿大学剣道部生による傷害致死事件。遺族が被告人に向けた「一生懸命生きろ」の意味を考える  #141(傷害致死)

本記事は3本連載記事の2本目です。他の記事は以下よりご覧ください。

前編←事件のあらまし、各種供述調書
後編←11月25日更新予定

今回は2日目公判の予定をお伝えいたします。
この日は、司法解剖を担当した医師への証人尋問と、罪状に関わる部分の被告人質問

医師への証人尋問というのは、だいぶ噛み砕きはするものの、専門的な話が多くなるので、正直少し敬遠がち。
しかし、この医師の尋問はこの事件の理解を深めるために、絶対に聞かないといけない話だった。

そして、やはり注目したくなるのは被告人質問。
しかし、事前に勝手に、こんな内容に、こんな思いになるのかなと想像していたのとはちょっと異なる、少し複雑な心境になるものだった。

そんな2日目の様子です。


証人尋問・司法解剖医 ~事件のイメージを変える解剖所見~

この日は開廷早々から証人尋問が開始されました。

証人のこれまで司法解剖の経験は1,500件ほど、裁判での証人尋問は23回と経験が豊富な方。

原因について、自分なりに理解した範囲で伝えますが、医学知識がないのであくまで参考としてください。


最終的な死因
蘇生後脳症(心肺停止により脳へ血液が行かなくなった以後、蘇生して血液が行くも受け入れられる状態になってしまった)

脳へ血液が行かなくなった原因
くも膜下出血(脳の血管が裂けるなどして、くも膜下腔に血液が溜まる)

その出血の原因・箇所
右椎骨動脈損傷

「椎骨動脈」というのは、首の上部あたりから脳に向けて血液を送り出している重要な血管とのこと。
この単語と首の上あたりというのが、今後重要になるので、ここで覚えていただきたい。

少し脱線しますが、この症例を調べていると、検索候補に上がって来るのが「ノブ」というワード。
お笑い芸人「千鳥」のノブさんは、首の痛みが取れないことで検査をしたところ右椎骨動脈解離と診断されて、1ヶ月安静されたとのことでした。原因には様々あるそうですが、その一つとしてマッサージなどで首を強く捻ることでも起きることがあるとのこと。

話を戻します。
くも膜下出血には、元々の体質や病気などによる「内因性」、打撲などにより出血する「外因性」があるものの、今回の事例は「外因性」によるものとのこと。

検「外因性と診断した根拠は」
証「脳には異常はなく、皮膚に変色があったことから」

検「血管の損傷はどのように生じた」
証「頭部付近に衝撃があり、首などに過度な負担がかかったものと思われる」

押されて転倒したことにより死亡ということで、後頭部を強く打ち付けたと想像していたのですが、「首に過度な負担がかかった」という説明。どういうことなのでしょうか。

検「椎骨動脈というのは簡単に裂けるものなのですか」
証「強い力を必要とします」

検「証人は、暴力を伴い転倒した上での、椎骨動脈損傷の診断経験というのは」
証「ありません」

検「今回はどうして起きたのでしょう」
証「多量の飲酒により、とっさの受け身を取るなどの反射行動が鈍ったのかと思います」

検「柔道のような受け身?」
証「人は咄嗟にダメージを抑えようと反射をするものなので」

検「アルコールが入っている人への暴力は危険ということですね」
証「はい」

「危険」というワードを最後に印象付けるように終わらせた検察側からの証人尋問。

当然、被告人の行為は危険に違いない。しかし、いわゆる暴行の強度として強い危険性でなく、相手の状態が危険だったということ。
その中で「危険」というワードを印象付けたかったのは、むしろ暴行の強度としては軽度であったため、相手の状態は危険であったと印象づけなければいけなかったのではないかと感じるものであった。

そして、その印象は強まることになる。


続いて弁護人から。
椎骨動脈が脳に向けて繋がっている重要な血管であることを踏まえて。

弁「椎骨動脈損傷はどういう原因で起きますか」
証「打撲などで、首などが過度に伸びるか、顎が回転するような負担がかかると」

弁「首が後ろにぐわっといくと」
証「そうですね」

弁「今回、後ろに自転車があったのですが、それは作用したと思いますか」
証「例えば、サドルなどが背中などにあたり、首を視点に頭が後ろに負荷がかかるなど考えられます」

弁「仮に自転車がなく、後頭部が直接ぶつかるなどだと、今回の事件はなかった」
証「それは、ないとは言い切れません」

その後、弁護人とはいろんな事例を出して、今回のようなことになりうるか質問。自転車があったことによる偶発的で、かつ不幸な事例であったことの主張だろう。
しかし、倒れ方や強さによるので、医師としてはそれらの質問には断言はしない。

弁「『後頭部に表皮剥奪』と書かれていますが、これはどういうことですか」
証「皮膚は『表皮』、『真皮』、『皮下組織』とあり、一番外側の『表皮』に硬いものとの擦過などによる、すり傷のようなものができた」

弁「表皮剥奪は0.7cm~1cmとある」
証「はい」

弁「頭に打撲痕はないということか」
証「表皮剥奪は打撲痕でも起こりうるのでわからない」

弁「あとは『皮膚変色あり』とだけで、他に所見はないということで間違いない」
証「はい」

弁「どれくらいの力でぶつかったと言える」
証「数字は出せないが表皮が剥がれるくらい」

弁「表皮がというのは、薄皮が剥けるくらいと言っていい」
証「そのように思っていただき問題ない」

弁「骨が折れるほどの外力は加わっていない
証「それは言える

弁「防御反応は、酔っていなければとれるものか」
証「はい」

弁「1500の解剖実績の中で、椎骨損傷はない」
証「転倒によるのはない。強く蹴られてというのはある」

倒れた衝撃は骨が折れるほどでなく、皮膚が剥がれる(むける)ほどのもの。しかし、酔っていたことでその衝撃でも、然るべく防御ができず起きてしまった事件。

何度も言いますが、酔った被害者に対しての暴行は危険なもの。しかし、その危険性のイメージが当初より薄れているのもまた事実なのではないでしょうか。


その後検察官から、防御態勢が取れないなら、自転車がない場合でも、後頭部を打ち付ける危険性があるかを尋ね、通常よりは危険性は高くなると回答した。


最後に裁判員、裁判官から質問。

司法解剖前に、搬送された病院のCT画像は確認し、右椎骨動脈の異変には気付いたが、他に異常は見られなかった点。解剖によって、くも膜下出血を認めたのと、解剖に伴う剃髪でようやく表皮剥奪、皮膚変色を認めたとのこと。

裁「今回、被害者は顔面を殴られてもいるが、殴られた影響は認められるか
証「殴られた外傷は確認できず、殴られたとしても大きな影響でない。それより、倒れての首への負担が大きい」

裁「表皮剥奪は擦過と打撲でどちらが原因か」
証「どちらもありうる」

裁「くも膜下出血と椎骨損傷の関係を教えてください」
証「右椎骨動脈の損傷により、くも膜下腔に血液が流れ込み、脳に触れることをいう」

裁「身体への衝撃であると、”たんこぶ”というのがある。今回、表皮剥奪と周辺の皮膚変色のみということは、たんこぶ以下の外傷性という意味か
証「弱い力ともとれるし、心肺が停止したことで血液が流れなかったからのもありえる」

裁「いびきが聞かれたというのは何か関係あるか」
証「であれば、心臓が辛うじて動いているので、先ほどの血液が流れなかったからという可能性はなくなる

裁「反射とは受け身的な行動を指す」
証「首にぐっと力を入れるだけでも

裁「顔をそれなりの力で殴ると所見として残るもの」
証「はい」

裁「今回、それは認められなかった
証「はい」

この尋問を聞くと聞かないとでは、事件のイメージが大きく異なるのではないだろうか。

当然、今の尋問で結果の重大性が揺らぐものではない。
被告人は当事件で大きな十字架を背負っているわけだが、事件関係者でない第三者により不当にその重みを増やしたくないと思っているだけの話だ。


被告人直筆の謝罪文

被告人質問が行われる前に、弁護人請求証拠として、被告人の直筆の謝罪文が採用され、被告人自らが読み上げる形を取った。
証言台まで向かい、検察側の遺族席に向けて一礼して、ゆっくりと読み始めた。

(呼称は「被害者」で統一)
この度は、大切に育ててきた被害者の大切な命を奪ってしまい、本当に申し訳ありません。謝っても済むことでないことは理解しております。

僕と被害者は大の親友で、2人でゲーム、毎日食事をし、練習後は温泉に行ったりもありました。休みは服を買いに行き、よく家に来ては他愛もなく話していました。
一週間くらい2人で節約生活をしたり、誕生日には服をプレゼントしあい、互いの彼女同士も仲が良く、失恋したときは駆けつけてくれたこともありました。

学生生活の中で、大学生活が一番楽しかったです。そんな中、一番時間を共にしたのは被害者でした。
被害者は常に明るく、やさしく、みんなから愛されていました。そんな親友の命を少しの怒りで奪ってしまいました。

何度も後悔し、自殺も考えました。しかし生きて、一生かけて償いをすると決めました。
外に出たら(勾留中の手紙)、山形に行き手をついて謝ります。一生お金を払っていきます。お金では変えられないと思うけど、一生償っていく姿をご両親に見せていきたい。ご両親は、一生私を許せないと思うが反省の姿勢を見せていきたい。

大事な命を奪ってしまい本当に申し訳ありませんでした。


なぜ、瞬時の怒りが湧いてしまったのでしょうか。
なぜ、手が出てしまったのでしょうか。
そしてなぜ、この2人に対して、このような残酷な結果を与えたのでしょうか。

事件時についての被告人質問が始まります。


被告人質問(犯行状況)・弁護側 〜拘置所で書いた手紙〜

2日目の午後はこの手続きから。

裁判長は非常に丁寧な言葉遣い、声のトーンもとても聞きやすい方。しかし、被告人質問の開始時は「被告人は証言台の前へ進みなさい」「そこに座りなさい」とトーンは変わらないまでも、言葉選びが一変したのだけは気になりました。

弁護人からの質問が始まります。
まず先ほど読み上げた謝罪文について。被告人は、拘置所内で書き上げたとのこと。
自身が起こしたあまりにも悲惨な事件の結果を聞き、その大親友の葬式にも行けない、家族、部活動にも大きな迷惑をかけている。どのような感情であったのか、とても想像することなどできません。

まずは被害者と仲が良かったエピソードを一つ一つ聞いていきます。仲良くなったきっかけも「とてもやさしく、馴染みやすく、気が合い、すぐ仲良くなった」と淀むことなく話す被告人。

同じ法学部の3年生として授業も一緒に受け、推薦入学も同じで練習も一緒に行った。二人揃って三段の腕前だった。
他の供述等からも出る、お互いが言葉でいじり合ったり、小突いたりする”じゃれ合い”は、仲が良いから行われるものであった。

弁「剣道というのは向かい合って叩き合うものですよね。痛くないんですか?」
被「小さい頃からしているので痛みには慣れています」

そんな被告人がどうして当日は怒りを覚えてしまったのか。

事件当日の話に移ります。6人で飲み放題コースを頼み、大人数では久しぶりの飲み会でみんな量もペースも早かった。そのとき覚えているのは、レギュラーの話、彼女の話など他愛もない話ばかりで、言い合いなども全くなかった。

被害者と後輩の1人が飲み過ぎて吐いた。被害者が吐くのは、これまでも何度か見ていた。しかし、勘定時は被害者も加わるくらいの意識はあった。

同席していたBの供述では店を出る際に、”じゃれ合い”があったとのことだったが、日常的なことだったので、「あったと思う」くらいの記憶しかなかった。

弁「路上に出てからどんなことがありましたか」
被「僕が歩いていたら、その前を被害者が殴打して走っていきました

弁「いつもの”じゃれ合い”に比べて」
被「強くて、痛かった

弁「なぜその時は強かったんですか」
被「わかりません」

弁「それでどうしました」
被「走って追いかけました」

弁「どうして」
被「腹が立ったので」

確かに、いきなり叩かれたら腹は立つだろうし、追いかけたくなる気持ちになるでしょう。気になるのは、その腹立ちの度合いと追いかけてどうしようとしていたかということ。

被害者に追いつくと向き合う形になった2人。
「なぜ強く叩いたのか」、「謝って欲しい」など言葉を交わすことはなかった。記憶が曖昧なのでなく、言葉は交わしてはいないとそこの記憶はあったと被告人。

弁「それでどうしました」
被「右拳で被害者の頬を殴りました」

弁「なぜ」
被「殴打に腹が立っていたので」

弁「それは”じゃれ合い”とは違ったのですか」
被「酒を飲んでいたのと、平手の力が強かったのと、仲がいい被害者にやられたので…

弁「今ではどう思う」
被「今となっては、やられてやり返すというのは間違っていたし、しなかったらこんなことにならなかったと思っています」

拳で殴ったというものの、どれほどの力だったのか、当たった感触はどうだったのか、それに対して被害者はどうなったかがわからず。
Aが止めに来たのは記憶としてあるものの、怒りのまま行動は止められない

弁「その後はどうしましたか」
被「右手で半開きのグーみたいな形で、被害者の胸の左側を押しました」

弁「そのとき被害者は、よろけたりしていましたか」
被「カッとなっていたので覚えていません」

弁「何か声は出しましたか
被「出してないです

弁「どのくらいの強さでしたか」
被「Aに止められていたんで、中途半端な形だったと思います」

弁「ひっくり返そうと思ったのではない」
被「違います」

記憶があるところ、ないところがはっきりしています。
時間も経っており、かつ飲酒状態だったので、記憶が曖昧なのはむしろ自然。逆に、怒りに任せた暴行時の「声を出していない」不自然な行動の記憶を断定しているのが気になるところ。

後ろに自転車があることにも気付かず、倒れたあとはAに引き離されて、他の部員にもなだめられた被告人。
引き離され少し距離ができたためか、被害者の意識がないことには気付いていたものの、気絶していると思って覚まさせるつもりで水をかけた。

その後、傷害罪の疑いで現行犯逮捕された。


これまで散々、聞いた流れだったので、あまり新しい情報はない。後で少し争点に挙がるのは「後ろに自転車があることは気付いていなかった」点。これは最後の記事で触れます。

それ以外は、被害者に叩かれたのが強かったという以外で、どうしてそこまで怒ったのかを明確に説明できているものはなかったように思えます。

瞬間的に腹が立つのはあり得ること。
しかし、それが追いかけてやり返すほどのものだったのか、そのやり返しはどういうつもりだったのか、質問が終わったことでむしろ謎に感じる点が増えた気すらしました。


被告人質問(犯行状況)・検察側、裁判所 〜被害者と交わした最後の会話〜

この被告人質問では、検察官は何を立証すればいいのでしょうか
カッとなったら止まらないとしたいのか、実は日常的に手を出しやすい性格などとしたいのか。その方針の苦難さが表れているような質問でした。

検「”じゃれ合い”の中で殴ったりというのは」
被「なかったです」

検「捜査段階では、股間を殴られたことがある、と」
被「顔を殴られたことはないけど、それはありました」

検「その股間への殴打の際は、腹は立たなかったんですか」
被「はい」

被害者へ日常的な苛立ちがあったかなどの質問が続く。
その答えを聞くに、本当に仲が良かったのだろうと感じることができるのだが、一方で、なぜ事件の瞬間だけ激昂したのかの説明の納得感に差が開いていく感覚を覚える。

階段でちょっかいを出した記憶はない。しかし、あってもおかしくないくらいの記憶。外に出たら、後輩が会計を奢ったことの礼を言われた記憶があり、その次の記憶は被害者に叩かれた場面だ。

検「殴られたときの被害者の顔は見ましたか」
被「走り去っていったので見えていない」

検「それは、ちょっかいだったのか、本気の殴打だったのかどちらだと思う」
被「今思えば、ちょっかいかと思いますが、威力が強くて本気と思ってしまった」

検「なぜ、その時はそう思ったのでしょう」
被「お酒に酔っていたのと、威力が強かったのと、仲のいい被害者にされたことで…

検「『仲が良い被害者にやられて腹が立つ』というのはよくわからないのですが」
被「他の人ならそこまでの感情にならないけど、仲がいい被害者にやられたこそ思ってしまった」

同じ趣旨の質問が、その後も何度かされるので、なかなか理解されなかったのでしょう。
確かに理解しがたい一方で、「どうして君が…」という思いから、引っ込みがつかないであったり、それはいかんだろという思いということなら、少し分かる気もします。

腕を掴んで、自分の方を向かせた被告人。殴る前には、一度Aの制止を受け「先輩止めましょう」と言われたことをおぼろげに覚えているものの、怒りのままに殴った。

力の程度を聞かれて「本気で」と答えたのは、保身で矮小化するものでなく良かったが、医師の証言との整合性を考えると、どれほどの衝撃を残した殴打となったのかはわからない。

検「胸を拳骨で押した際、転倒させる気は」
被「なかったです」

検「では、どういうつもりで」
被「腹が立っているのが収まらず」

検「被害者は酔っていたので、リスクはあったと思わないか
被「あったと思う

検「止められているのに振り切ってまで行った」
被「はい」

検「被害者はどんな状態でしたか」
被「倒れた自転車の上に、大の字で乗っている状態」

検「呼吸は」
被「ぜえぜえしたり、いびきをかいていたり」

検「それを聞いて危ないと思わなかったんですか」
被「実際、呼吸に気付いたのは水を買った後だった」

検「Bに『こいつが悪いやろ』と言いましたか」
被「やり返したつもりが強くて言ったと思う」

瞬間的な怒りとその後に事態を整理するまでに時間がかかったやりとりと考えれば自然にも思える。

冷静になれば、酒を飲んだ人物への態様として危ないのはわかる。
しかし、当然このような結果になることを予期できる態様かと聞かれると、学生に限らず世の泥酔者が似たような態様をしているイメージはできなくもない。


しかし、それでは残された遺族としては納得もできないだろう。
検察側に座っている、被害者参加代理人の弁護人から質問がされる。

弁「過去に人を殴った経験はありますか」
被「ありません」

弁「飲酒の上でも」
被「はい」

弁「殴ったのが当たってどう感じましたか」
被「そのときは頭に来てたので、どう思ったか覚えていません」

人を初めて殴ったのに何を思わなかったという考えに疑義を挟みたい気持ちもわかるが、咄嗟のことで何を覚えていないと言われてもそれも理解できない答えではない。
「殴って当たった」のは間違いないが、どれほど当たったかについては言及されずに進む。

弁「怒っている際、被害者の顔は見ていましたか」
被「見ていません」

弁「殴るときなど、何も言っていないんですか」
被「はい」

弁「被害者と最後にした会話は覚えていますか」
被「覚えているのは居酒屋で、いじって、いじり返してというのが最後です

人を殴る際に、顔を見ないということがあるのだろうか。酔ってて視界が明確でなかったという意味だろうか。

また、言葉を交わさなかったという主張は、私も同感しにくい。無言で暴行行為にいたるのは想像しにくい。
そこでの言葉を引き出すつもりであっただろうが、最後の会話は何かという質問で、居酒屋内での会話が思い出されるのがなんとも悲しい。

そのときの居酒屋で笑い合いながら話す姿を思い出すにつれ、それを大事な友との思い出として大事に心に残すのか、その後の行動からの後悔を繰り返し続けるトリガーとなるのかはわからない。

心を揺さぶる質問であったが、その後の質問でも新しい情報がでることはなかった。


最後に裁判官が質問する。

これまで被害者とは喧嘩になったことも、”じゃれ合い”の中でもグーで叩いたこともない。他人と口喧嘩を除き、喧嘩をしたこともない。

裁「剣道で、鍔迫り合いになった際、殴ったり押したりというのは」
被「”崩し”という技はあるが、殴ったりというのとは違う」

事件報道に対するネットコメントで、「武道を学んでおきながら…」というコメントも見受けられた。最近では、少年の空手大会での動画なども話題になっている。

これまで人を殴ったこともなく、後輩からも怒った姿を見ないと言われる被告人。
普段は平穏を保っている被告人が、「仲のいい被害者に叩かれた」ことにより、予想外過ぎて瞬間的なカッとなった主張は、あながち言う通りなのかもしれないなどとも感じた。

裁「股間を叩かれた経験があると言ってたが、急所だし痛かったのでは」
被「はい」

裁「股間を叩かれたときと、今回の平手打ちとどちらがきつかった」
被「股間のは寝てた時だったので、起きたら痛かった。でも、しばらく誰かわからなかったので。今回は誰が叩いたかすぐわかったので」

裁「本日の供述は記憶通りに話していますか」
被「『思います』とか『と、誰かが言っている』としているもの以外は記憶通りです」

裁「他者の調書や証言などを見聞きして、自分の認識と違うものはありますか」
被「店出るところで”じゃれ合い”していたとか細かいところ。あと、水をかけたのは意識戻すためだったが、周囲にはそう思われていなかったところ」

裁「剣道で、反則になるならないに関わらず激しい接触になることもあると思いますが、それで揉め事になることは」
被「自分は気にしたことないですが、感情的になる人はいます」

裁「普段、武道でそういう経験をしつつ、何があなたをそうしたのでしょう
被「やり返すという思考にありました」

裁「剣道では冷静なあなたが冷静でいられなかったのは」
被「酒に酔っていたのと、いつもより力が強かったのと、仲のいい被害者にされたことです」

最後まで革新的な新しい情報は得られず。
これで本当に全てなのか、飲酒の影響ではっきりしない部分があるのか、何か隠しているものがあるのか。

しかし、事件時の様子についての証拠調べはこれにて終了した。
曖昧な箇所は見られ、かつ危険性の高い行動であるのは間違いないが、それを予期出来る執拗で悪質な犯行と結論付けるのは難しいと感じる。

弁護側が主張する大親友に対して、様々な事情が重なって発生した不幸な事件という印象が強い。


記事の最後となる3日目と4日目公判の様子については、主に情状部分の立証となる。被告人の事件以降の心境、今の境遇、被害者遺族に対する謝罪の姿勢などを明らかにしていく。

それらを見ていただいた上で、ニュースでも話題になった遺族の感情の気持ちが存分に表されている意見陳述を改めて読んでいただきたい。

これまでの記事を読んでいただいた方であるならば、最初にニュースに触れたときとは異なる感情になることかと思う。


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