夏休み #同じテーマで小説を書こう
炎天下での外回りの最中に軽い熱中症に見舞われた僕は、貯めこんでいた有給休暇を吐き出しながら、予定外の夏休みを過ごしていた。
そんな気怠い夏休みの3日目。何の前触れもなく洋子から電話がかかってきた。
「ちょっと、大丈夫?お水、ちゃんと飲んでる?」
電話先の洋子は僕らが付き合っていた頃と何ら変わらない様子で心配そうにそう言った。
洋子は別れた後も僕のことを心配してくれているのだろうか。
そんな期待は瞬時に霧散した。
「ねえ、さっきインターネットの記事で読んだんだけれど、熱中症の時とかタチの悪い夏風邪の時にぴったりの料理があるんだって。」
洋子はいつもそうだった。自分が興味を魅かれたものを他人に押し付けて実験台にする、大体の時においてその標的は僕だった、洋子にはそういう癖というか習慣があった。
「それで、実際その料理が本当に効能があるかどうか知りたいから孝雄君に是非協力をして欲しいの。」
かったるい気持ちを引きずったままの僕は、洋子の提案に抗う気力は当然として出なかった。
簡単な段取りを決めて、今晩、洋子が仕事終わりに僕のアパートに寄ることになった。それまではもうしばらく横になっていよう。
午後8時10分。枕元の携帯が鳴った。思いのほか深く眠ってしまっていたようだった。液晶画面には洋子の名前と番号が表示されていた。
頭をぐるぐると振って、起き抜けの真夏の夜の夢の中にいるような気分を振り払ってから電話に出た。
「失礼いたします。高輪警察の者ですが、加藤洋子さんの携帯から電話させて貰っています。お電話先は本多孝雄さんでお間違いないでしょうか?」
あれから3年。夏が来るたびに名前すらも思い出せない熱中症に効くという料理のことと洋子のことを思い出す。毎年ごとに、夏が暑くなっていくのと反比例して洋子との思い出は薄くなっていってしまうのだろうか。
いや、結局味わうこともなかった名前すらも思い出せない料理のことはこれからもずっと謎のままで心に引っかかり続けるだろう。
だから、その料理を作ってくれようとしてあの暑い夜にアパートに向かう途中で長い長い夏休みに入ってしまった洋子のこともきっと忘れられない。
今年はやっと夏休みが取れた。3回忌に行かなくてはならない。
答えてはくれないだろうけれど、あの料理の名前をもう一度教えてくれないか洋子に尋ねてみよう。許してくれないだろうけれどごめんと謝ろう。
今年の夏もまだまだ暑い日が続きそうだ。