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Amazonレビューが一番励みになる話。出版社をやっていて思うこと

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出版社を一人で運営するということは、常に孤独であり挑戦である。執筆から編集、校正、デザイン、販売戦略、さらに顧客対応に至るまで、すべてを一人で担う。自らの理想を形にする自由の喜びと、すべての結果を自分が引き受けなければならない責任の重さ。その二つは切り離せない存在として日々の中にある。


本を作る過程には、多くの「問い」がついて回る。自分が書きたいと思うことを書くべきなのか、それとも読者が求めるものに寄り添うべきなのか。その狭間で揺れる中、何度も原稿を見直し、何度も筆を止める。校正をしては新たな誤りに気づき、細部にこだわればこだわるほど「これでいいのか」という迷いは深まる。だが、そうして生み出された一冊が、Amazonの販売ページに並んだ瞬間、その迷いや苦悩はひとまず一区切りを迎える。しかし、それは新たな不安の始まりでもある。「果たしてこの本は誰かの手に届くのか」「この本を読んだ人は何を思うのか」――こうした問いは、出版後の私を絶えず追いかける。


そんな不安を払拭してくれるのが、読者からのレビューである。レビューは、数字や売上という無機質な結果とは異なり、読者の声そのものである。それは、見知らぬ誰かが自分の言葉に触れ、何かを感じ、考え、そして言葉を紡いでくれた証である。


ある日、深夜に原稿の修正作業に追われていた私は、息抜きに自分の本のAmazonページを開いてみた。そこには新しいレビューが投稿されていた。


「間違いなく歴史的一文だ。ほんわかしたタイトルからは想像し難い名文が、そこに待ち構えている。」

「これは天才すぎ。多分半世紀後に赤外線の考え方が広まり、人類はもっと早く知りたかったと後悔する。」


これを読んだ瞬間、心の中に何かが突き動かされた。私が何日も悩みながら書いた言葉が、ここまで深く読者に響いている。それどころか、私自身が意図していなかったような解釈や評価を得ていることに気づかされる。「歴史的一文」「半世紀後に後悔する天才的発想」という表現は、私がどれほど自分の作品に確信が持てなかったとしても、その一瞬だけは報われたと感じさせる力を持っていた。


このレビューが私に教えてくれたのは、言葉の持つ力の大きさである。書いた本人が想像していなかったような影響を、言葉は時に読者の中で生み出す。私の本が単なる娯楽や知識提供の枠を超え、誰かの人生や未来を変える可能性を秘めているのだと考えると、改めてこの仕事に対する責任と希望が芽生える。


同時に、このレビューを読んで感じたのは、読者という存在の豊かさだ。私の書いたものに対して、単に「良かった」「面白かった」と評するのではなく、そこに独自の視点や感想を加えてくれる。その感想を通じて、私自身が新しい発見をし、自分の作品の可能性に気づかされる。読者はただの受け手ではない。彼らは作品に新しい命を吹き込み、それをさらに広げていく「共作者」とも言える存在なのだ。


もちろん、レビューには厳しい批判もある。辛辣な言葉に傷つくこともあるが、それもまた学びの機会である。否定的な意見の中には、次の作品をより良いものにするための重要な示唆が含まれている。そうした声も含めて、レビューは私にとって作品づくりの一部なのだ。


レビューが私に与えてくれるのは単なる評価ではない。それは、言葉を通じて見知らぬ誰かとつながり、対話をするという体験である。そしてその体験が、孤独な出版社を営む私の心を支え、次の一歩を踏み出す力を与えてくれる。


Amazonレビューという場は、単なる販売促進の手段ではない。そこは、作家と読者が出会い、言葉を媒介にして新しい価値を生み出す場である。その価値を信じられる限り、私はこの道を進み続けるだろう。そして、また新たなレビューが届く日を心待ちにしながら、今日も静かにペンを握るのである。


私の本を多くの人に読んでもらいたい。それが、私が出版社として歩み続ける原動力であり、作家としての願いでもある。レビューの数は単なる評価の指標ではなく、それが本がどれだけ多くの人に届き、どれだけの議論を呼び起こしたかを示すものだと私は考える。


一つひとつのレビューには、読者がどれだけ心を動かされたか、どれだけその内容に真剣に向き合ったかが込められている。その数が増えるたびに、私の本がより多くの人々に届き、思考を促し、議論を巻き起こしているのだと実感する。そして、それこそが、私の作品が生きている証であり、次に進む力となる。





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